見出し画像

雑解剖 ダルビッシュ有の新球「スプリーム」を探る

 お久しぶりです。すっかり「お久しぶりです」の挨拶が恒例となってしまいました、TJです。反省してます。

 さて、今回はタイトルの通り、ダルビッシュ有投手が目下調整中の新球「スプリーム」について、現段階で分かっている情報からその実態を探ります。ぼくごときがやらなくてもダルビッシュ投手本人が色々明らかにしてくれそうですが、せっかくなので。

スプリット+ツーシーム?

 まずはこれまでにダルビッシュ投手自身が発信している情報を収集。スプリームに関して、ダルビッシュ投手が言及しているツイートは以下の通り。

 スプリームの命名はこれまでも投げていたツーシームとスプリットから。スラーブ、スラッターと同じ系統の命名パターンですね。名前を募集する、とのツイートでしたが、現地メディアに報道されたのもあってこのまま「スプリーム」で定着することになりそうです。

 次のツイートでは球速帯に言及。94-96mph(約153km/h)のフォーシームに対して92-94mph(同150km/h)とかなり球速は高め。出力次第でフォーシームとほぼ同程度の球速が出るファストボール系の球種のようです。

 あわせて注目しておきたいのは「ツーシームより安全」という形容。この"安全"が個人的にはキーワードだと思います。これについては数字でその意図を考察します。

 続いて実際の投球を動画で投稿。変化の山は小さく、利き手方向に滑り落ちていくのがわかります。また、モーション前のグラブの動きを見るに握りはスプリット系。フォーシームに比べてスピンレートが落ちるボールと考えて良さそうです。


 ここまで見て筆者は「逆スラットを投げようとしているのでは?」という感想を抱きました。高いジャイロ成分でボールの減速を抑え、フォーシームの近い球速で縦に落とすことで「ほどよく曲がる」スラッター。その逆に落ちるマネーピッチとしては逆ジャイロ回転のスプリットがよく使用されますが、この縦変化量を維持しつつ、さらにフォーシームに近い球速で擬態するボールを習得することで、スラットスプリット型投球の更なる進化を求めているのでは、というのが仮説であります。

※「スラッター」「スラットスプリット型投球」に関してはお股ニキ(@omatacom)さんの著書『ダルビッシュ最強投手論』をご参照下さい。


 とりあえず映像やツイートから言えそうなのはこのくらい。とりあえずシーズンが始まってから注目すればいいかなと思ってこれ以上は深追いするつもりもなかったのですが、今日になって再び動きがありました。なんと、ダルビッシュ投手がそのスプリームの概要を記したnoteを執筆、公開してくれたのです。

 ぼくの回りくどい長文に飽きてきた皆さんはとりあえずこちらを読んでくることを強く推奨します。現役のメジャーリーガーが商売道具の中身をテキストで解説して下さるすてきな時代です。ダルビッシュ投手自身はもうかなり前からそういうことをやって下さっているわけですが。

以下引用。

どれぐらい変化しているかというと4シームに比べ、約18cm落ちていて、約10cmシュートしている感じです。

(中略)

スプリームの回転数はというと2000〜2200ぐらいを狙っていてちょうどそれぐらいで落ち着いています。

いわゆる低回転の投手が投げるツーシームのような感じですね。

 回転数と変化量の情報が出ました。これだけあれば、こちらも手元にある情報から新球の実態やその意図を探ることができそうです。というわけでいよいよ数字を見ていきます。

Statcastを用いた持ち球整理

 例によって情報ソースはMLBの巨大データベース、Baseball Savant。これを使って2019年シーズンの変化量をマップしたのがこちら。

画像3

 簡便化のため、投球数の少ないチェンジアップとイーファスはプロットから除いていますが、いつ見ても人間が持ちうる全球種を一人で投げていらっしゃる。

 これはお股ニキさんの著作でも触れられているところですが、ダルビッシュ投手のスプリットは、球速が高いことから誤ってツーシームと判定されることも多いようです。実際変化量だけみるとスプリットと同じような変化をするボールがツーシームとして集計されていることがわかります(図の黄丸のあたり)。

 下は各球種の集計データ。

画像2

 先述のnoteによると、スプリームは「フォーシームと比べて縦に18cm、横に10cmシュートする」ボールとのこと。フォーシームは縦40cm、横-9cmが平均なので、スプリームの変化量は「縦20cm、横-20cm」ぐらいのボールであることが分かります。

 変化量は縦がツーシームの平均とほぼ同じですが、横にはそれほどシュートしない、ということになります。ツーシームがスプリットを含んでいることを考慮すると、実際には
・ツーシームほどシュートせず、同じような球速でより縦に落ちる
・スプリットにしてはかなり速いが、落ち幅はそこまで大きくない
ボールであると結論づけることができます。回転数が2,000強とスプリットより高く、ツーシームより低いことを考えても、まさにツーシームとスプリットの間、「スプリーム」という呼称がぴったりのボールと言えるでしょう。

