見出し画像

「ラジオ/深海/空き地」、或いは「魴鮄」

君は魴鮄みたいだね、と笑った彼を想う。

俺はくだらない奴だ。頑張ることなど一つも無く、勉強も最底辺で、やる気が出ない、と嘆きながらも何もしない。そんな何にも成れないイキモノ。友人だって居ないわけでは無いけど、高め合う仲かと言われるとそうではないと思う。奴らのことは大好きだが、世間で言う「良い友人」「好敵手」ではない。今日だって、缶ビールを買って空き地でたむろ。楽しいが、退廃的。かれこれ一年程続いている、そんなくだらない日常。
そういえば高校時代、よく隣の席になった男が居た。彼は、席替えの度にこう言った。
「また隣。運命だね」
「お前との運命なんかあってたまるか」
「僕は嬉しいけれど」
「そうかよ」
彼は無遠慮な奴だった。まず、声がでかい。言いたいことは言いたいだけ言う。先生を困らす。ちょっとそれ一口頂戴って言う。隣席のテストは覗き込む。そしてこう言う。
「再試がんばってね」
うるさい。
そんな彼とは三年間同じクラスだった。今となれば良い思い出である。
さて、俺は一年の学年末試験前、担任に呼び出された。
「流石にこのままじゃ不味いぞ」
「あ、やっぱりっすか」
「分かってんならやれ」
「えへ」
そんな訳で勉強が始まった。おどけて見せても留年が洒落にならないのは理解しているので結構必死になった。がしかし。
「数学が絶望的に出来ねぇ...!」
積み重ねが無いのだから当たり前である。国語は読み込めばどうにかなるし、理社は暗記。英語も本文があるので日本語訳さえ出来れば最低限耐える。ただ数学だけ、さっぱり分からない。問題集、解けません。答えを見ます。分かりません。別解も載ってました。やはり分かりません。
頭を抱えて一時間が経ち、一日が経ち、三日が経った。ここでテスト一週間前。このままでは留年だと悟り、遂に隣席に声を掛けた。
「数学教えて下さい....」
「僕が隣でよかったね」
彼は学年首席だった。

さて、ここからの戦いは長いので省こう。
結論から言って、俺はしっかり平均を上回った。何が起きたのかさっぱり分からないが、確実に隣席のお陰である。
彼は俺のテストを覗き込んで言った。
「君は魴鮄みたいだね」
「ホウボウ?」
「綺麗な鰭の魚」
「ほう...」
「ぼう」
何が言いたいのかさっぱり分からなくて困っていると、説明してくれた。
「深海を這って生活するんだよね。危機が迫ったりすると泳ぐし浮上もするんだけどね」
「つまり?」
「底辺這ってたのに今回は頑張った君にそっくり。実は輝けるってとこまで含めて」
「そりゃどうも」
「褒めてないよ」
「分かってるぁ!!!」

この後も何度も彼に助けて貰いながら、どうにか大学に入学したのだった。

どうしてこんなことを思い出したかと言うと、レポートが終わらないので徹夜をしているのである。夜中は思考が散漫になって、変に過去のことを思い出したりする傾向にあるが、BGMに流していたオールナイトニッポンのトークテーマが"学生時代の思い出"だったのだ。MCのトークは途中から意識の外にあったので聴こえていなかったが、また会いたいですねぇ、とかなんとか言っている。
俺も。また会いてぇなぁ。
そんな資格は無いけど。
俺はまた這っている。大学に入ってからずっと。這い続けてヒラメにでもなりそうだ。ヒラメが這っているだけかは知らないけれど。

魴鮄ならば泳ぎ出せ。浮上しろ、抜け出せ。
暗い深海から。深夜から。あの空き地から。
彼に会ったとき、胸を張れるような。
胸鰭を誇れるような魴鮄になるのだ。

そう決心して、パソコンに手を伸ばす。
オールナイトニッポンが終わり、深夜が早朝に代わった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?