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性産業否定論者よ!もっと冷静になれ。

 SNSで一部の福祉活動家が性産業の全廃を主張している。
 「一部の福祉活動家」と書いたが,私が目についているのは主に藤田孝典さん(※)の主張だ。

※生存のためのコロナ対策ネットワーク共同代表。NPOほっとプラス理事。聖学院大学客員准教授。反貧困ネット埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。社会福祉士。


 例えば,ツイッターで次のような論を展開している。

 しかし,この主張には相当無理がある上,むしろ福祉の視点からみて著しく有害な言論であり,撤回されるべきだと思う。
 このnoteではその理由を説明する。

 性産業否定論者が冷静に社会情勢を分析してあらゆる方策を考え抜いた上で「全廃論」を主張しているのであれば,私が即興で整理したこのnoteの立論に対して簡単に反論することができるだろう。
 
 もし全廃を主張し続けるのであれば,合理的な反論を期待したい。「本を読め」と言ったり,抽象的な言葉を並べたり,「私の経験では」と検証不能な言論を流したり,「議論や反論に値しない」と逃げたりするのではなく,言葉を紡いでいただきたい。

 仮に,合理的な反論をすることなく,性産業否定論者が全廃を叫び続けるだけであれば,所詮その程度の主張だったと評価せざるを得ないだろう。

 なお,このnoteでいう性産業は「ソープランド」「ピンサロ」「店舗型ヘルス・エステ」「デリバリーヘルス(デリヘル)」「受付型ホテルヘルス(ホテヘル)」を指すものとする。

1 統計的反論:主張の根拠に相当の偏りがある


 藤田氏は,自身の福祉活動のなかで,性産業に従事する(従事していた)当事者からの悲惨な声を数多く聞いたと主張している。
 しかしながら,それゆえに性産業に従事する当事者全体が悲惨な声を上げていると考えることはできない。
 
 日本の性産業従事者は,2013年時点で約30万人とも言われている。
 
 藤田氏がどれほどの当事者から話を聞いたのかは定かではない
 しかし,約30万人の意向や状況を合理的に推定するためには,かなりの数の性産業従事者から状況を聴取しなければならないはずだ。

  自らの経験(相談)をもって性産業全体の状況を語るなら,根拠となるサンプル数を明らかにしなければ説得力がない。
 
  また,社会福祉の専門家に相談した当事者は,そもそも相談時点で「職場等で困り毎が起きている」「福祉職に相談したい状況がある」のだ。しかし,一方で,そのような相談ニーズのない性産業従事者もいるはずだ。

 相談のニーズがある性産業従事者による話をもって,相当数いる性産業従事者「全体」の状況を推し量ろうとするのは非論理的に過ぎる。

2 内容的にも性産業全廃論は穴だらけである


 とはいえ,統計的な議論としては穴があっても,結論として性産業全廃論が正しいのか否かは別途検討の必要がある。
 しかし,内容を検討しても,性産業全廃論は穴だらけである。
 以下,3つに絞って指摘を行う。

(1) 机上の空論である


 まず,全廃論はあまりにも非現実的である。

 現に相当数(2013年時点で約30万人)の性産業従事者がいるという状況のなかで,どうやって性産業を全廃するのか。全廃には法律が必要だが,いかなる法律案を国会に誰が提出するのか(提出されない)。それが可決される見込みはあるのか(ない)。

 また,全廃した場合,性産業従事者の生活はどのように補償するのか。とりあえず「最低限度」の水準を保障する生活保護を受けろとでも言うのだろうか。収入が月50万円(性産業)ある者に生活保護で満足しろというのか。

 断言してもいい。あまりにも非現実的だ。
 今の日本社会において,性産業全廃論者から現実的にどのようなプロセスを経て全廃を行い,現実的に性産業従事者(約30万人?)の生活をどのように保障するのかについて私を納得させられるプランが提示されたら,頭を丸めて謝罪しようと思う。

 しかし,全廃論者から現実的な提案がなされることはおそらくないだろう。具体的なプランを提示せずに「全廃しろ」と叫んでいるだけなのである。今の仕事をこのまま続けたい性産業従事者の皆さんは安心していい。日本で,全廃論が現実のものとなる可能性は皆無に等しい。

(2) 安全な(安全であり得る)性産業が消える


 性産業をつぶしたらどうなるか。
 合法的な性産業がなくなり,闇の性産業が跋扈する。

 性産業のニーズがある限り,闇の性産業の跋扈を防ぐことはできない。
 そして,闇の性産業においてはそもそも業態が法律に基づくものでない以上,その労働実態が「違法の総合商社」であるかのごときブラックなものとなることは容易に想定される。
 つまり,安全な性産業が消え,危険な闇の性産業が残るのである。

