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【発狂頭巾諸国漫遊編】猪股村鬼譚!吉貝、祭りに乱入し鬼を滅する刃となる!【武蔵国】

発狂頭巾基礎知識

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

秋の深まる頃、日が西に傾きつつある申の刻(15~17時)であろうか。日本橋から甲府柳町宿を繋ぐ甲州街道を二人の男が歩いていた。甲州街道は五街道の中では比較的さびれている街道ではあるが、それでも往来を行きかう人々がいないわけではない。

「旦那ー、もう日も暮れかかってますぜ」

そう声をかけたのは発狂頭巾吉貝何某の友である町人のハチだ。手甲股引、足には脚絆に足袋草履、頭には菅笠を被り、旅行李をさげるという一般的な江戸時代の旅装だ。

「ふむ、ならば宿を取ればよい」

答えたのは御存じ発狂頭巾こと吉貝何某、こちらは旅とは何だったのかというような普段の着流し姿にいつも通り刀を差しているだけである。

「旦那、困りますよ。今朝いきなり旅に出るぞと言われても」

ハチはえっちらおっちらと吉貝の行く先を追いかけている。街道沿いには芒(すすき)の原が茂っていた。吉貝は全く気にせぬようにすたすたと歩き続ける。

「ハチよ、お主は先日の瓦版を読んだか?」

「瓦版というと……ああ、あれですか。武蔵国の山村が夜中に襲われ、家は焼かれ村人が皆殺しにされたという奴ですかね?」

「それよ」

吉貝は立ち止まり、くるりと焦点の合っていない目でハチを見た。

「あれは人を喰らう鬼の仕業に違いない。ならばわしが鬼退治をしてやろうという寸法よ」

自信満々の吉貝に対し、ハチはため息をつく。

「いや、その根拠は……まあ、それはいいとして、旦那の熱い気持ちはよーくわかるんですがね。旦那はその鬼とやらがどこにいるのかご存じなのですかね?」

「うむ、こっちじゃ」

そういうと、吉貝は街道から外れた小路を指さす。その先には山の麓に小さな集落があるようだ。なにやら小さく祭囃子のような笛の音、太鼓の音が聴こえる。秋祭りかもしれない。

「はあ、あの村ですかい?」

「こうしてはおれぬ。急ぐぞ、ハチ」

吉貝は胡乱な足取りで駆け出した。

「ま、待ってくださいよ。旦那~」

ハチも置いて行かれぬように、駆け出し始めた。二人の頭上の高い秋の空をトンビがくるりと回っていた。

二人が向かった村から山を登った先には古い荒れ寺があった。おそらく江戸開府以前に廃寺となったようだ。その中は荒れ放題で、枯れ草が茂っていた。人気も無いような山中の寺だというのに、その中からは何者かの妖しい気配が漂っていた。

寺の中には数人の男達が、寝転んだり藁座に座ったりして日の光を避けるかのように集まっている。

「いやいや、先日の村は良かったのう」

座っていた男が1人、声をあげる。その声はどこか人間離れしていた。

「まったく、良い村であったわい。久々の馳走であった」

寝ころんでいた別の男が声をあげる。その口には牙が覗いていた。

「男に女、喰いものが沢山あったわい。まさしく僥倖であった」

別の座っている男が声をあげる。その額には角が生えていた。

「我ら鬼は人の血肉を啜らねば生きられぬ。人の血肉を喰わねば強くなれぬ」

「故に、今宵も村を襲おう」

「この寺の麓の村はなかなか美味そうだ。脇街道の先の先にある村よ。我らであれば襲うのは容易い」

「ならば今宵はその村を襲うとしよう」

「良い人の肉が食えそうだ。涎が出そうじゃ」

「だが、我らは日の光の下では生きられぬ」

「左様。それが鬼ゆえ。夜が更けた頃に襲うとしよう」

「そうしよう」

「そうしよう」

襲撃計画が決まった鬼達は再び沈黙し、恨めしい太陽が西の関東山地の山の端へと沈むのを、ゆっくりと待つことにした。

村にたどり着くと、村の広場の中心には櫓が立てられ、人々が何かを祝っていた。ハチは早速村の人に挨拶に向かう事にする。多摩の農民はだいたい気性が荒い。村を襲う者がいるという噂が立っているのだ。余計な疑いをかけられるのは避けたい。

