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【絵本】セリフのない人形劇.クレイアニメ用


言葉じゃない言葉があふれている。


"昔の話でもしようか"

地下の村の小さな音楽堂喫茶に静かに音もなく交わされる言葉。


地下の村は太陽の光も月の光もカラフルな音もない白黒の村。

地下の村に住む人たちは聞く力も話す力もない。

そんな村にまだ言葉がない頃、1人の少女エールは辺りを見回しながら立ち入り禁止の看板を通りすぎる。

すると消えかけた音楽堂喫茶の文字が見えてくる。 

エールはそこで本をめくることが好きだった。

指先から伝わるページをめくる音、読み方も分からない文字たち、古びた音楽堂喫茶のにおい。

全部がエールのお気に入りだった。

エールはお気に入りを独り占めできることが嬉しかった。


エールは文字たちが並ぶと意味をもつ言葉になることを知った。

エールは言葉に興味を持って、言葉がどんな音をしているのか、どうすれば音が出せるのか、そのことで頭がいっぱいになった。

そしてエールはたくさんの本を読んでいくうちに、この村の上には地上という世界があって、そこには光や音があるということを知った。

ある日、エールが次の本を手に取ると1枚の紙切れがヒラヒラと舞い床に留まった。

そこに書かれていたのは見覚えのある音楽堂喫茶の絵と"地上"と"入り口"という言葉だった。

エールは体全体が心臓になったみたいにドキドキしていた。


"4大陸大戦争のため地上、地下、空、海の交流を禁ずる"

地上の街の中心では1枚の紙を大勢の人が囲んでいた。


エールは嬉しさのあまり紙切れを持ち帰り、得意気にお兄ちゃんに見せた。

しかしお兄ちゃんの反応はエールが待っていたものとは違った。

お兄ちゃんがエールから紙切れを取り上げようと引っ張ると、紙切れは2つに分かれた。

ただ目から涙をこぼすだけのエールとただうつむくだけのお兄ちゃんの姿だけが静かな部屋に映る。

目には見えない、音も聞こえない。

でも確かにそこには悲しみ、怒り、悔しさ、歯がゆさ、優しさ...たくさんの言葉が溢れ、ぶつかり、響きあっていた。

その言葉たちは部屋を飛び出し、お母さんを連れてきた。

お兄ちゃんら紙切れの片方をとっさに背中に隠した。

お母さんはエールの手にあるもう一方の紙切れを見つけると、一瞬目を丸くしてエールから紙切れを取り上げた。

エールは必死に返してほしいと目で訴えるが、お母さんは怒ってエールを部屋に閉じ込めてしまった。

エールはお兄ちゃんがしたことも、お母さんが怒っていることも、どうしてなのか分からなかった。

エールはやっぱり独り占めにしておくべきだったと深く後悔した。


もうどれくらい部屋に閉じ込められたのか、エールが数えるのに飽き始めた頃、お兄ちゃんがこっそりエールの部屋のドアを開けた。

お兄ちゃんは申し訳なさそうに紙切れを床に置いた。

2つに分かれた紙切れは1枚になっていた。

"ごめんね"

言葉を知らないお兄ちゃん。

きっと片方の紙切れを手にいれることは簡単ではなかった、そのことはエールにも十分すぎるほど分かった。

2つの紙切れを繋ぐ綺麗とは言えないセロハンテープ。

お兄ちゃんの気持ちはちゃんとエールに届いた。

お兄ちゃんはエールの目を見て首を横に振って、ドアを閉めた。

"行っちゃだめ"なのか"覚えちゃだめ"なのか、とにかくあの場所へ行くことは許されないんだとエールは思った。

しかしエールはあの瞬間のトキメキの消し方なんて知らなかった。

エールはみんなが寝静まったのを感じると、部屋に閉じ込められている間に準備をしておいた脱出計画を実行した。


エールは暗い村を走りながら、前に本で読んだ"朝"と"夜"を思い出した。

今は朝なのか夜なのか...こんな時にこんなことを思い出すなんて自分でも変だと思ってエールは笑った。

それくらいエールはワクワクしていた。

いつもより体が軽く感じてあっという間に村の外れにある消えかけた音楽堂喫茶の文字の前に着いた。

エールは紙切れの絵の中を歩くように音楽堂喫茶の中を絵の通りに足を進める。

エールの足はある本棚の前で止まった。

エールが1冊の本を手に取ると、本棚がドアのように新しい空間へエールを導く。

その先には螺旋階段がひたすら上に伸びていた。

エールは呼吸が早くなるのを感じながら、螺旋階段を1段ずつ大事に上った。

暗闇の中、キラキラしたエールの目はただまっすぐ上だけを見ていた。


しばらくするとエールは自分の体の外から振動を感じた。

それはエールが今まで感じたことのない柔らかな振動だった。

エールの目からは理由がない涙がこぼれた。

エールは涙が流れていることも気にせず、目を閉じてその振動に包まれていた。

振動が止まるとエールは静かに目を開け、不思議な感覚に浸っていた。

この感覚に言葉があるならば...

エールがまた階段を上り始めると階段の終わりが見えてきた。

しかしそこは行き止まりだった。

ドンドンドンドン...

エールは叩いた。

とにかく叩いた。

するとエールの視界は初めて光に触れて、エールはギュッと目を閉じた。

エールがゆっくり目を空けると、カラフルな男の子の顔が目の前にあった。

初めて見る白黒以外の色にエールのまん丸くした目が小刻みにまばたきをする。

男の子は嬉しそうに笑顔で手を差し伸べた。

エールは息をするのも忘れて男の子の手を握った。


エールはカラフルな世界に足を踏み入れた。

エールが出てきたのは大きくて艶のある黒色の何かの下。

エールは男の子に続き膝をついて移動する。

そして足の裏を地面につけて立った時、エールは見えている世界が広く感じた。

エールが大きく息を吸うと陽気な振動が空気と一緒に体の中に入ってきた。

それはあの男の子のものだった。

"それはなに?"

