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ES 13

 十六時だった。空がネイビー色をさらに淀ませたような、寒々とした暗い色を見せている中、ミタクエは自転車をこぎ、国道沿いのタバコ屋に向かって移動していた。そしてタバコ屋に着いたとき、ミタクエは遠目から店の窓を外から覗き見た。レジに座る中年の男は ー 平常運転といった塩梅で ー 首をもたげ、こっくり、こっくりと居眠りをしていた。それを見たミタクエは、自分の推測 ー ピーターではなく、他にも被疑者たる身内がいたこと ー が現実味を帯びていることを確信した。 

 と、言っても。その時点でそれはただの『直感』に過ぎなかった。証拠なき確信 ー 想像もしくは決めつけ ー といった方がいいのかもしれない。それは、昨日ロベルトが自身の勘を根拠に展開した推論と、なんら変わらないレベルであった。しかし、ミタクエにとってその『直感』が、霊感のような薄くも強さを持ったしなやかな帯に覆われているように感じられ、またそれゆえに、強い確信が伴っていたのだった。

 ミタクエは、ピーターがやっていないと言えるだけの、他の人間が残した『強い証拠』が欲しかった。この男が、あの日、お父さんを見たというアリバイを崩せばあるいはーーーと、ミタクエは考えていた。ミタクエは自転車を店の側面のあたりにかしゃりと倒しかけると、深呼吸をしてそのまま店の扉を開いた。

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 店のと扉を開いた時、からん、とドアの音が店内に鳴り響いた。その音は男を起こすのに十分な大きさではなかったようで、男は俯いたまま、眠り続けていた。ミタクエは、なんとなく立ちすくんでしまい、目の前にあったスニッカーズを手に取った。店の奥には、新しいジュースのサーバーが三台並んでいるのが見え、オレンジ色の個体が店内の照明と相まって、少し眩しい。

 店内には、他に人はいない様子であった。ミタクエはレジに向かい、スニッカーズをどん、と男の目の前の台に投げ置いた。ミタクエは寝ている男を起こそうと思い少し乱暴に置いたので、スニッカーズがレジ台の上で少しだけ跳ねた。男はようやく顔を上げると、ふしゅう、と眠たげな息を吐き、目の前の商品を一瞥した。ミタクエは、その男は無愛想だが悪意のある感じではないな、となんとなく思った。

「ジュースのサーバー、新しくなったのね。いつから入ったの?」

 ミタクエはこの街で生まれ育った人間だったが、この店は初めてだった。そのとき ー 何となく、だが ー まるで以前からその店にたびたび来たことがあるかのように、レジの男に話しかけた。そして男は少し、顔をしかめながら、答えた。

「?ああ。つい数日前さ。まとまった金が入ったからね。入れたんだよ。欲しかったんだ」

 男は無骨にそう答えると、作り笑いを浮かべながらミタクエの目を見た。ミタクエは、その男が嘘を言っていないような気がしたが、なんとなく、別のところに何か後ろめたいことがあるような気がした。それも、直感であるが。

「なにか飲むかい、お嬢さん」

「いや、いいの」

 ミタクエはスニッカーズを受け取ると、その場で袋を破り、少しかじった。特に食べたいワケではなかったのだが。ミタクエはもぐもぐと口を動かしながら一ドル札を男に渡すと、男はそれを無言で受け取り、レジに入れた。

 ミタクエはあの日のことを男に質問しようと思い、レジ横の商品棚に背中を軽く預けた姿勢で、改めて男のいるレジの方向を見た。

「あのね、おじさん。変なこと、聞くんだけど…」

 そのとき、右耳のあたりからごん、という音が聞こえて、ミタクエの視界が大きく歪んだ。ミタクエは自分が右横のあたりを誰かに殴られたのだとわかったが、何が起こったのか、全く理解できないまま、地面に倒れこんだ。ミタクエは地面を見ながら、口中の血の味に気づいた。殴られた時に口の中を噛んだのだ。

「お、お、おい、何だよ、お前」

レジの男が狼狽した様子が耳から聞こえてきたが、ミタクエはことの全貌を把握することができないまま、気を失った。


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気ままに小説を書きます/ ドイツから帰国しました/ 写真、音楽、小説が好き/