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身欠き鰊

 先だって、魚嫌い……といった記事を書いたが、そう、忘れていた。好きな魚があることを思い出し……とたん食いたくなってきた。

 鰊(にしん)である。まあ、鰊と言っても、干物にした「身欠き鰊」である。思えば、鰊ソバは大好物であった。
 しかし、この所とんと食べていない。

 まあ、身欠き鰊と言えば、普通甘露煮にするのだろうが……僕は、鰻の蒲焼きのように付け焼きにしたはずだ。もちろん、米のとぎ汁などで臭みを抜き、ショーガもたっぷり加えたと思う。
 手間がかかるのが、腹の部分の小骨を抜くことらしいが……僕は、この作業はかなりいい加減であった。と、言うよりも、小骨が多少残っていて、口の中でちょっとシャリシャリする感覚が好きだったのだ。

 思えば家族から、魚嫌いなのに……たぶん、北海道の血だろう、などと言われたもの。

 そう、祖母は北海道の松前の出身であった。

 いずれにしても、身欠き鰊を最後に食べたのはいつだったろうか?

 たぶん……お袋が死んだ直後、蕎麦屋で鰊ソバを食べた時かも知れない。二人でよく食べた店だもあり、しんみり供養のつもりであった。

 多少合点が行く。お袋の死を以て僕は天涯孤独の身になったのだが、……我が家の場合、身欠き鰊は家庭の味でもあり、以来……家庭の味全般から遠ざかってしまったらしい。

 身欠き鰊の甘露煮と言うか、付け焼きというか……かってこれを調理するのは、僕と無頼の叔父の仕事であった。要は共同作業である。高校生の頃から、僕は叔父から料理法を学び、仕事に出ていた母や祖母に供したものであった。
 足の悪かった祖母も料理には加わったが、確か煮物が専門でかなり美味しかった記憶がある。

 話は外れるが……この祖母、ちょっと頑固な所があって、冷凍ギョーザを作る時、絶対に水を加えないで(今では水なしで焼けるが)焼く。結果どういうことになるのか?
 そう。食えないどころか……丹念には焼き上げるので、揚げギョーザみたいな食感になり、かえって佳味であった。

 いけない。今ちょっと、涙腺が緩んできた。

 思えば、かっては僕にも家族がいて、みなで食卓を囲み、祖母の好きだった大相撲や時代劇を見ながら食事を楽しんだものだ。夜食には、母がよく買ってきたアスターの肉まんを頬張ったものだ……

 晩夏とはいえ、まだ暑さは続きそうである。季節に相応しく……家族の幽霊全員集合での、一家団欒も悪くはない。
 叔父の幽霊とのコラボで、さっそく身欠き鰊を調理したくもなってきたのだが……以前買っていた魚屋はとうに店を畳み、スーパーで見付けることは叶わなかった。

 身欠き鰊の代わりに、出来合いの、味気ない弁当を買って我が家に戻ってみたが……薄暗い室内は蒸し暑く、侘びしげな蝉の鳴き声が通り抜けるばかり……

 残念ながら、期待していた幽霊達は……そこにはいなかった。

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。