「すいやせん。旅のものですが……」

「おや、旅の御方?かね?このような所に珍しい事で。今宵この猪股村(いのまたむら)は秋祭りの股之助様祭りだが、良かったら楽しんでいきなさい」

「股之助(このすけ)?!様?ですかい?」

吉貝が村の子供と一緒に何やらくねくねと踊っている間、ハチは親切な村の老人に聞き慣れぬ名を尋ねた。

《股之助様の伝承》

今から100年以上前、まだ戦乱の世だった頃の話じゃ。武蔵国には鬼が出たそうな。夜な夜な現れては村を襲い、人々の血を貪り食う。村々はひどく恐れていたそうじゃ。ある夜の晩のこと、ついにこの猪股村にも鬼がやってきた。人々は必死に応戦したが、鬼達は凄まじく強く、あわや全滅かというところまで追い詰められたそうな。

その時であった。猪の頭を被り、上半身裸で腰簑を纏い、両手に刀を持ち、奇怪な声を上げ見たこともない呼吸をする男が山の中から現れたのじゃ。その者は鬼に襲い掛かると、あっという間に鬼を斬って斬って斬りまくり、村の人を助けたそうじゃ。村人が礼を言おうと近づくと、猪の頭を外し、刀を地面に刺し、腰簑を脱いで、どこかに去っていったのじゃ。

人々は「股之助様」と名付けて感謝し、神社に祭り、年に一回、今でもお祭りを続けているのだそうな……

「それは……はあ……なるほど、不思議な話ですねえ。ねえ、旦那……旦那?」

返事に困ったハチは適当に話を合わせる。が、話を振った吉貝がいないではないか。

「お連れのお侍さんなら股之助神社の方にふらふらと歩いて行ったよ。お祭りの前にお参りとは信心深い方だねえ……」

老人は煙管をぷかりとふかした。


吉貝はふらふらと、紅葉深まった股之助神社の境内を歩いている。遠くから鼓笛の音が響き、祭りの準備のため篝火が炊かれているが、クライマックスの神楽までは境内は使われず、人気は少ない。

「むむむ、何やら凄い力を感じる……」

人目が無いのを良い事に、吉貝は社の扉を開け放った。中は綺麗に整えられており、ご神体として猪の頭を使った仮面が一つ、古びた腰簑が一つ、そして二本の刀が飾られていた。吉貝はニヤリと笑うと、それらに手を伸ばす。

僅かの時間の後に、ハチが境内に追いかけてきた。

「旦那ー?どこですかーい?」

「おお、ハチよ。良いものを見つけたぞ」

開けっ放しにされた社から吉貝の声が聞こえる。ハチは猛烈に嫌な予感がした。そして吉貝が社から顔をのぞかせた瞬間に、その嫌な予感は当たった。

「どうだ?なかなか似合うであろう」

なんと、そこには猪の仮面を被り、刀を二本差し、諸肌を脱ぎ腰簑を付けた吉貝がいるではないか!

「だ、旦那!やっぱり!それご神体だから勝手に触ったらまずいですよ!」

「ハハハ、そう怒るな。ちと戯れただけじゃ。すぐ外す……ややや、面妖な!この猪の仮面が外れぬ!もしや呪われた仮面だったのでは?!」

「あー、もう。言わんこっちゃない……罰が当たったんですよ」

じたばたする吉貝を前にハチは深いため息をついた。しかしながらいつまでたっても猪の仮面は外れなかった。そして勿論発狂した。

「おのれ……おのれ……ギョワーーーーーーーッ!!!!」

仮面を外すのを諦めた吉貝は、仮面の瞳を青く発光させながら二本の刀を振りぬいた。刀は手入れされていないのか、ずいぶんとギザギザとした刃こぼれしたような形状をしている。

