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コラボ作品「わたしはレプリカを弾かない」

【はじめに】 

この作品はヤスタニアリサの小説、逸見さんの朗読、竹遊亭田楽さんの楽曲のコラボレーション作品です。
また、アイキャッチ画像はツイッター上で画像を公開しているkoichi(@Kfish1882)さんから許可を得てお借りしております。

快くお話を受けてくださった逸見さん、素敵な楽曲を作ってくださった田楽さん、画像の使用許可をくださったkoichiさんにはこの場をお借りしてお礼を申し上げます。


【「わたし」を見つける物語】

あなたが中学生だった頃、世の中は色鮮やかに輝いていましたか?ご両親のことは好きでしたか?ご自身をきちんと表現することはできましたか?

おそらく、あなた方の多くはノーと答えるはずです。

今回の主人公も同じ。
クソつまんない学校、鬱陶しい親、なにより鬱陶しい自分自身。

この物語はある登場人物を通して「わたし」が誰の真似でもない「わたし」を見つけるまでの物語です。



「わたしはレプリカを弾かない」


「わたしのこれまでを
 投げ捨てることを許してくれた
 わたしを両手で受け止めてくれた
 あなたの存在を待ち望んでいたの
 やわらかで温かな手のひらに
 未知の可能性を感じるの」


右手でギュッと握ったサインペンで、頭に溢れる歌詞が消えないようにノートに書き殴っていく。ボブの髪が頬に触ってうっとうしいから、落ちてきた髪をいちいち耳にかける。
ああ、待って待って。いますごくいいところ。
脳みそから消えちゃうその前に、ノートにその言葉たちを全部、書き留めておきたい。


「わたしがスキップするとき
 大きな声で笑うとき
 世界に向かって怒る(いかる)とき
 あなたはそれでいい
 それでいいんだと頷いてくれる
 頷いてくれる」

両耳に突っ込んだワイヤレスイヤホンからは大音量であいみょんが流れていて、気に入った曲をエンドレスリピートしている。
中毒性のあるミュージック、ハスキーな歌声、エモいリリック。
アコースティックギターを掻き鳴らしながら恋のあれこれを叫ぶ彼女は私の憧れだった。

私のこれまでは闇が深い。両親は私のことを反抗期の来なかった出来の良い姉と同じように育てようと仕向けるから全然仲良くできなくて反発してばっかりだった。家にいるのが正直しんどかった。私は姉のレプリカじゃない。

じゃあ学校はどうかっていったらそれもまた微妙だった。教師も生徒も知能レベルの低いバカしかいなくて、一緒に過ごすのも苦痛だったから、中学校に入学して1カ月で集団生活から逃げ出してしまった。

学校に行かずに何をしていたかといえば、スマホのカメラで空や街中や野良猫の写真を撮ったり、朝から晩まで図書館に入り浸ったり、上野の博物館や美術館でぷらぷらしていた。
ゆるやかに流れる雲、美しい絵画、ふわふわの猫、何を見たって何をしたって私の心は満たされず常にぽっかりと穴が開いたままだった。

街に出る時はいつでもイヤホンであいみょんの曲を聞いていた。彼女の歌を聞くと、ものがなしいモノクロの世界は途端に色鮮やかに変わっていく。

当時、私の住む日常は味気ない風景だったけれど、彼女の曲をひとたび再生すれば、目の前の光景は原色の赤色、黄色、青、みどり、オレンジ。白と黒と金と銀のビビッドな色が街中にぶちまけられ、あっという間に、いとうつしく、あなせつなく塗り替えられたようで心地よかった。音楽の力は圧巻だった。

13歳の誕生日を迎えた頃、つつじが咲き乱れる路地を横切って、いつものように上野科学博物館へと向かった。

ネアンデルタール人の頭蓋骨のレプリカをじっくり観察していたら、私の視界に女性の片手がにゅっと入ってきて、ひらひらと揺れた。

横を見ると50代くらいの品の良い年配の女性が、口をぱくぱくと開けている。しかし爆音で音楽を流している私の耳に彼女の声は届かず、イヤホンを片耳だけ外して彼女に「何ですか?」と訊ねた。

「あなた、ずいぶん熱心に観察しているのね」

彼女は黒のパンツスーツに品の良いターコイズブルーのピアスをして、近づくとふんわりと甘い香りがした。

「もしかして、平日の今日、ここにいるってことは、あなたが通っている学校があなたに見合ってないってことなのかな?」

学校が見合ってない?いままでぷらぷら生きてきて「学生が平日に歩き回るな」とか「勉強しないと後で後悔する」などと言う大人には会ったことあるけれど「学校があなたに見合っていない」と表現した人は誰一人いない。

