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心の日記2021/2/25②

周りの人が大人に見える。平気で生きてるように見える。

自分は恵まれているし大きな不満もないけれど、客観的に恵まれていることと辛くないことはイコールではない。

モヤモヤが大きいとき、

理想と現状の差が大きいとき、

死にたいわけじゃないけど「ここじゃない世界」へ行きたくなる。

私はそれを異世界だとか空想の世界と呼ぶ。現実を生きる人からは「現実逃避」と呼ばれるかもしれない。

こんなに子供のままああだこうだ文句を言いながらも自分の生きる分を稼いでいるからね、誰か褒めてよって思う。今月の収入を見てみたら35万円だったよ。ねー、こんなにああだこうだ言いながらも普通の顔して普通の収入で頑張って生きているんだよね。十分よくやってるよって、誰か一人くらいには褒められてもいいと思うよ。

物事がうまく進めば進んだで、うまくいってる風の自分と本当の自分のギャップが広がっていく。うまくいくことに救われることもあるけれど、自分が分裂する感覚もある。

結局ね、父親代わりを求めてる。母親代わりを求めてる。何もしなくても許されていたかったけど、勝手に自分でそれを許せなくなって、成績のいい自分に価値を求めていたから、何もしない自分がわからなくなって、恋愛ばかりしていたんだろうな。

どんな自分でいたいか?と言ったら、

役立つ自分でありたいし、

何もしなくてもいいよと保護されている自分でもありたい。

何もせずに過ごすことを自分で許可できたら平和。

いつまでも、何かかからどこかへ逃げるような姿勢で生きている。何かが迫ってくるようで、怖い。他人は敵ではなくて、無か仲間なのに。仲間になるはずの人がなぜか一番の敵に見えたりして怖くなる。

ちょっと前よりも、他人が敵に見える。それは他人がどうこうってわけじゃなくて、なな自身が自信を失っていたり、存在への罪悪感を感じているせいだろう。

自分のことを「いいね」って思い続けるのは難しい。まだ「いいね」って思う暗示をかけている途中だから。少し不純物が入ると、すぐにそっちが濃くなってしまう。

しかも少しマイナスになった方が居心地よくて安心してしまうから、だめな自分を許してしまう。

だめなままでもいいのかな、ちょっと幸せなふりして普通なふりして無理しすぎたかな。

人間は、どうしても寂しいときやどうしても虚しいとき、どんな風に過ごすんだろう。学生時代に比べたら「生きるのが平気」にはなったけども。

その分「平気じゃないとき」の混乱度合いは強まった。結局すべては自分でなんとかするしかないのだけど。それでも何もせずに許されて、何もせずに褒められて、何もせずに保護されてる存在になりたくなる。

とはいえ今日も明日も、どうせ仕事をして自分でお金を稼いで、自分で外にご飯を食べに行って、自分で自分を満たそうとするのだろう。

自分で自分は満たせるのだろうか。自分を自分で満たすのは本当に健全なのだろうか。それを生きてるって証明できるんだろうか。保護したりされたり、何もしなかったり褒められたり、人に寄りかかったり寄りかかられたりしながら「生きてて嬉しいな」って思いたいんじゃないだろうか。

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詩人 紫崎七(ななさま)

脳みそで生きることを目指しています。強い共感を感じた時にはサポートで表現していただけると嬉しいです。

ありがとう。
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むらさきななと読みます。詩・短歌・空想・心の中。人間の感情と情動を食べたい。就職しないのは自分の心を守るため。恋愛みたいな気持ちが好き。いつまでも人と気持ちを交換したい。いまを切り取りたい。現実逃避の象徴になりたい。占い師。Twitter:@777nanadayo777