「うわ、旦那!?危ないですって!」

「ギョワーーーーーーーッ!!!ギョワーーーーーーーッ!!!」

「キチの旦那、待ってください!待ってくださーい!!!」

「ギョワーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

ハチが制止するのも聞かず、発狂した吉貝はその恰好のままで、境内を走り抜けていった。

神社前の広場では祭りはクライマックスに向けて盛り上がろうとしていた。その時である。神社の境内から猪仮面を被った吉貝が両手に刀を持って躍り出てきたのである。

「ギョワワーーーーーーーーッ!?」

「うわ、なんだコイツ!?」

「やべえぞ。狂人だ!」

当然村人は大パニックである。だが、それを制止する声の一喝で騒動は治まった。あの老人である。

「皆の衆、失礼な事をいうでない。あれぞ『股之助様』じゃ……この世の鬼を退治するために『股之介様』が再び降臨なされたのじゃ!ありがたやありがたや……」

老人は静かにひざまずくと、吉貝に向かって拝み始めた。最初は半信半疑だった村人たちも、長老に従わないのは何かバツが悪いため、それに倣って拝み始めた。

「ギョワーーーーーーーッ!!!!!!!!」

それを見た吉貝は、何かを察したかのように、村を後にし、山に分け入り始めた。

「うわ、旦那……もう放っておくしかねえか……」

境内から戻ってきたハチは、山に向かって一目散に猪突猛進を始めた吉貝を見て諦めてしまった。


山上の古い荒れ寺の門の上に二匹の鬼が腰かけている。やや遠くで行われている祭りの様子を伺っているのだ。

「どうだ?そろそろ良いのではないか?」

「いや、待て。まだ早い……もう少し夜が更けてから襲った方がよかろう」

そう答えた鬼の目の前に、地を跳ね、宙に浮かんだ、猪頭を被り二刀を構えた怪人物(発狂頭巾こと吉貝何某)が突如現れたのだ。流石の鬼もこれには驚いた。

「何奴?!」

「死んでくれ。ギョワーーーーー!!!!!」

ズバッ!!ズバッ!!ズバッ!!ズバッ!!ズバッ!!ズバッ!!

鬼が叫ぶか叫ばないかのうちに、奇怪な狂人の叫びによって二刀から繰り出された無数の剣閃によってその鬼はサイコロステーキ状にカットされてしまった。

もう一匹の鬼が瞬時に構える。

「鬼の住処に襲撃だと?!こやつ、よくも!!!」

「ギョワァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

だが、発狂頭巾(猪)のあまりにも冒涜的な叫び声を聞いた途端、鬼の視界がぐらりと揺らぐ。神の域に近づいた狂人の声は人外すらも狂わせるのだ。徐々に精神が狂える奇声に浸食され、何かの記憶が鬼の心の中に映し出された。

「な、なんじゃ……これは……」

ふらりと、後ろに後ずさった鬼の脳裏に、まるで走馬灯のように、何かの情景が浮かんできた。

頭巾の坊主「旦那様は知らぬふりをして下さっているが私が許せぬ。これから奉行所に行く」
頭巾のお奉行「貴様は目が見えているだろう」
頭巾の貴公子「明日打ち首とは可哀想に。私が助けてやろう」
頭巾の瀕死お奉行「その薄汚い命をもって罪を償う時が必ず来る」

「人間の頃のわしか……いや、ちげえよ!こんな頭巾の集団知らねえよ!」

実在しない頭巾狂人に囲まれた生の記憶という、あまりに理不尽な精神攻撃を受けた鬼が叫ぶとともに、発狂頭巾の二刀が鬼を襲った。

「お前を骨まで焼き尽くす!ギョワギョワギョワァーーーー!!!!!」

見よ、斬られた鬼の身体が燃えるではないか。ノコギリ状の刃に鬼の身体の脂が残留し、狂人的な刃の走りによる摩擦熱で発火して、相手を斬ると同時に灼熱の炎で焼くという狂の秘剣である!

山門の上の鬼を斬り尽くし、焼き尽くすと同時に、騒ぎを聞きつけて寺の中にいた鬼の一匹が様子を見に来た。

「なんだ!?なんの騒ぎだ?」

鬼は山門の上を見上げた。だが、そこには誰もおらず、月のみが輝いていた。侵入者もおらず、見張りの鬼もいない。

「はて?」

僅かに鬼が首を傾げた瞬間に、その運命は決まっていたのだ。見よ、恐るべき脚力で天に跳ね上がり、有り得ぬ速度で落下と同時に二刀を突き立てるように鬼の頭へ振り下ろす猪頭の狂人の姿を!まるで忍者、ほとんど忍者である!

