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冷静なのに情熱的なシベリウス

 YouTubeの連続再生でたまたま流れてきて気に入った曲、シベリウス『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47』。会社の敷地内にあるツタヤで、グラモフォンから出ているヴァイオリン/アンネ=ゾフィー・ムター、指揮/アンドレ・プレヴィン、シュターツカペレ・ドレスデン演奏のCDを購入した。

 シベリウスは、7つの交響曲や「フィンランディア」他多くのオーケストラ作品で有名なフィンランドの作曲家である。彼は、幼い頃からピアノを習っていた。特に15歳の都市からは急にヴァイオリン演奏に熱中し始め、一時はソロのヴァイオリニストを志したほどだった。とはいえやはり、「15歳」という年齢からでは遅すぎた。結局彼はヴァイオリニストになる夢を断念した。 

 シベリウスがヴァイオリン協奏曲を作曲したのは1903年夏のことである。当時彼は初期の代表作、交響曲第2番ニ長調作品43を完成させ、留学先のベルリンから故国フィンランドの首都ヘルシンキへ戻っていた。

 このヴァイオリン協奏曲のソロ部分は、いかにもかつてソリストを目指して精進したことのある人の手によるものらしく、重音部分など、技術的に相当に高度なものが要求されている。

 初演は1904年に行われた。この時ヴァイオリンを担当したのはヴィクトール・ノヴァチェク。指揮は作曲者自身だった。本来この曲は、ウィリー・ブルメスターという当時ドイツ語圏で最大のヴィルトゥオーゾとされていた人のかめに創作されていたのだが、初演の日程がどうしても合わず、オーケストラのコンサート・マスターだったノヴァチェクにその役が回ってきたためといわれている。

 ただし初演時の批評は、「美しい部分は多いものの全体に冗長である」という主旨のものが大半だったという。そのため、シベリウスはただちにこれを大幅に改訂した。

 改訂の具体例は以前はほとんど知られていなかったが、1990年になって、あるレコード会k社がシベリウス家の許可をとった上で、初稿による初レコーディングを試みた。現在ではこの初稿は、紆余曲折を経たうえで、正規の印刷楽譜も刊行されるようになった。全体の印象としては、やはり現行の改訂版の方がはるかに整理・整頓されている。初稿では第1楽章に2つのカデンツァが配置され、さらに構成上は余計なパッセージが随所に挿入されていた。第2楽章には最後にの部分で1小節だけ突然、全体の流れと関係のないカデンツァがまたもや挿入されていた。さらに終楽章冒頭では、ティンパニと弦の間のあの秀逸なリズムの"ずらし"がまだなく、最初の1小節以外は同一リズムを刻んでいた。

 上記のようにシベリウスはこの初稿形態を大幅に改訂。その形による初演は、1905年に、カレル・ハリールのソロ、大作曲家でもあるリヒャルト・シュトラウスの指揮で行われ、今後は大成功した。今ではこの曲はシベリウスの全作品の中でも1・2を争う人気作品となり、ヴァイオリンのソリストで、これをレパートリーに入れていない人は皆無といってもよいほどにまでなっている。国際ヴァイオリン・コンクールの本選でこの曲を演奏する人も多く、ヴァイオリン協奏曲史上でも指折りの傑作とみなされている。

 

第一楽章

 アレグロ・モデラート、ニ短調、2分の2拍子。中間部に大きなカデンツァを持つ変則的なソナタ形式。一種の幻想曲のようにとらえることもできる。主要主題は3つで、突然の転調、付点りずむ、3連符なと、シベリウスの音楽の特徴がよく出ている。ソロは重音、大きな音の飛躍、速いアルペジオなど華麗なる技巧を披露する。

第二楽章

 アダージョ・ディ・モルト、変ロ長調、4分の4拍子。前の楽章とは対照的な深い祈りの音楽に変わる。ヴァイオリン・ソロは複雑なリズムを重音で演奏しなければならない個所があり、案外難しい。

第三楽章

 アレグロ・マ・トロッポ、ニ長調、4分の3拍子。ティンパニとヴィオラが特徴あるリズムを刻んで始まる。ソロはかなり華やかに動き回り、重音もさかんに使用されるので、かなりの技巧派でないと完璧に演奏するのは難しい。


アンネ=ゾフィー・ムターについて

 「ヴァイオリンの女王」と呼ばれて久しいドイツのヴァイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムターは、まだ十代だった1976年に、当時「クラシック界の帝王」と呼ばれた大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンに才能を見いだされてセンセーショナル・デビューを果たしている。その後モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスなどの重要協奏曲を立て続けに録音、その全てが歴史に残る名演奏だった。後に少し遅れてチャイコフスキー や、ヴィバルディも録音している。

 しかし、ムターは何故かカラヤンとシベリウスの協奏曲だけは共演盤を残さなかった。ここに聴く演奏は、ブラヴィン指揮、シュターツカペレ・ドレスデンとによってようやく実現した「ムターのシベリウス」として話題になったもの。じつは録音の直後、ムターは、最初の夫と死別するという不幸に見舞われている。そして後に彼女は、ここで共演したプレヴィンと年齢の離れた結婚を経験することになる。

 ムターのコンサート演奏と録音には、カラヤンと共演していた時期のものと大きな断層がある。「カラヤン時代」は言葉の最も良い意味で"優等生的"な正統派の演奏を聴かせていた。しかしその後「カラヤンから解放されて」からは、かなり自由奔放、時に異端的なまでの演奏を聴かせるまでに変貌した。しかし現在はそれも通過儀礼。「ヴァイオリンの女王」と呼ばれるにふさわしい、グランドマナーを駆使しながらも風格ある演奏を聴かせる文字通りの巨匠として君臨している。


 アンドレ・プレヴィンは、ハリウッドの人気ジャズ・ピアニスト出身の音楽家で、後年はクラシック系指揮者&作曲家として大活躍した。オペラ「欲望という名の電車」や、ムターのために創作したヴァイオリン協奏曲なども残している。また2009年から3年間、NHK交響曲団の首席客演指揮者だったこともあり、日本では特に人気があった。


 女帝ムター34歳のときの演奏。シベリウスのヴァイオリン協奏曲と言えば、北欧の冷ややかなリリシズムを味わうものとお思いである方も多いだろう。しかし、このムターが奏でるこの曲は、吾人は溢れるロマンチシズムを感じすにはいられない。第一楽章冒頭のさざ波立つような滑り出しから、徐々に音楽が盛り上がってゆくところ。すぐに引き込まれた。終盤のたたみ掛けるような気迫、第二楽章の狂おしいメロディー。溢れる熱気の中でも、女帝の正確で繊細な弓さばきは健在。まさしく、情熱と冷静のシベリウスである。







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読書、音楽・映画鑑賞、ゲーム、お絵描きが好き。
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