 全廃論者は「今でも闇の性産業がある」と反論するかもしれない。
 しかし,合法的な性産業を全廃することによって闇の性産業が増えることは間違いない。

 また,合法的な性産業があれば,労働者は合法な性産業と闇の性産業の2つの選択肢から働く場所を選ぶことができる。
 しかし,合法的な性産業を全廃すれば,そのような選択の自由さえ奪われる。
 全廃論者は『性産業に従事したい場合に「闇の性産業」しか選択肢がない』という状況を作ろうとしているのである。この問題について,全廃論者はどう反論するのだろうか。

 もちろん,合法でもブラックな性産業は存在する。
 しかし,そのような性産業は合法であるがゆえに国の規制・監視のもとにおかれる。「法律に基づく産業」であるからこそ,法改正によってより安全な労働環境を目指すことは可能である。つまり,合法な性産業は安全であるか,安全で「あり得る」のである。しかし,闇の性産業は文字通り「闇に紛れる」ため,国が規制することが難しい。

 弁護士の視点から話すと,合法な性産業は身元がわりと明らかとなっているため,何らかのトラブルがあった場合に介入が容易であったり,労働者に損害が生じたり未払い賃金があった場合に請求をすることが可能だ。

 だが,闇の業界では,そもそも経営者の所在がつかめなかったりして,法的な救済が難しいという場合も増えるだろう。
 
 全廃したところで性産業は必ず残る。
 合法的な性産業を全敗した場合,残った闇の性産業は国の関与・規制のできない著しく危険なものばかりである。
 全廃論者が作ろうとしているのは,そういう世界である。

(3) 職業選択の自由を侵害し,性産業従事者を傷つけている


 最後に,全廃論者は端的に「職業選択の自由」を侵害していることを指摘しておきたい。

 職業選択の自由は憲法が保障する人権の一つである(憲法22条1項)。

 人権として保障されているということは,仮に,その選択が大多数の国民から嫌われていたとしても,自由に選択できることを意味する。
極論を言えば,99%の国民が特定の職業を選ばないとしても,その職業を「選択する自由」は保障されているのである。

 この保障は,個人を尊重するという日本国憲法の基本原理に支えられたものである。特定の誰かにとっては「社会正義に反する」「社会に必要ない」「可哀想に感じられる」職業だとしても,特定の別の誰かにとっては「それで生計を立てていきたい」「自分の資質を活かせていると思い,生きがいを感じる」「別の職業よりはるかに充実感の得られる」職業だということはあり得る。

 どう感じるかはまさに個人の問題であって,福祉職が「気の毒だ」と感じた職業があったからといって,それを選ぶ人の選択の自由は日本国憲法が保障しているのである。「これは俺の正義感にあわない」からといって,人が選ぶ特定の職業の廃止を求めることなどできないのである。

 もちろん,人権は「公共の福祉」という他者の人権とのぶつかり合いを調整する原理によって,一定の制限を受けることがあり得る。
 しかし,人権を制限するためには,制限する目的が正しいだけではだめで,制限する手段が目的達成のために必要最小限でなければならない。これは法律家なら誰でも持つ思考回路だ。

 性産業に弊害がある場合に,弊害を取り除くのではなく,性産業自体を全廃するのは,性産業に従事する(あるいはこれから従事する)者の職業選択の自由を不当に侵害している。つまり,全廃論者の主張は憲法に反するものである。

 生計を立てるためのみに職業選択の自由が保障されているというわけではない,ということを付け加えておきたい。
 どのような仕事を選び,どのように稼ぎ,生活していくかというのはその人の「生き方」そのものともいえる。

 性産業を一般的に否定するということは,職業選択の自由を否定するという側面があるだけでなく,究極的には相当数の性産業従事者の「生き方」を否定する側面がある。もっと言えば,その職業を選んだ「人格」を否定するという側面さえあるかもしれない。
 生き方や人格を否定されて傷つかない者など殆どいないのである。

3 あるべき議論の方向性


 以上より,全廃論には全く説得力がない。
 性産業における労働条件や衛生面を含む労働環境に問題があるなら,その労働条件や環境を改善するために個別的な支援を行う(相談に応じ,問題解決を共に行う)ことに注力すべきである。
 そう思ったから,私はこの分野について無料でDM相談に応じることにした。


 同時に,性産業の労働条件や環境を改善するためにいかなる制度があればよいかを議論し,労働条件を改善するための制度設計についてディスカッションを行っていくのが建設的であろう。
 全廃論のデメリットを何ら顧みず,自説に対する批判を受け止める姿勢を何ら持たず,ただ「全廃せよ」と叫び続ける福祉の専門家がいることは残念である。

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2020.7.27 かんねこ


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