「ギョォワァァァーーーーーー!!!」

「グワァァァァァーーーーーー!!!」

そのまま突き刺した刀で地面に押し倒し、発狂頭巾はその恐るべき膂力でまるで野菜でも切るかのように刃で首を、身体を、そして化外の者の命そのものを息絶えるまで斬り刻んだ。

KICHIGAI EXECUTION

だが、たかだか三匹の鬼の首で殺戮をやめる発狂頭巾ではない。全ての鬼を惨たらしく殺すために、全身に発狂カラテを滾らせ、猪の瞳を妖しく水縹に発光させ、脳裏の大宇宙に浮かぶ名伏し難い存在に接続し、まさに猪突猛進絶の勢いで絶叫と共に荒れ寺の中に突っ込んでいった。

カァ~~~~~~~~~!(CM入りアイキャッチ)

CM

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カァ~~~~~~~~~!(CM開けアイキャッチ)

廃寺の中の暗闇に、セルリアンブルーの二つの瞳が光を放ち、猪の顔を浮かび上がらせた。二つの刀は秘められた力と鬼の返り血と刃に宿る炎によって虹色に輝き、次の獲物を追い求めていた。

「ギョワーーーーーーーッ!!!!!!」

挿入歌

床に寝ころんでいた鬼が瞬時に起き上がり身構えた。

「てめえ、ナニモンだ!?」

「なんというみすぼらしい鬼だ……生まれて来たこと自体が可哀想だ。ギョワーーーーーッ!!!」

一瞬だけ、発狂頭巾の刀が速かった。右の刀で胴を深々と刺し、身動きが取れぬようにしてから、何度も何度も左の刀で切り刻んだ。肉の破片があたりに散らかった。

一匹の鬼は武器を取り、発狂頭巾の強襲を責めた。

「おのれ、夜討ちとは卑怯なり!鬼に横道なきものを!」

「お前は存在してはいけない生き物だ。ギョワーーーーーーーッ!!!」

抵抗する鬼に対して、発狂頭巾の刃が光り、首を撥ねた。血が辺り一面に飛び散る。猪の被り物は返り血で真っ赤に染まり、もはや冥府魔道の怪物の如き様相を示していた。

あまりの凄惨さに、一匹の鬼が悲鳴を上げ、逃げ出そうとした。

「化物だ!本物の化物だ!お助け!?」

「しつこい。わしに殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え。ギョワーーーーーーッ!!!!」

逃げようとした鬼は、背後から突進してきた発狂頭巾に捕まり、無惨にも生きたまま輪切りにされホルマリンに漬けて額縁に入れられる発狂剣術・ソルベの太刀によって瞬時に倒された。

1匹の鬼は、冷静に落ち着こうとした。落ち着いて相手を見定めようとした。

「狂ってる……狂ってやがる……こやつは、狂人……狂人よ……」

「なにぃ?!」(ここで猪頭がアップに)

発狂頭巾の猪頭についた二つの瞳が玉虫色に激しい発光と明滅を始める!

「狂うておるのは……貴様らではないか!?」

カァ~~~~~~~~~~~!(例の音)

「アイエェェェ狂人!!!!グワァァァーーーーーー………………」

狂いを指摘した鬼はその本物の狂気を湛えた瞳を『視て』しまい、正気度チェック(1d100/死)に失敗して、凄まじい断末魔と共に、ばたりと倒れて泡を吹きながら痙攣し、そして二度と動かなくなった。その死に顔は「地獄の亡者でもこれほど酷い恐怖を顔にたたえない」といったほど恐ろしい形相をしていた。

ここに来て、ついに生き残った鬼達は悟った。目の前の狂人には勝てる術はなく、逃げる術もない。自分達はただ虫けらのように殺されるしかない。発狂頭巾は静かに、そしてあまりに恐ろしい地獄めいた声で、こうつぶやいた。

「頭を垂れてつくばえ。平伏せよ」

屈辱的だが、鬼達は従うしかなかった。なんとかこの狂人に穏便にお帰りいただくしか生き延びる方法はない。一匹の鬼が、意を決して、平伏しながら述べた。

「お侍、どうか、どうか、お話を聞いてくだされ。我等、鬼は確かに人に害を為す存在でありました。ですが、ですが、お侍様に懲らしめられ、改心いたしました。もう二度と人は襲わず、山奥で大人しく暮らす所存でございます。どうぞ、命だけはお助けを……」

