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いつも、全部おいしかった。 【chapter72】






いつかの日曜日。晴天、予定がつまった昼下がり。

映画を観に行くため正午過ぎに家を出、リョウはソノコと外で昼食をとった。

カレンツやクルミが混ざった、茶色の全粒粉のパンに野菜や肉、チーズ、フルーツが親の仇ほど挟まれたサンドイッチを食べた。なにかしらのハーブかスパイスの香りが喉から鼻へ抜ける。

「こうなると食材の組み合わせって何でもありなんだな、腹に入れば何でも一緒って、炊きたての白米を牛乳で流し込むじいさんがいるけど、俺は今、そのじいさんに全力で同意している。

パンの、この黒いのなに?このパンはこうもパサパサするのはこれが平常なのか?口内の水分を一滴残らずもっていくな。そして女はいつの時代もこのネトネトが好きなんだな、俺はザクロの食べ方の正解がいまだにわからないよ、お前わかる?これは前歯を活用して果肉をむしりとるのか、種ごとボリボリ食べるのか?

あのさ、病院の食堂のラーメンは四五〇円。のりもメンマもなるとものってる、チャーシューのパサパサ具合はこのパンには負けるけどな。なるとって目が回らないのがわかってても見つめてしまうよな。このネーミングセンスも脱帽だよな、ユーノウマイネーム。お前、注文するの恥ずかしくなかった?確かにこの中味のサンドイッチにしたら、名前つけるの悩むよな。ドライトマト、アボカド、ザクロ、なんとかチーズ、なんとかのハム、なんとかフリルレタス、レーズン……じゅげむになるよな、な?この店の雰囲気のさ、千円超えのこのサンドイッチにじゅげむはつけられないもんな。でさ、この店の、俺でもわかる名前のものはこのお冷やだ、水、ウォーター。それだけはわかる」

「リョウくんちょっと黙って。

ネトネトはアボカド、黒いのはカレンツよレーズンじゃない、きっと。このサンドイッチ私も作れるかもしれない。パサパサって大きな声で言うのやめて、ザクロの正解は私もわからない、でもポリポリ食べちゃうわ。私は食堂のラーメン好きよ、懐かしい味がするわ。あと、このお水は多分デトックスウォーター。きゅうりとかミントとか、複雑な味がする。このサンドイッチ、やっぱり私でも作れると思う」

断面の色とりどりを見つめ、ソノコは真剣に眉根を寄せていた。

たゆまぬ探求心おいしさへの好奇心、俄然微笑ましいとリョウは思う。次の休日の朝食が目に浮かぶ、アボカドとザクロ抜きのしっとり柔らかなパンのサンドイッチ。自分は春夏秋冬を、ソノコの手から作り出される食事により気づかされていると思う。

リョウは早々とサンドイッチを食べ終え、コーヒーを飲んだ。窓際のテーブルには陽射しが注ぎ、歌詞のない音楽が流れ、目の前には、

「これオレガノよね?鉛筆の削りかすの匂いがするわ。私、ハーブは何でも好きだけどオレガノだけは苦手なのよね。小学生の時に、宿題が疲れるとよく鉛筆をかじって母に叱られたわ。思い出すのよ、この匂い」

一人言のように呟きサンドイッチにかぶりつくソノコがいる。

眠くなる、ここが自分の部屋なら十秒で眠りに落ちる自信がある。コーヒーを飲み干しても、眠気はリョウを纏う。

「リョウくん、私が食べ終わったらもう帰りましょ」

「はい?帰る?帰るって映画は?」

「いいの、そんなに観たいわけじゃないし、なんか眠くなってきちゃったしお昼寝しない?でも、あの無花果のタルトはすごく食べたいからテイクアウトするわ」


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