南村杞憂
そのダサいネイルでしぬのか
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そのダサいネイルでしぬのか

南村杞憂

負けん気が強いと言われる。
10年来の親友は私を「肉を切らせて骨を断つ女」と例えた。
膝を叩いてなるほどと言ったが厳密には「肉を切られるくらいなら自ら骨を断つ女」の方がより正確かもしれない。
どちらにせよ字面の上ではともに深手を負って死んでいるのは確かである。

私は前日にその翌日着る服を決めるということがどうしてもできない。なのでやらない。
その当日の気持ち(前の晩の気分で代替することはできない)に完璧に沿うコーディネートを着て出掛けなければ1秒も納得できないからだ。何なら途中で引き返してしまう。適当な服を着て外で1日過ごすということが基本的にできない、というかしたくない。
昨日満足していた服だって、翌日にはもう満足できなくなっている。
逆に新しくトップスを買えば、過去に買ったボトムスを合わせて試していくうちに私に100%フィットするコーディネートを大発見する素晴らしく晴れ晴れしい朝もある。ちなみにこのジャストフィットとは100%気持ちに対するフィット感を指す。
偽りの気持ちなく言えば、私の毎日の完璧な着合わせは私の命を繋いでいる。

黒い髪にナチュラルメイク、みんな同じスーツにヒールの高過ぎないパンプス。
同じ受け応えを引っ提げて、手前の何を適正に検査されに行くのだろう。
こちとらカンディンスキーも吃驚のコンポジションでも物足りないのに、モンドリアンですらない線分を材料に今更何が描ける。
底抜けに明るい絶望感。
気が触れない方がおかしいのだ。

「それじゃあテロル これからは
どんなふうに生きればいいの?
ようく聞いて ようく聞いて これからも
まったく変わらず 生きぬいて

明日がくること信じても
結局明日も変わらない
あの娘がどんなに泣いたって
世界は全然 救われない

だから テロル テロル テロル テロル どこまでもやろう
テロル テロル テロル テロル
死んでも殺しても ピース」
(松永天馬 作詞/アーバンギャルド「テロル」)

マニキュアの爪先が少し剥がれている。
殊に右手や人差し指あたりは駆使するためぼろぼろになりやすい。
生活が疎かになると爪に出やすいと私は思う。
風呂で使ったカラー剤の色にほんのり染まったまま所々剥がれたマニキュアはなるべく人に見られたくない。

そのダサいネイルでしぬのか。

ふと思う。
たった少し塗り替える手間を重ねるだけのことができないままおまえはしねるのか。
成人式の時、卒業袴を着る時、私は自分で爪のコンディションを綺麗に整えたはずだ。
いつかあるか知れないウエディングドレスを着る時も、きっとそうに違いない。
あまつさえ、その姿形のままいつか来たるべくして必ず来る“一生もの”の死装束を着れるのか。
私がなるべく常に美しい爪先を保ちたいのは、“生き様は死に様だから”に他ならない。

私はこうして、他の学生が真面目にレポートやら研究計画を作成する院生室の一番隅っこで一人、爪を塗っている。

「オー テロル テロル テロル テロル どこまでもやるの?
テロル テロル テロル テロル
泣いても笑っても死んでも殺しても
世界はいつだってピース ピース ピース」

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南村杞憂
自分の片付けは自分でやるつもり