戸惑って返事ができないままでいると、彼女は小さなバッグの中から名刺を取り出して両手で渡した。

「フリースクール・けやきの子 代表 坂井真帆」

受け取った名刺はごくシンプルなものだった。 さかいまほさん? 文字を読み上げると、はい、坂井真帆です、と彼女はチャーミングに微笑んだ。

「もしよかったら、親御さんにご相談してからうちに遊びにいらっしゃって。私のところは学校が窮屈でしょうがない子たちがたくさんいて、みんなのびのびと学んだり、遊んだり、好き勝手して過ごしているわ」

笑みをこぼす坂井さんは、彼女が運営するフリースクールを思い返しているようだった。

フリースクールに通うことになった私は、坂井先生の勧めで中古のアコースティックギターを買い、勉強の傍ら、放課後は毎日のように練習に明け暮れていた。

指の痛みをこらえ、ギターの「Fの壁」もなんとか乗り越え、コード進行を覚え、フリースクールの「遊戯室」で弾き語りする日々を謳歌した。楽しい、楽しい、楽しい。これって私が求めていたものかもしれない。

「あなたのこれまでを
 知りつくしたわけではないけれども
 渾身の、全力で受け止めたいの
 できるなら待望の存在でありたい
 情熱のリズムとリリック
 レプリカじゃないわたしを見てほしい

 あなたが迷い悩むとき
 誰かに牙をむいて叫ぶとき
 そっと目を伏せ涙するとき
 あなたはそれでいい
 それでいいと頷いてあげる
 頷いてあげる」

中2に進級してからは月2回、「ライブ」と称してお披露目会を開き、毎回ひとりであいみょんの曲ばかりを弾き語りしていた。

最初は友人2、3名が興味なさげに聴いてくれていたけれど、ライブの回数を重ねるごとに観客は増え、近所の若者やあいみょんファンもネットで聞きつけたようで、いつしか遊戯室に入りきらないほどの客でにぎわうようになった。

学校関係者以外も坂井先生がどうぞご自由に、温かく受け入れて聴いてあげてくださいねと言い、校内に招き入れていた。

夏休み前、最後のライブを終えると、いつものように聴きに来てくれた坂井先生がすべての演奏を聴いたあと、私を手招きするとまっすぐ私を見つめてから静かに口を開いた。

「あいみょんさんを歌うのも悪くないけど、あなたはあなた自身の歌を歌ったらいいと思うの。人のまねごとしていたって面白くないでしょう?」

坂井先生に大好きなあいみょんを完全否定されたような気になって、私はムキになって答える。

「私なんかに曲が書けるわけないじゃん!」

「なんか?私はあなたを『あなたなんか』と思ったことは一度もないわ。弱音は真っ向から挑戦してから吐きなさい」

坂井先生はピシャリと言い放った。
瞬間、泣きそうになったけどぐっと腹に力を込めて堪えた。彼女の口角は上がっているけれど、ちっとも笑っていない瞳をしている。

坂井先生が生徒と対等に向き合うときの表情。胸がズキンと痛み、体がカッと熱くなる。いま、撃ちぬかれた。何に、彼女の強い言葉にだ。

夏休みに入ってからは書いて書いて書いて書きまくる日々が始まった。
午前中は宿題に取り掛かり、午後からは作詞や作曲の時間に充てた。

坂井先生に、曲を作りたいから夏休みの間も遊戯室を貸してほしいと言ったら、ありがたいことに二つ返事で「いいよ、頑張ってね」と許可をくれた。

自宅で風呂に浸かっていて突然音や言葉が降ってくる時もあった。そんなときはアルキメデス顔負けに風呂場をすぐさま飛び出て、バスタオルも巻かず降ってきたメロディーラインや歌詞をノートに書き殴った。
待って消えないで。そんな気持ちで浮かんでは消える言葉を無我夢中で掴んでは紙に書き残していった。

私は音楽に没頭し、音楽を愛していた。音楽の神様がもしいるのだとしたら、あのとき真っ裸で右手を必死に動かす私の横でにこにこと笑ってくれていたに違いない。水滴と湿気でぐしゃぐしゃになったノートは私のいちばんの宝物だ。

「あの日
 あなたがわたしを見つけてくれたから
 わたし自身を見つけることができたの
 向き合い、立ち向い、許容ができたの
 これからのわたしとあなたは
 前を向いて、助走をつけて、
 大きく大きく跳べるように
 レプリカじゃないわたしを
 イミテーションじゃないあなたを
 創って謳って生きたいの」

