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いつも、全部おいしかった。【chapter74】






「ロウソクってさコンビニにないのな。

なぜか仏壇用はあったけど、それだったらタカシのでいいよな。あれ、短いし細いしうってつけだよ、まあでも俺死んでないけどな。死んでないというか、今日誕生日なんだけどな」

「リョウくん?」

「いま帰るとこ、お前ロウソク忘れてるだろうなと思って。ビンゴ?でも、ないわ、ケーキに刺すロウソクは。帰るわ、何かいるものある?ロウソク以外で」

「ビンゴ、忘れたわ。お買い物に行く直前まで覚えてたけど忘れちゃった。帰ってきてタカシくんのお仏壇を見て思い出したのよ。ずいぶん早い解散なのね、オギくん元気だった?楽しかった?」

「楽しかった、元気。元気しかない、オギはまだ飲んでると思うけど」

「そう」

ソノコは目を閉じる。

リョウが立ち寄るであろうコンビニから車であれば五分とかからず帰宅できる。ブルーハーツが流れる賑やかな店に気心知れる男友達を置き去り、ロウソクを求めコンビニへ寄り、仏壇用のロウソクを見つめ、手ぶらでコンビニを出ると運転席に乗り込む。五分後にはただいまと顔を会わせる自分に、わざわざ電話をかけてきたリョウを思う。

時々遠く微かに聞こえる息の音は、呼吸ではなくため息なのだと思う。耳を押しつけてもそれ以外は何も聞こえないから、ラジオのボリュームを落とし、腕時計を見つめているのであろうとソノコは考える。リョウが、生きていたタカシと同い年になった今日は数時間後には終わる。

「リョウくん元気?私は元気よ。あのね、しょっぱいものが食べたいの、無性に」

「ふーん、塩辛とか?」

「塩辛……塩辛でもいいけど。そういうんじゃないのよね、リョウくんて」

「俺はいつも元気。タコ、さっきタコ食べてたらさ」

「タコ?タコの塩辛?あのお店ってそういうのもあるの?食べてみたいわ」

「いや、ない。塩辛じゃなくて、お前もよく作るだろタコとか白身の魚とかさ、野菜とオイルがかかっててなんだっけ、あれ。ど忘れだな、なんとかっチョ」

「カルパッチョ?」

「それ、それ食べたんだよ」

「うん、美味しかった?」

「普通だな、まあ普通。でさ、女の話をするだろ?オギが、永遠と。常軌を逸脱した堂々巡りなんだよ、お前、あいつと良い勝負できるぞ本当に」

「リョウくんが一巡目で聞いてないから、何度も話すことになっちゃうのよ」

「まあ、いいから聞けって。んでさ、俺ずっと考え事しててさ。

その終わりの見えない、一ミクロンも興味がないオギの女の話を聞きながら考え事してたんだよ。

そしたらさ、タコ。喉に詰まってさ、やばかったんだよ。オギが『お前、聞いてんの?』って言うんだけど、話を聞くなんて状況じゃないんだよこっちは」

「大丈夫?苦しかったでしょ、それで?」

「そう、苦しかったんだよ、やばいと思ってさ。

苦しかった。

苦しかったけど、まあなんとか飲み込んでさ、良かったーって。ああいうときの思考ってさ、苦しいのみだろ?シンプルに。苦しくて、でもなんとか飲み込んで落ち着いたらさ、あー、良かったって思ったんだよ。生きてて良かったって思ったんだよ。もう、ほぼ無意識下。瞬間的に生きてて良かったって」

「相当苦しかったのね、辛かったわね。でもそうよね、大袈裟に聞こえるかもしれないけど、たとえ些細でも苦しいことを乗り越えたあとには、生きてて良かったって思うのかもしれないわね。咄嗟にね」

「でさ、俺、お前と会ってなかった頃にさ、タカシが死んでお前とも会わなくなってた頃にさ、夜中、グミ食べててさ」

「グミ?リョウくんグミ食べるのね、知らなかったわ。夜中にグミ」

「違うんだよ。眠れなくてさ、で、ふと思い出してさ、お土産でもらったグミあったなって。ハワイだかグアムだかフィジーだか熱海だかの。まあでも、あれビジュアル的に海外のだよな。それがさ、固いんだよ。親の仇のごとく固くてさ、俺グミだと思って食べてるけどもしかしたら飴なのかなって思うほど固いの。

パッケージ読んでもキャンディグミって。どっちだよって、そもそも部屋が暗いからよく読めないんだよな。遠視入ってんのかな俺、いや、グミキャンディか。にしても何であんな固かったのかな…寒い時期だったから固くなったのかな。でも、微かに歯が入ったからさ、やっぱグミだったよな。お前に食べさせたいよ、お前、歯もってかれるぞ」

「リョウくん、グミの説明もういいわありがと。お話続けて」

「うん、でさ、その時考え事しててさ。ぼんやりグミ食べてたら喉に詰まってさ!苦しくてさ、苦しくてもがいて、でもなんとか飲み込んでさ。

でも飲み込んだあともしばらく喉が痛くてさ、喉痛いなあって、苦しかったし、やっと飲み込んだあとも喉が痛いな、って。

夜中だし暗いし寒いし一人だし苦しいし、苦しい後は痛いし。飲み込んだあとにさ、今日のタコみたいに生きてて良かったって思えなくてさ。一人で苦しくて、苦しさが止んでも痛みはあるし、生きてても良いこと無いよなって」

「うん」

「それだけの話。全く同じ状況でも、飲み込んだあとの心情って違うもんだよなーって、面白いよな」

「うん、リョウくんあのね、グミの時も今日のタコの時も、すごく考えてることがあるみたいね、ずっと考え事してる。運命だと思うんですだったかしら、告白してくれた女の子の話をしてた時もカレーを食べながら、なにかずっと考えてたみたいよね。考えてるのか、なにか言いたいことがあるのか」

喉の骨、飲み込んでも飲み込んでも喉に刺さったまま腹に落ちない魚の骨。

「考えてる。言いたいことじゃなくて聞きたいことがある」

「リョウくん、帰って来て。私は聞きたいことじゃなくて話したいことがあるのよ。待ってるわね、ケーキ食べましょう気をつけて帰って来てね」


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