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【国を持たない最大の民族クルド人⑦ [ワラビスタンとは]】

こんにちは。

前回の内容はこちらからお願い致します。

今回は、フィールドワークの一環として埼玉県蕨市と川口市を訪れた際の様子を綴っていきます。

(蕨駅東口のメインストリート)

【ワラビスタン】

ヨルダンに滞在していると、タクシーの運転手がパレスチナ人だったり、アパートの隣人がイラク人一家だったり、「難民」が極めて身近な存在であることを実感する。
彼らは大きな括りで見ればアラブ人だが、それぞれの国が抱える事情によりヨルダンを始めとした近隣諸国や、遠く離れた欧州などで生活をしている。

私自身も現在はパレスチナ、シリア、イラク難民の子どもが通う施設で勤めており、毎日多様な国籍の子どもと関わっている。また、そこで勤める大多数の職員もヨルダン国籍ではなく、上に述べた国の出自である。

国際社会から忘却されつつあるなか、涙ながらに故郷への帰還を訴え、未来の世代に思いを託すパレスチナ難民。
複数の国や組織の思惑が複雑に入り乱れ、母国の内政へ不当に介入する大国への怒りを露わにするシリア難民。
ブッシュ政権が大義なく引き起こしたイラク戦争以降、治安の悪化に伴って他国へ逃れてきたにも関わらず、制度上の理由などから不遇な生活を余儀なくされているイラク難民。

これまで多くの場所を訪れ、多くの人に出会い、多くの感情に触れてきた。

難民が身近な存在であることも相まって、世界の難民事情や中東情勢についての理解を深めようと文献を読み漁ることも今や日常の一部となっている。

2019年春、ネット上で「ワラビスタン」というワードを目にした。

パキスタン、アフガニスタン、タジギスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン。「スタン(国、土地の意)」が語尾につくこれらの国は知っていたが「ワラビスタン」という国は聞いたことがない。
更に調べてみると、それは日本にあるらしい。
1990年代から埼玉県の蕨市(わらびし)と、隣接する川口市にトルコ系のクルド人が移り住み始めた。そこから家族や親戚、友人の呼び寄せもあって徐々にその人数は増えていき、現在は約1500人近くのクルド人が暮らしているといわれている。
「スタン」というのはペルシャ語で「国」や「土地」を意味し、それを蕨(わらび)市と掛け合わせて「ワラビスタン」と呼ばれ始めた。

以前の投稿でも度々書いたように、数カ国に跨って居住しているクルド人は各国の政府から弾圧や迫害を受けており、個人レベルでも日常的に差別を受けている。そうした身の危険から逃れるために彼らは国外へと離散している。そのなかの一部が日本にも流れてきており、彼らのほとんどは難民申請をしている。
詳細は後ほど綴るが、彼らは日本に来てもなお度重なる難民不認定、入管による長期収容、外国人差別の問題といった苦難に直面している。

こうした情報を知り、私はその実態に興味を抱いた。
「ワラビスタン」について興味を抱いた2019年春の時点で、8月に一時帰国をする予定を立てていたため、その期間を利用して埼玉県の蕨市と川口市を訪問することに決めた。

(蕨駅東口にて)

【埼玉県川口市へ】

8月5日、私は蕨駅前にいた。

蕨市とそこに隣接する川口市は、外国人居住率が比較的高いことで知られている。人口に対する外国人の比率は2019年1月時点の統計で、蕨市8.9%、川口市6.1%となっている(両市のホームページより引用)。
余談になるが、蕨市は全国で最も面積が狭く人口密度が高い市でもある。

実際に街を歩いてみると、極端に外国人でいっぱいというほどではなく、東口からまっすぐに伸びているメインストリートはどこにでもあるような駅前通りといった様子であった。中国人をはじめとした東アジア系の人だけではなく、南アジア系や中東系の顔立ちをした人とすれ違うことがあったが、今の日本では特に驚くことでもない。

(中国人向けなのか、看板やメニューの文字のほとんどが中国語で表記されている店を散見できる)

(川口市にあるハラール食品を扱う店。ハラールとは、イスラーム教徒が神(アッラー)から食べることを許されているものをいう。代表的なものは豚(由来の食品・添加物など)やアルコール類で、製造過程や調理器具であってもこうした食材は隔離されることを要求される。川口市に住む方は、外国人居住率の増加に伴い、ここ数年でハラール食品を扱う店は増えたと話していた)

【人をつなぐ街の情報発信ブックカフェ】

ひとしきり駅前通りを散策したのち、目的の場所へと歩を進めた。
蕨駅から徒歩で10分ほどのところに「ANTENNA BOOKS&CAFE ココシバ」というブックカフェがある。
ここは地域住民のふれあいの場だけではなく、読書会、著者を交えてのトークイベント、ワークショップなどの会場としての役割も担っていることから、両市に住むクルド人の情報も得られるだろうということで足を運んでみた。

