高校数学教師からモデル・カメラマンになったおはなし
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高校数学教師からモデル・カメラマンになったおはなし

やっとやっと、このことを文章にしようとしています。胃がキリキリする。この前、北日本新聞さんにも取材していただきましたが、大切なひとたちがたくさん関わっているので、自分で文章にするのに時間がかかりました。
この文章は綺麗にしなくていいなと思った。ありのままの経験と気持ちを修正を入れずに綴っておきたい。乱文になると思う。悪しからず。

タイトルの通り、わたしは大学を卒業後、1年間高校数学の教師をしていました。担任も部活ももっていて、それはもう時間に追われ、充実していました。
当時のことはここでは多く語りませんが、学校生活は楽しかったです。大変なことは絶えずあり、様々な感情を抱きましたが、生徒のことは大好きでした。毎日めちゃくちゃ笑いました。出勤最終日に、人生で一番泣きました。 クラスのみんなにはその子のイメージに合わせて、自分の撮った写真とメッセージを送りました。

じゃあ、なぜやめたか。
周りの人の影響ももちろんありましたが、わたしにはやりたいことがありました。表現を公にすることでした。わたしは学生時代からカメラにはまっていました。小さい頃から絵や本がとても好きで、何よりも手取り早く、自分がいいと思ったものを形に残せるのが写真でした。また、その中で写る、演じるということも好きでした。わたしはずっと教師になるために中学1年生からの時間を主に数学やバスケットボールに費やしてきたつもりでありながら、ふと思いつきで始めたことにどハマりした結果、モデルになることもカメラマンになることも諦めきれていなかったのです。

進路相談をしていて、やりたいことを聞かないといけない場面が多々ありました。そんなのわからない子がいて当然です。高校生のうちからはっきりしている方が凄いし、分からないと悩んでいる子たちにも尊敬の念が尽きなかった。たくさんの人たちの将来についての想いを聞き、わたしも本当にたくさんの想いを抱きました。人間、誰にでも必ずいいところがあって、それが個々で全く違っていて、それを間近で感じることができているわたしはなんてラッキーガールなんだ!と自分を褒めました。

ヨーイ、ドン。

人生一度きりらしいよ。やりたいことわかってるなら行動しようよ。さあ、わたしもみんなと同じように夢に向かってスタートしようと思いました。
教師ももちろんやりたいことだったし、1年間そのお仕事をしたことに後悔はありません。ただ、いろんな人のお話を聞いて、自分でも故意的に見えないようにしていた心底考えていることが溢れ出てくるのもとてもナチュラルな事象だと思います。

ここからはこれからを特に見ていて欲しいので簡潔に。教師を辞めて、まずは友達が全くいない東京に行き、制作会社に入りました。カメラワークをすぐにでも学びたかったけど、得意だった数字を生かし、まずはアルゴリズムの解析やマーケティングに少し関わりつつ、現場に入らせてもらうようになりました。
たくさんの現場に行き、たくさんの人に出会い、今はモデル事務所に所属してモデル活動をしつつ、フリーランスでカメラマンをしています。
ずっとやりたかったバスケットボール関連のモデルのお仕事や、一言一句大事に扱う舞台のお仕事もできるようになってきました。
もっともっとお仕事をして、みんなにも元気だよーって伝わればいいな、って、綺麗事に聞こえるかな。まだまだ×∞ 未熟だから負けじと頑張るよ。

今誰と親しくしているか。今誰と疎遠になってしまったか。そもそも誰と出会ってきたか。
人の悩みの9割は人間関係だとたくさんの本に書いてあります。ただ、悩むということは、それに生かされてるということでもあると思います。
だから、仕事もプライベートも、関わる人によってかなりの影響を受ける。わたしは、"人は出会うべくタイミングで出会う"の言葉の意味をやっと、やっと、やっと実感するようになりました。

人との出会いは転機。

運命的な出会いに感謝。出会ってくれたみんなも、同じ気持ちだったら幸せ。




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ありがとう

#人生を変えた出会い

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写ったり撮ったりして生きています。