全く狂気と殺気を納めていない発狂頭巾(猪)は静かに、しかし冷徹に言い放つ。

「誰が喋って良いと言った。ギョワーーーーーーーッ!!!」

ギュルルルルルルルルルルルル………

「グワァーーーーーーーーッ!!!」

発狂頭巾は即座に発狂剣術・螺旋推力(ドリルプレッシャー)の太刀でその鬼を血煙に変える。発狂頭巾は表情一つ変えず、冷たく言葉を続ける。

「わしが問いたいのは一つのみ、何故にお前達、鬼はそれ程までに弱いのか」

あまりにも傍若無人な言葉である。

(そんなことを俺達に言われても……)

「そんなことを俺達に言われても、なんだ?言ってみろ」

ギロリと、猪の玉虫色の瞳が鬼を睨む。発狂頭巾の発言は基本的に何の根拠もない戯言に過ぎないが、このときは天文学的確率を引き当てて合致した。合致してしまった。

(思考が読めるのか?!まずい!!)

「何が不味い?束ねるは躁の息吹、輝ける狂いの奔流……」

ガキン、発狂頭巾は二本の刀を一本に合体させ、八相の構えを取る。猪面の額から金色の一房の毛束が飛び出し、輝く発狂粒子を周囲に纏わせ、規格外の狂気そのものをエネルギーとして滾らせた太刀を大きく上段の構えで振りかぶる。その姿は正に南蛮において崇拝されている騎士の中の騎士、円卓の騎士を束ねる騎士王を思わせる狂おしくも神々しい姿(ただし腰簑&猪頭)であった。

「お許しください。どうか、どうかお慈」

「受けるがいい。エクスカリギョワーーーーーーーッ!!!」

《約束された狂気の剣》から放たれたエネルギーの奔流が鬼達をまとめて、一瞬にしてお彼岸へと送る。あれだけ沢山いた鬼達は皆消され、残る鬼は二匹のみであった。

猪頭の狂人は即座に一匹に向けて、刀を鬼の顔の前に突きつけ、またもや問いかけた。

「狂うておるのは、わしか?お前か?」

鬼は平伏していたため動けなかったが、返答しなければ殺されると、妖の感で感じ取った。そして、返答が気に入らなくても殺されるとも感じ取れた。

「い、いえ、貴方様は狂うておられません」

「お前はわしのいう事を否定するのか。さては貴様もわしを狂人と考え、精神病院にいれようとしておるな。ギョワーーーーーーーッ!!!」

理不尽な問答の末に、何度も何度も、鬼が息絶えるまで臓腑を刀でかき回され続けた。

猪頭の狂人は刀を地面に刺すと、残った一匹の鬼の頭をむんずと掴み、軽々と持ち上げた。恐ろしい握力が鬼の頭を締め付け、凄まじい瞳が眼力で鬼を威嚇し、そしてまたもや問いかけた。

「最後に言い残すことは?」

「そうですねえ…」

鬼が何かを言いかけた途端に、猪の目玉があからさまに発光した。同時に、右手で持った頭を振り回し、地面に叩きつける。

「グワーーーーッ!!!」

「黙れ。何も違わない」

何も言っていないのに、発狂頭巾(wild boar head)の脳内には幻聴が聞こえたのだ。聞こえてしまったのだ。鬼が衝撃で痛みを感じている間にも、幻聴は悪口のようなものが延々と聴こえ続けてきたのだ。その度に怒りで癇癪を起した発狂頭巾は、叩き、殴り、骨を折り、地面に叩きつけ、肉を毟り、惨たらしく痛めつけた。痛めつけ続けた。