 スプリームの変化の性質は分かりました。次に問題になる、そして今回のnoteのキモになるのが「なぜそんなボールを投げる必要があるのか」です。なぜツーシームでもスプリットでもなく、その中間のボールを投げる必要があるのか。球種が一つ増えればそれだけ練習で投じる球数も増えるわけですから、ただでさえMLBナンバーワンの球種数をあやつるダルビッシュ投手がむやみに球種を増やすとは思えません。

 そこで登場するのが、以下に示す対打者パフォーマンスの集計データです。

画像3

各指標の見方
・Called%: 全投球に対する見逃しストライクの割合
・Swing%: 同じく打者がスイングした割合
・Contact%: 打者がスイングした投球のうち、バットに当たったものの割合
・GB%: 打球がフェアグラウンドに飛んだ場合のゴロ打球の割合
・Hard%: 打球速が一定基準を上回る「強い打球」の割合 

 参考までにその他の球種も掲載していますが、問題になるのはツーシームとスプリットの2球種。例によってツーシームにスプリットが含まれているので、実際にはスプリットをもう少し投げていると考えた方が良さそうです。

 スプリットとツーシームを比較した時に、気になるのはContact%。ツーシームが85%と全球種の中でもずば抜けて高い割合でバットに当てられているのに対し、スプリットのそれは60%台。wOBAも低く、最も多くの空振りを奪っている球種と言えそうです。

 一般に「打たせて取る球種」というイメージを持たれやすいツーシーム。ゴロを打たせる割合が高い(GB%)からも、基本的に空振りを取る目的で使用しているわけではないことが分かります。しかし一方で、打たせたゴロには強い打球が多いのも事実。パフォーマンスが味方の守備力に左右されるゴロを、強い打球速度で打たれるツーシームは、特にワンヒット、ワンエラーが失点に直結するような場面では使いにくいと言えます。冒頭のツイートでダルビッシュ投手が言及していた「リスク」とはこの部分を指しているものと思われます。

 一方で、多くの空振りを奪うことができるスプリットにも課題はあります。それは「打者のスイング頼みのボールである」ということです。ダルビッシュ投手のスプリットに対し、打者がスイングする割合は約47%、これはツーシームとほぼ同じです。一方で見逃しストライクの割合は、全球種の中で最も低い8%。「振ってくれればストライクが取れるが、見送られるとほぼボール」というのがスプリットの特徴です。投手有利のカウントでは打者もスプリットを警戒するでしょうし、そこからボールが増えてくると四球のリスクも出てきます。

"逆スラット"としての新球

 スピードがフォーシームに近くゴロを打たせられるが、バットに当てられることで「何かが起こる」リスクを伴うツーシームと、空振りは取れるが基本的にボールゾーンへの投球が必要なスプリット。スプリームはこの2球種の痒い所に手が届く中間球であると言えるでしょう。

 ツーシームとの最大の違いは、縦に大きく沈む点。ダルビッシュ投手が操るスラッターを始め、フォーシームに近い球速で縦に落ちるボールは、打者に質の高いコンタクトを許さない良質な変化球になりうることが知られています。ツーシームよりシュート成分を小さくしたことで、相対的にプレート上のどこに投げるかの重要性が小さくなる(アバウトな制球が許される)可能性もあります。

 一方、スプリットとの差別化点は、フォーシームと見まがう高い球速、そしてスプリットより5cmほど大きなホップ成分:小さな落ち幅。スピードが上がって打者のスイングを誘うのはもちろん、落ち幅を調節することでストライクゾーンに投げた上で空振りを取ることができる(可能性がある)のが新球のストロングポイントと言えるでしょう。

 調整を誤ればその逆、空振りも取れず強い打球も増える球種になってしまうリスクももちろんあると思います。またダルビッシュ投手自身が言及するように、このボールが活きる前提として、フォーシームが高い球速・スピンレートを記録していて、スプリットとツーシームの間に新しい球種を入れ込む余地があることが考えられます。その上でなお、その新球種の習得にメリットを見込むことができるのがダルビッシュ投手の最大の武器であると思います。

 以上が今回ぼくが独自に考察(妄想)した新球スプリームの狙い、意図の部分です。

まとめ

 今回は2019年シーズンのダルビッシュ投手の投球データを参考に、新球スプリームの正体とその意図、ピッチングデザインを考察しました。あくまでぼく個人の意見であることを前提に、イメージは下の図のような感じでしょうか。

画像4

 MLBはようやく開幕が発表されましたが、選手にも新型コロナウイルス感染者が出るなど、予断を許さない状況です。そんな中で自身の新たな秘密兵器を惜しげもなく公開しているダルビッシュ投手に最大限の感謝の意を表しつつ、今回のnoteを閉じようと思います。それではご拝読ありがとうございました。また次回。いつになるか知らないけど。

 もっと短い文字数でまとまらないもんですかね。

#ダルビッシュ有 #プロ野球 #野球 #すごい選手がいるんです #MLB #分析 #データ分析


おまけ

 もっと言いたいことをすばやく言えるようになりたいですね。


この記事が参加している募集

すごい選手がいるんです

貨幣の雨に打たれたい