心臓がキュッてなる瞬間なんかひとつもいらない

 新年はおめでとうございますとも言い難い状況の中、みなさまそれぞれ生きてらっしゃると思います。ぼくもそうです。ゆっくりできる人はできるだけゆっくりしていい時期だと思いますがどうでしょうか……

 さて、今年は不思議なご縁で、演劇を志す方々、これからの演劇を作っていく方々と接する機会に恵まれた年になりそうです。岡本を信頼してご依頼くださった各企画の運営に携わる方々に御礼申し上げます。

 また幾つか告知があると思うので、各企画に応募・参加される方や、これから岡本と関わり合う方が安心して創作に取り組めるためのお話しをしておきたいと思い、筆を取りました。実際の現場でもはじめにこの話をしようと思います。

 自分の創作でももちろんそうですが「演劇にはじめて触れる人」または「まだ始めてまもなくこれから経験を積もうとしている人」のいる現場でお仕事をさせていただく際に、特に大切にしていることがあります。

 それは「全員が健全に演劇と関われる環境を作る」ということです。健全とはむろん、心身ともに、です。演劇をやる時、本番の緊張以外で心臓がキュッてなる瞬間なんかひとつもいらない。みんなよく寝てから稽古場に来てほしいです。
 これは当たり前のようですが、どうやらいまは(なぜか)難しいようです。業界のいろいろな言語道断な事件もそうですが、個人レベルでも参加するひとりひとりの役割、状況、性格、取り組む姿勢が違う中でひとつの作品を作っていく時、どうしても誰かに負担が偏ったり、誰しもが咄嗟のコミュニケーションを誤ってしまう可能性があります。
 本来、演劇の現場にはそれぞれの担当するセクションがあるだけです。演出家は作品の方向づけと演出をする、俳優は役を演じる、照明は光をつくる、などのセクションの違い。そのあいだに、いつのまにか、その現場だけで適用されるよくわからない不文律ができて、それが力関係となり、最後は誰かが(残念ですが、だいたいは俳優が)理不尽に傷つけられて、公演が終わるとすべて無かったことになる。
……みたいなことが残念ながら茶飯事で、心身ともに健全な現場というのは(普通にやばいんですが)私の経験上、稀有です。

 自戒も込めて、そんなふうにして作られる演劇はまったくもってダメだと思っています。そういうのをもう、再生産したくないのです。
 ぼくが環境のためにしていることを少し紹介します。たとえば創作上で発生する俳優の身体や心の触れ合いがあるシーンは、稽古で返す度に互いの同意を確認します。最初はいいかな? と思ってたけど、やっていくうちにキツくなってくるというのは普通にあるし、「体当たりの演技」とか「役者魂」みたいなものはなんの屁のつっぱりにもならない嘘の観念だからです。
 あとは、座組で安易にグループLINEを作るんじゃなくて、稽古場内外でのコミュニケーションを安心して行える連絡手段や時間のルールを取り決めます。じゃないと、誰かが誰かに個人的にLINEできちゃうからです。演出家が俳優に行う演技についてのリクエストもメーリングリストを使用したり、制作さんからの連絡網を介したりします。

 このようなことを考え、行動にいたるまで過去、ぼくも演劇の現場においてコミュニケーションを大いに間違ってしまっている瞬間がありました。そういう時を振り返るとたいてい、演劇が作られる場で「当たり前」とされていたこと、たとえば「演出家の求める演技や世界観を、俳優は必ず体現しなければならない」といったようなものですが、そういった悪しき慣習を無意識にトレースしている時でした。
 俳優やスタッフは、演出家の発言や方向づけを指針に作品の輪郭を掴もうとするため、立場上、演出家が場のイニシアチブを取ることが多いです。これはセクションの違いによる、単なる仕事の違いなので、すべての演出家はとくにこの違いについての注意が必要なのです。あらゆる局面で加害者になる可能性を常に意識しながら一言一言を発するくらいで、ちょうどいいと思っています。というか、稽古がうまくいかない時って「演出家が作品についてきちんと説明しきれていない」とか「その俳優個人の職能とずれた演技を演出家が頑なに要求している」とか、うまくいかない原因が演出家側にあることが正直かなり多い気がします。

 ぼくの稽古場では、例をあげたこと以外にも、他にも健全な環境のためのシステムづくりを、ヒアリングなどをもとに推進していきたいと思っています。まだまだ発展途上ですので、場の安心につながることをもっと取り組んでいきたいです。とにかく本番が来るからといって、そのまま企画が転がって創作になだれ込んじゃう前に、整えるべき環境がたくさんあります。「面白さ」とか「作品の意義・クオリティ」とか「集客」とかを追求するのはもう全部、環境のあと。そのくらい演劇はやばいということでもあるし、健全な創作環境があってはじめて、チームひとりひとりの創造性が充分に発揮された集団創作ならではの素晴らしい作品が生まれるのだとぼくは信じています。

 これから岡本と創作をされる方、岡本との創作が、はじめて演劇に触れる機会になる方、何か不安なことがあれば些細なことでも構いませんので、どの段階でもお伝えください。一緒に演劇を楽しみましょう。どうぞよろしくお願いします。

岡本昌也

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