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ES 11

「ロベルト。じゃあ、あなたは」

 ミタクエ・オヤシンは、何かを言いかけたが、言葉をつぐんだ。彼女の前で、そのロベルトという男は額に幾分シワを寄せて、机の上にのせていたミタクエの両手、指のあたりを見ていた。

「そうだな。僕は、現状、ピーターが最も疑わしいと思う」

 ロベルトは言いにくそうに、だが明朗としたひくい声でそう言うと、手元のコーヒーカップにスプーンを突き立て、手持ち無沙汰になりながら、ぐるぐるとコーヒーをかき混ぜ始めた。彼らがいたテーブルは窓際の一番奥で、他の客は近くにいなかった。なので、"こういう"話をするには、都合が良かった。なにしろ小さな町なので、ちょっとしたことでも、噂は一瞬で広まりかねない。

「ピーターの他には、被疑者はいないのかしら」

 ミタクエの瞳には失望の色がにじんでいたが、それでもまだ望みは捨てていない様子だった。

「君に話せることはあまり、ないんだよ。すまないけど、仕事なんでね…。今日はーーー」

 ロベルトはそう言うと、机の上のコーヒーを一口、ゆっくりと啜った。

「ええと…友達だからなんとかしてあげたいとは思ってるんだけど…。ただ、今日ここに来たのは、どちらかというとピーターがやったってことを固めるために、周りの人の話を聞きたかったからなんだよ、わかるね?」

 ロベルトはなるだけ優しく話そうと努力をしていたが、彼は生来間が抜けた男である。優しく話そうとしていても、気遣いが端々まで行き通らない。真面目で、言い方が直接的になりがち。ミタクエはそんなロベルトのことをなんとなく嫌いではなかったが、特に好き、というわけでもなかった。彼は高校時代から何かと付き合いのある、彼女の数少ない友人の一人ではあったが、こうして二人きりで話すのは、ハイスクールの卒業以来、数年ぶりであった。

 そして今日、ロベルトと話をする機会を得られたことは、彼女にとって真実を知るための好機でもあった。ミタクエは、警察官である彼の口から何か、事件の手がかりを得たかったのだ。…まあ、彼女はまだ、その真実を知ったとして、その後何をするのかまでは、何も考えてはいなかったのだが。

「ロベルト。私はあなたのことを尊敬しているし、あなたたちの仕事と、あなたたちの下した結論も尊重したいわ。だけど…私にはまだ、信じられなくて」

 ミタクエは、ロベルトの首のあたりを漠然と眺めながら、言った。そう言われたとき、ロベルトはこの状況がとてつもなく気まずい、と、思い始めた。

「す、すまない。だけど、僕ら警察も、あれだけの人間が集まって捜査しているんだ。はっきり言って、他の可能性は薄い。みんなが一丸になって考えて、ピーターが怪しいって、結論づけたわけだからね。ただーーー」

 ロベルトは不意に自分が言ってしまった言葉に気づき、しまった、という顔になった。ミタクエはその言葉尻を見逃さなかった。

「ーーただ?ただ、何なの、ロベルト?もし、あなたが考えていることがあるのなら、聞かせてくれないかしら。私、悪いようにはしないわ。私は…」

 ミタクエはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。

「ピーターだって、容疑を否認しているのは知ってるでしょう?私はただ、真実を知りたい。納得できる真実を知りたいだけなのよ」

 ロベルトははっとして、ミタクエの瞳を見た。そこには、驚くほど澄み切っていて、そしてまっすぐな光があった。

 ミタクエは続けた。

「…ロベルト、決して私、あなたの邪魔はしないわ。あなたが知っていることを教えて、ね?」

 ロベルトは職務と友情に板挟みになりながらも、誠実でなければいけないと、考え始めた。


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