坂井先生の言葉で私の中の「やるきスイッチ」がかちりと入り、それから高1の今日に至るまで何十曲も私だけの曲を作り上げることができた。
中3へと進級した私はあいみょんの曲を演奏する代わりに、自作の曲だけをライブで披露するようになった。

「フリースクールで弾き語りをする変わった中学生がいる」

そんな噂を聞きつけた某音楽事務所がスカウトをしに訪れたことがある。

「君、あいみょんのファンなんだってね。うちの事務所であいみょんテイストの曲書いてみない?もしかしたらあいみょんにも会えるかもよ」

といった事務所のお誘いもあったけど、オファーに対して「いいえ、結構です」と丁重にお断りした。

15才の私が歌うのは私を吐き出したいからであって、憧れのあいみょんになりたいからではないと、はっきりと理解することができたから。あいみょんにはちょっと会ってみたかったけど……。

あの日、博物館で坂井先生に会って、フリースクールに通うようになって、彼女から自分の歌を歌いなさいと指摘された時からの私の内面は確実に変化を起こしていった。
情熱、怒り、願い、そんなことを書き出してギターに乗せて口ずさむと、私のなかに渦巻く様々な感情が昇天、昇華していくのがわかったんだ。
すべての魂を、解放せよ。解放せよ。解放せよ!
そうやって自分自身を解放することで以前より物事を素直に受け入れられるようになった気がする。

初めてFのコードが弾けたあの瞬間、初めて曲が完成したあのとき、そして初めて坂井先生に私の曲を披露したあの日、私のなかで失われたパズルのピースがかっちりとはまる感覚を得ることができた。ふわふわしたクラゲのような生き物から、しっかりと地に足をつけて直立二足歩行する人類に進化したような気になれたんだ。

私の曲を聞き終わった坂井先生は顔を真っ赤にして大きな拍手をして、
「ほら、ちゃんとあなただけの曲が作れたじゃない。真似じゃなくて、あなた自身の素敵な曲が作れるようになって本当によかった。ほんとうに、よかった」
最後は声を詰まらせながら感想を言ってくれたから、ああ、私はもう誰かのレプリカじゃないんだと生まれて初めて感じられたんだ。

フリースクール卒業後は都立の普通高校に進学して、そして今もあいみょんが、Perfumeが、星野源が、椎名林檎が、槇原敬之がスピッツがミスチルが、たくさんのポップミュージックアーティストが私の両耳でごきげんに音楽を奏でている。彼らの伸びやかな歌声で、ただの町並みがカラフルに装飾されてゆくのは以前も今も変わりない。
心から想う。音楽のない、人生なんてない!

授業を終えた私は今日も今日とてギターケースを背負って、駅前でチューニングを始める。道行く人はイヤホンをして、スマホを眺めて、私のことを注目してくれない。それでも、人で溢れる駅前ロータリーで、ひとり弾き語りするのはいつだって怖くて、恥ずかしくて、勇気がいる。だけど、あのフリースクールを卒業した私ならきっと大丈夫。絶対に大丈夫、と言い聞かせて自分を奮い立たせる。

空から舞い降りたアメイジングなリリックと、いまだかつて誰も耳にしたことがない旋律があなたの世界を色鮮やかに塗り替えられることを夢見て、恐れずに前を見てこの愛おしい六弦を掻き鳴らすんだ。

準備万端、レプリカでもイミテーションでもない、一点物の、この私がお送りする私だけのミュージックアワー。
大きく息を吸って吐ききったら、震える指も気にしないで私にしかできない音楽を奏でよう。

あなたのために心をこめて歌うから、そのイヤホンを外して、どうか片耳だけでも私に傾けてください。

「私はレプリカを弾かない」

私の震える心臓の音とともに、あなたの心臓にどうか、届け!

(了)

【朗読 わたしはレプリカを弾かない】


【テーマ曲 私なんかなんて言わない】

「私なんかなんて言わない」

作詞:ヤスタニアリサ
作曲:デンガクズ

気持を温めて
空気を震わせる
言葉を転がして
わたしだけの
世界をつくるの

わたし『なんか』なんて言わない
あなた『なんか』なんて思わない
お送りするのは
たったひとつのミュージックアワー
片方の耳でいいから聴いてほしいの

鼓動を感じて
唇を震わせる
六弦をしならせ
わたしだけの
旋律、紡ぐの

わたし『なんか』なんて言わない
あなた『なんか』なんて思わない
お送りするのは
たったひとつのミュージックアワー
片方の耳でいいから聴いてほしいの
あなたの心にどうかどうか、届け



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