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いつも、全部おいしかった。【chapter71】




「直接言えないことがお手紙だったら言えるの?

直接はくれない言葉をお手紙でもらえると嬉しいの?お手紙の価値って高いのね。無理をして精一杯絞り出した言葉でもお手紙にした途端、価値が生まれるのね。

私なら相手の口から出た言葉を耳で聞けた方が嬉しいわ。

百枚の便せんより、直接耳で聞く愛してるのひとことの方が嬉しい、刹那が好きだから。

形には残らない言葉を時々思い出して、確かにあった幸せを噛みしめるの。

愛してるのたったひとことの音と一緒に、相手の瞳や唇や抱きしめられた温度とか、私しか知り得ない身体の感触や肌の匂いを思い出す。

間近に見上げる睫毛の一本一本とか、首筋より頬の方が乾いた匂いがするとか、相手の黒目に映る自分を見て、自分が幸せそうに笑ってることを知るとか。

その時の天気とか季節とか、抱きしめた肩越しに見た景色を思い出すのよ。好きな人の肩越しに見る景色はとても美しいから」

ソノコの低く甘い声、思い出しただけでリョウは途端眠くなる。

「食べることが好きだけれど、お料理も大好きなの。料理は愛情って言っていた料理家さんがいたけれど、あれは真実だと思ってるわ。

三度のごはんを作るのはもちろん好きだけれど、デザート作りもすごく好き。食事は生きる力のために、デザートは生きる喜びのために作るのよ。

それにね、私のことを思い出してもらう時に、私の輪郭がぼやけて思い出せなくても、私が作ったものをクリアに思い出してもらえるなら、もう。冥利に尽きるわ」

眠くなる、リョウは目を閉じる。

「ロマンチストに振り切るのは男のロマンだと思ってたよ」

「思慮深いと大袈裟は紙一重だな」

笑った、笑っても胸がつまった。タカシは躊躇わず好きだと目を見て伝えていた、ソノコにも自分にも。

いつも、ことソノコの作ったものを旨そうに食べていた。

眠い、眠くなる、眠いおいしい気持ちいい愛してる。


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