「わしは何も間違えない」

「グワァーーーーーーーーッ!!!」

「お前に拒否する権利はない」

「グワァァァァァーーーーーッ!!!!!」

「黙れ。わしが正しいと言ったことが正しいのだ」

「グワァァァァァーーーーーッ!!!!!!!!」

「わしの言うことは絶対である」

「グワァァァァァーーーーーッ!!!!!!!!!!!」

錯乱に陥った発狂頭巾の悪辣な怒り爆発は30分以上にわたって続き、その間、鬼は死ぬことすら許されなかった。月が傾きかけた頃になってようやく鬼は解放された。

「お前はわしに指図した。死に値する」

「アバーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」

全力で鬼の身体を床に叩きつけると同時に、怪力乱神の如き握力で頭を握りつぶした。衝撃によって鬼の身体は全て弾け、荒れ寺の床に真っ赤な人型の染みしか残らなかった。

その時である。鬼が一匹残らず消滅した瞬間、発狂頭巾の幻聴は消え、そしてずるりと、猪頭の仮面が外れた。

やがて、荒れ寺に、東から朝日が射しこみ始めた。鬼達の遺体は日光に照らされ、粉になるように、消滅していった。荒れ寺の境内や吉貝の身体に付着していた血や肉や物の怪が棲みついた事による穢れが、静かに、静かに、日の光で浄化されていったのだ。

そして、今度はどこかからともなく吉貝の耳に雄々しい男の声が聴こえた。『村を護って頂き、深く感謝する……』と。幻聴ではない。それははっきりと、吉貝への感謝の念がこもった声のように思えた。そして、それっきり何も聞こえなくなった。

その声を聴き終えると、朝日を浴びながら荒れ寺から歩み出てきた。そして太陽に向けて、吉貝は静かに手を合わせた。


昨晩の猪股村の祭りは最高潮に盛り上がった。伝説に残る股之助様が降臨されたという事実は村人たちを困惑させながらも大いに祭りの勢いをあげた。

「皆の衆、そろそろ夜も更けた。『猪(イ)ノカミ神楽』を始めようではないか」

イノカミ神楽とは、猪の面を被り、股之助様に扮した村人代表が一晩中踊り狂う神聖な御神楽である。村人たちが言うには猪の面は股之助神社に奉納されているという。吉貝が面を勝手に持ち出したことを知っているハチは青くなった。バレれば何をされるか分かったものではない。

だが数分後、ハチの顔色は再び変わる。なんと、あの長老が、猪の面を被り、神社から出てくるではないか。村人に確認したところ、あのお面だけが神社に奉納されており、刀や腰簑など無いというのだ。

「さあ、皆の衆。イノカミ神楽を始めようぞ」

勇ましい太鼓が響き、笛の音が響き、舞が始まった。長老は猪の面を被り、一晩中舞を続けた。その姿は古の時代に股之助様が鬼と戦う姿そのものであり、雄姿を見た者が後世に伝えるために舞を編み出したという。事実として、長老の舞は見事なものであり、聞いたところによれば村一番の神楽の達人との事だった。

祭りの翌朝、長老の家で一晩世話になったハチは丁重に礼を言い、村を出ることにした。

「おお、旅を続けなさるか。気を付けてな」

あれほど激しく踊っていたというのに、長老は翌朝にはぴんぴんしており、みそ汁と漬物の朝食まで用意してくれていた。ハチは吉貝の事が気になるも、とりあえず村を出て発狂長屋へと戻ることにした。

甲州街道にたどり着く頃、芒をかき分けて半裸に腰簑をつけただけの吉貝がひょっこり出てきた。

「あ、旦那!?どこに行ってたんですかい?というかお召し物を着てくださいよ」

「おお、ハチよ。いやいや、股之助とやらに頼まれてな……一晩中鬼退治をしておったのだ」

「鬼退治?」

「おう、これはその礼とのことだ。ありがたく頂くとしよう」

吉貝はギザギザの刃を持つ刀二本を見せる。

「ああ、これはあの時の……というか着物を着てくださいって」

「さて、ハチ。では参ろうか」

吉貝は江戸とは逆方向に向けて、甲州街道を進もうとした。

「旦那、そっちはお江戸じゃありませんよ。甲州に向かってしまいまさぁ」

「ハチよ。せっかく紅葉の季節にここまで来たのだ。このまま甲州街道を旅しようぞ。ハッハッハ」

上機嫌の吉貝は交付に向けてずんずんと裸足で進む。

「ま、待ってくださいよキチの旦那。というかいい加減、服を着てください」

ハチは慌てて、吉貝の脱ぎ散らかしていった着物を持ちながら追いかけていった。

ここに発狂頭巾とハチの甲州街道を巡る旅路が始まった。待ち受けるは武田信玄の秘匿地底金山エル・ドラド諏訪大社に封印された古代の蛇神ミジャグジ様……二人の発狂道中はまだまだ続く。