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絵本の裏側 9

誰もいない。何もない。
そんな場所って、ほんとうにあるのかな。

もこもこもこ

男の子が立つ砂地の表面は、どこまでもなめらかです。
所によって波打つ模様があったり、小さな起伏があったり。
優しい模様が遠くまで続きます。

その、表面に。

もこもこ もこもこ。
もこもこもこ...

周りから浮いて、異様な場所がありました。

なんだろう。

よく見ると、それはたくさんの小さな泥だんごの集まり。
直径1cmにも満たない泥のお団子が、無数に連なって砂の上に置かれています。

もこもこもこ...
男の子の中にも、好奇心が湧いてきます。

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絵を描く時間

この泥だんごページ、実は一番はじめに描いた一枚です。
絵本を作るとき、まずはストーリーにこだわらず、描きたいと思っていた情景を手当たり次第描いていくことから始めました。
薄く鉛筆で下書きをした後、ペンに持ち換えて、砂のつぶつぶを打っていきます。

開始から数十秒。
なんて面倒な作業だろう。

気づけば、無意識的に1ページにかかる時間を計算し始めていました。
途方に暮れて手が止まります。

A4サイズ一枚の絵。たったそれだけ。
そう思う人もいるかも知れません。
しかし、絵を完成させるのが苦手な私にとっては大仕事なのでした。
何度も感じたことのある、挫折の前ぶれのような空気を感じながら、なんとか作業を続けます。

絵本を描く時間。
喜びや充実を感じるほんのわずかな時間を除いて、そのほとんどは途方に暮れる自分自身と戦う、修行のような時間だったりします。

ぐるぐるの瞑想

仕方なしにでも手を動かしていると、ぐるぐる、勝手に思考が回り出すことがあります。
この一枚を描きながら、ふとこんなことを思いました。

この泥、砂つぶ、貝殻の破片。
どのくらいの時間をかけて、ここに存在しているんだろう。
途方もない長い時間だろうか。

そんなものを写し取るんだから、時間がかかるのは当たり前なのかもしれない。むしろ必要な時間なのではないか。

時間がかかることが分かっているのなら、これは大事な時間と思って描いていこう。そう思うことができました。
他のページを描く時にも、時折思い出しては自分に言い聞かせるのでした。

どうしてか、速いことがいいことと思われる場面が多いです。
だけど、速くなくてもいいことも、きっとたくさんあると思います。

〈本編 P.11-12〉

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