ええと ぼくは だれだっけ
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ええと ぼくは だれだっけ

山田ルーナ

幼い頃、母にたくさんの詩を教わった。

たくさんの美しい言葉を声に出して一緒に読んだ。

母の影響で、いまでも詩がすきだ。

小学校の1年生か2年生の夏休みの宿題では、家にあるいくつもの詩集の中から 気にいった詩を選び、絵も添えて自分だけの詩集をつくった。そして、それらの詩を暗記した。

子どもの頃の記憶ってすごい。そのなかのいくつかは、なんと いまでも覚えている。

いちばんのお気に入りは、まど・みちお さんの「くまさん」だ。

「くまさん」 まど・みちお

はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かんがえた
さいているのは たんぽぽだが
ええと ぼくは だれだっけ

だれだっけ

はるが きて
めが さめて
くまさん ぼんやり かわに きた
みずに うつった いいかお みて
そうだ ぼくは くまだった
よかったな

ちょうどこのくらいの季節にぴったりの、春の詩である。

この詩のなかでも とりわけ好きなのが、「ええと ぼくは だれだっけ だれだっけ」というところ。

ちょっと間抜けな感じが、なんとも愛おしい。ここをとぼけて読めば読むほど、最後の「よかったな」がすてきになる気がする。

じつは今でも時々口ずさむ。お皿を洗っているときとか、車を運転するときに。それは自分だけのおまじないみたいに、とても心地よい響きだ。

…そう、口ずさむというのがぴったりくるんだけれど、詩はやっぱり音とリズムだなぁと私は思う。

私が「ええと ぼくは だれだっけ だれだっけ」が好きなのも、当時読み聞かせてくれた母の声や読み方が可愛くて、その音とリズムが心地よかったからかもしれない。

国語の教科書にも載っていた気がするけれど、私の頭のなかでの再生は、いつもかならず、母の声。

そういうのなんかいいなって、じんわりする。

この詩を口ずさむとき、私はとくに、母の娘に生まれて「よかったな」と思うのだ。

それはあるいは、自分の居場所がわからなくなったときのために母が持たせてくれた、ちいさなコンパス。

雨降りの今日も、私は「くまさん」を口ずさむ。

もうそこまで来ている春を想いながら。

じぶんを見つけた くまさんみたいに、穏やかに、しあわせな気持ちで。


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山田ルーナ

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山田ルーナ
フリーランスのライター / ピアノ講師 です。画家の夫と猫と暮らしています。わたくしごとを載せていきます。