2021年の日記集:「予定」について。「何者か」について。

【11月9日】

1ヶ月半ほどの長い休みを終え、コンセプトを改訂し、営業を再開した。

それと同時に予約制のサービス(談話室、ゆるカメラ散歩)や、周りの人を巻き込んだ企画(インタビュー配信)を始めたこともあり、以前よりもしっかりと予定が埋まった日々を送っている。

予定が何もないとダラけてしまうけれども(特に朝) 、たてすぎには注意したいと思っている。
突発的、偶発的に飛び込んできた機会に飛び込めるようにしておきたい。

「ちょっと話を聞いて欲しい」といった友人からの誘いだったり、思い付きでお出かけをしたり。 何もない日も偶には必要なので「この日の予定はあけておく」といった予定は大事だ。

...


SNSを見ていると、力強い発信に出会うことがある。
言い切る、やり切る羨ましさと同時に苦しさを感じる。

こうすべきだ。こんなことをするのはありえない。
間違っている。絶対に正しい。
あれはクソだ。こんなのダメだ。

「かっこいいな」あるいは「そうそう、そうだよね」
そう思っていた人のフォローを、そっと外す。

私は"こうあるべき"というものは自分の中だけに留めておきたい。
「極める」といったことを目指すことは半ばあきらめた。
目指すことを辞めた、という言葉がより正確な気がする。

強い言葉、まるで踏み絵のように感じる。


私は、そしてはkenohiは「何者か」

わかりやすく、ひろく一般に伝わらなくていい。
中途半端で、捨象せず、複雑なまま。断言もあまりしない。

私は私のままでどこまでいけるのか、いけるところまで試してみる。

一方で、その分かりにくさだったり、ハードルの高さ(高そうに見える?)から、 興味を持ってくださっているのに踏み込んでもらえないこともある。

全体にではなく、届いて欲しい人にだけ届ける、ハードルをさげるにはどうしたらよいだろう。

いつも、気を遣わなくてよい人こそが気を遣ってくださったりする。
とてもむずかしい。

新しいことを始めたり、変えたりした直近1ヶ月。
時間をかけること、焦らないこと、すぐに結果を望まないこと。

初年度の気持ちに戻って運営していこう。 ゆっくり、ゆっくり。

※この記事は、過去にメンバーシップ内の掲示板に投稿していたものを再編集したものです。

現在も有料のメンバーシップにて毎週1度、エッセイを投稿しています。
お店のこと、私のプライベートのことも。ご興味がございましたら、覗いてみてくださいね。


この記事が参加している募集

kenohiという小さな喫茶食堂を運営する中で思うことや考えていることを書きます。もし、万が一、応援したいと思ってもらえましたら、サポートいただけると嬉しいです。