エールは男の子を指差して首を傾げた。

男の子は2回足で地面を叩いた。

しかしエールは訳が分からず眉間にシワを作った。

男の子は一瞬寂しそうな目をしたが、すぐに笑顔を見せて紙とペンを取り出した。

"おと"

エールの眉間のシワは更に深くなった。

音については本で調べ済みだったが、エールが感じたものは本に書かれていたものとは違っていた。

地上に来れば聞こえるはずだった音は聞こえなかった。

そんなエールに男の子は更に紙を見せた。

"ことば"

男の子は"おと"を指差した後、自分を指差して、"ことば"を指差した。

"おとはぼくのことば"

そして次にエールの目の前に見えたのは"オリーブ"の文字。

"ぼくはオリーブ、きみは?"

オリーブはくるっと1回転してエールの方に手を差し出した。

エールは覚えたての拙い字で名前を書いて、両手で拳をつくった。

それに合わせて心が弾むような振動...音をエールは感じた。

"これはエールのおとだよ"

もう紙を見なくてもオリーブの言葉はエールに伝わった。


オリーブは普段楽器の修理をしている。

エールが初めて聞いた柔らかな音は大きくて艶のある黒いピアノだったこと、鍵盤を指で押すと音が出ること、鍵盤の場所によって音が違うこと...オリーブの音もまた一瞬一瞬で違っていた。

朝、太陽...暖かくて落ち着くような元気が出るような不思議な気分だった。

"オリーブ"

エールは太陽とオリーブを指差した。

嬉しそうなオリーブの音がエールの体中に響いた。

夜、月...街はどんどん音を失くしていくと同時に色も失くしてしまって、まるで眠ってしまったみたいだった。

でも月の明かりが安心をくれた。

街はたくさんの音が混ざり合っていた。

カラフルな町はカラフルな音からできているのだとエールは思った。


オリーブの言葉が通じないのは日常茶飯事。

オリーブは楽器のような音しか出すことができなかった。

だからオリーブはいつも紙とペンを持ち歩いていた。

エールは人それぞれ音の出し方が違うのだと思っていたけど、鼻や手足から音を出すのはオリーブだけだった。

しかしそれがなぜ伝わらないのか、聞こえないエールには分からなかった。

エールには音は聞こえないけれど、体で音を感じて、音を通してオリーブの気持ちが伝わっていた。

オリーブの音はどんな音よりも誰の音よりも美しい音色だった。


エールは何度も朝と夜を過ごした。

エールはオリーブと過ごす中で文字でしか見たことがなかった言葉の意味を実感していた。

言葉という枠の中だけでは表すことができないこともあると分かった。

そんな時オリーブの音だけはどんなことも表してくれた。

オリーブが緑色に囲まれた森に連れていってくれた日のことだった。

静かな森の空気が急に騒がしくなって胸がざわざわしたとき、鮮やかな緑にふさわしいくない白黒の兵隊たちが2人を囲んだ。

どうして地下の村の兵隊がここにいるのかエールは分からなかった。

兵隊はエールとオリーブを引き剥がそうとすると、オリーブはエールの手を強く握った。

すると1人の兵隊がオリーブを殴った。

オリーブは飛ばされて倒れてしまう。

エールはオリーブの名前を呼ぼうとしたが音にならない。

何度も何度も...

でも遠くなっていくオリーブに届くことはなかった。


"私は幼かったの。
地上の世界の時間の感覚が分からなくて、長い時間家を離れてしまっていたものだから、村中大騒ぎだったみたい。
国同士が戦争中だったこともあって、他の国と交流を持ったとして両親にとても迷惑をかけたわ"

音楽堂喫茶で名物となっているエールおばあさんのお話をお客さんはうっとりと聞き入っている。

ゆっくりと紙がめくられる。

"それから地上への入り口も封鎖された。
でも私は言葉を学ぶことを止めなかった。
村の人たちは冷めた目で私を見たわ。
今はこうして言葉で伝えられる。
あれから120年も経つのね。
音は出せないし聞こえないけれど(笑)"

冗談っぽく肩をすくませるエールおばあさん。

それにニコリとするお客さん。

そして次の紙を待つ。

"言葉がないほうがよかったという人もいるけれど、使い方次第よ。
言葉が傷つけるのではないわ。
言葉がなくても他人を傷つけることはできる、もちろん喜ばせることもね。
言葉は何も悪くないわ。
だって私はこうしてみんなに伝えられてとても嬉しいもの。
だけど大切なことはその中にあるものよ"

シワだらけの手で紙をめくる。

"こうして話をしていると思い出すの。
オリーブの音を"

エールおばあさんは目を閉じる。

それはオリーブの音を感じているようだった。


オリーブはエールが出てきたピアノの下の扉を開けようとしたが、まるでそこにはもう扉はないみたいだった。

オリーブは扉があった場所で眠った。

エールを呼んだ。

聞こえていないかもしれない、返事がくることもない。

けれど、心を込めて、温めて。

120年間、毎日、何度もエールを思いながら音を奏でた。


"ここは世界樹の根。
入り口は封鎖されたけれど、この樹はオリーブのところまで伸びている。
今でも彼を感じられる。
...1度でいいから名前を呼びたかった。
いいえ、声が枯れるまで呼びたかった"

その時、体中に懐かしさを感じた。

エールおばあさんの頬に涙が伝う。

ずっと聞きたかった音。

幸せの音。

それはとても温かかった。


-end-

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