宇部詠一「愛と友情を失い、異国の物語から慰めを得ようとした語り部の話」感想

◼︎神様の視点と三重の構造、そして作者の意思を反映するということ

とても面白く読ませて頂いた。

 「書き手が小説を書く動機を語りつつ小説を書き進める話」を初めて読んだ。つまるところ、物語の登場人物にとっての「(例えるなら)神様の視点」から語られていることになる。そして、この物語の神様である「僕」は(もちろん人間だが)、ある悩みを抱えていて、そこからくる葛藤に折り合いをつけたい気持ちでいる。読み手からすると、珍しいタイプの構成だと思う。私は、自分が読んだ物語のレビューや書評が気になるタイプである。自分と同じように感じるのか、捉え損ねたものはないか、検証したくなるためだ。読んでいる間の、物語のなかに入って知らない世界を体験する感覚も楽しいけれど、物語の外に出て遠くの視点から見るのは絵画を鑑賞するような面白さがある。書かれた時期や時代に驚くこともあれば、作者の年齢に親近感を持つこともある。作者がどうしてそれを書いたのかを知ることで、物語をより愛せる場合もある(逆も然りだけれど)。まさかそれが物語のなかで語られるとは。そして書き手としても興味深い。私自身は小説を書くことに挑戦している身だけれど、正直に言って全然上手くいっていない。書き始められても、書き上げることがなかなかできないでいる。一方でSF創作講座に参加されている方のなかには、毎月実作を書き上げている人だっているのだ。凄さに眩暈がする。そんな中で、同じ講座参加者の宇部さんが、こんな感じで書いているのかもしれない、と想像するだけで興味が湧くし、物語を書き上げるヒントがあるだろうか、なんて気持ちでも読んでしまったのだ。

 さて、書き上げられた物語はとても読みやすかった。大変ありがたい。SFというのは、難しい(というかオリジナルだったり、創作された)単語が出てくることも多いし、内容が理解出来ないこともある。私はSF全般を愛している人間ではなくて、最近たまたまSFの魅力に気付いた人なので、取っつきやすさというのは読み進める上で大事な要素なのだ。

 この物語は、「僕」が書く「ナースィル(という登場人物)」、「ナースィル」が語る「物語」という構造で、どんどん奥へと入り込んでいく三重の構造になっている。視点の切り替わりが頻繁に行われて、小話が挟み込まれるから、すらすらと読み進められる。読んでいて行き詰まることがない。「ナースィル」によって語られる物語も、「ナースィル」の息子たちの物語も、起伏があってよかったが、やはり「僕」が一番気になった。主人公である「僕」は、失恋(のようなもの、というのは、失恋相手に対する未練が見えないから)を機に小説を書き出す。失恋して、酒を呑むのでなく、寝込むのではなく、海へ向かって自転車を漕ぎ出すのでもなく、小説を書くという選択に、少しキュンときた。何それ。

 小説を書き始めることをきっかけに古い友人たちに連絡を取り、人間関係で自爆していく。救いを求めて物語を書いていくのだけれど、物語を書き進めるのに比例して「僕」の現実の状況が悪化していくようにも見える。当然のことながら、現実の出来事と創作は全くの別物なのだから、小説を書いたところで状況が改善するはずはない。それでも「僕」は書くことをやめない。やめないどころか、最後まで書ききるのだ。すごい。ガッツがある。

 後半に、現実と小説のなかの物語との接続が強まる点がある。物語の終わらせ方について、「僕」が悩み抜き、自身を見つめ直し、アイデンティティを確認し、次の展開を決意するシーンだ。それまでは、アラビアンナイトを下敷きにした童話のような物語であった。史実に基づいて書き進めると、ハッピーエンドとはならない。どうしてもハッピーエンドにしたい「僕」は、ここで初めてSF要素を盛り込む。いきなり、時代設定的には登場しえないものが出現する。「神様の視点」をフル活用だ。読者は、過去の物語を読んでいた感覚から、あれ?これは未来の話だったのか、という認識の変化を経験する。私には、この展開が小気味良い。そんなの急すぎるし、作者の気まぐれなんだけれども、自己肯定からくる創作への愛を確かに感じられて、無茶なんだけれども納得できる。物語のタイトルにあるように、登場人物を幸福に導くことが作者自身の救いであり慰めになっている。そして終わりに、「僕」は現実の状況を変えようと、少しばかり前向きな気持ちになっているのが爽快な読後感を生んでいる。読んでいて自分も前向きな気持ちになれた。

 最後に、タイトルについて。タイトルだけ見ると、いやネタバレし過ぎだよ…!とツッコミを入れてしまう。けれど、読み終わったあとには、ここまで言ってしまってもいいのかもしれないと思った。タイトルで語られるべきは、「僕」が物語を書こうと思ったことと、物語を完結させたいと行動したことだと思う。ただそれでも、もう少しオブラートに包んだ方が魅力が増すと思った。

 ここからは、書き留めておきたいところまとめ。

「僕の作品は形を変えた自分語りに過ぎないのかもしれない。でも、そうではない小説って、どれくらいあるのだろう?」

「「僕は僕が救われるために書いているんだ」」

「どの登場人物も見放したくない。本当は敵役であっても。彼らとて僕の一部なのだ。僕にとって小説を書くことは、無数に分裂した自分同士の対話によって、世界と向き合う手段を見つけ出そうとする試みだ。」

 宇部さん、素敵な物語を有難うございました。