店内に入ってまず目を引いたのは本棚に並べられた本の数々だった。引き寄せられるように本棚へ向かうと、一般の書店ではあまり見かけない珍しいテーマのものが多かった。お店に置いている本は大手ではなく、小さな出版社が発行しているものであることから、ほとんどの本は一般の書店に置かれていないものだということだった。本好きにはとりわけたまらない空間だ。

私が本に夢中になっている間、オーナーは店に来ていた中学生くらいの子どもに英検対策を施していた。彼はクルド人だった。夏休み中ということで、午前中にお店を訪れて勉強を教わっているという。私が訪問した時には勉強も終わり際だったようで、彼とは半ば行き違うような形になった。
後日、彼とは再びここで会うことになる。

ひとしきり本を眺めたのち、カウンター席に腰を下ろした。メニューにはランチメニューから軽食、ドリンク、スイーツまであったが、そのなかでとりわけクルドスイーツというものに目が惹かれ、それとオリジナルのしそソーダを注文した。
注文したものが来るまでの間、店内を見回していると、2018年7月にお店がオープンしたということで一周年を祝うメッセージなどが飾られていた。

(お店では多様なイベントが開催され、地域・人を繋ぐ場としての役割を担っている)

(クルドスイーツとオリジナルのしそソーダ)

この日に頂いたお菓子は、ヨルダンで食べていた過度な甘みを感じるものとは異なり、上品で優しい甘さを含んだババロアのような味わいだった。
これらクルドスイーツと称された数種類のお菓子は、地域に住むクルド人のお母さん達が作ったもので、ココシバでは数量限定で提供しているという。イベントスケジュールにも記載されているようなクルドスイーツパラダイスや、「オヤ」というクルド刺繍の体験会といった催しもココシバでは開かれており、多様な形で日本とクルドを繋ぐ試みが見られる。

さっぱりとした梅ソーダで喉を潤しながらオーナーと話しているうちに、話題はいつしか日本に暮らすクルド人へと移った。
現在、日本で暮らすクルド人は約2,000人で、うち約1,500人は埼玉県蕨市と川口市周辺に住んでいるといわれている。クルド人に限った話ではないが、外国人居住者の中には在留許可を正式に受けておらず、在留カードを所持していない人も一定数いることから、実際にはより多くのクルド人が在住していると考えられる。

話を聞いてみると、日本に在住しているクルド人の抱えている問題が大きく3つに大別できた。

①長期収容
②教育制度
③外国人に対する許容心

①長期収容

難民申請のために来日する外国人が、言語の問題などから制度自体を理解していないことによって、本人達の気付かないうちに規定の滞在日数を過ぎ、入国管理局(以下、入管)によって収容されるというケースが多くある。
他には、海外から「現代の奴隷制度」とまで揶揄されている外国人技能実習制度によって来日した外国人が、その劣悪な環境から逃げ出したその後、在留資格を喪失して収容されるケースも近年は増えている。

そして、悪質な意図を持って不法滞在を試みる外国人も当然ながらいる。

「入管施設への収容」と「刑務所への収容」は全く異なる。
入管施設に収容されるのは、日本に滞在するための在留資格を持っていなかったり、持っている在留資格では認められない活動(就労や居住地域を離れるなど)をしたために「退去強制」の対象であると入管に認定された、あるいは認定の審査中の外国人である。

この入管当局による「長期収容」が今、国際機関から問題視されている。
国際人権委員会は「長期収容は拷問に当たる」として日本政府に勧告している。
家族と引き離された収容者は先の見えない絶望感を抱え、なかには自殺や自殺未遂、自傷行為に走る人もいる。また、近年は文献や報道などから「施設職員から暴言や暴力を受けた」「十分な医療を受けられなかった」という事実も元収容者の証言から明らかになっている。

2019年6月には、大村入国管理センター(長崎県大村市)に収容されていたナイジェリア人男性がハンガーストライキ中に体調を崩し、緊急搬送先の病院で死亡するという事件が起きた。この21世紀に日本の公的施設で餓死者が出たのである。
この男性の収容期間は3年以上に及んでいたが、近年はこうした長期にわたる収容のケースが急増している。

たとえ一時的に釈放(仮放免)されたとしても、こうした外国人には就労の権利、健康保険に加入する権利、銀行口座を開設する権利、居住地域を離れる権利などは与えられていない。
政府は難民申請者に対しては帰国させる方針でいるが、それぞれ国に帰ることができない事情を抱えている。その上での精神的、肉体的抑圧は人権侵害に当たるとして世界から指摘を受けている。

②教育制度

幼児期に来日した外国人であれば日本人の子どもと一緒に日本語をひらがなから学ぶことができる。しかし、来日した時期が遅ければ遅いほど、ひらがなも分からないほどの言語レベルで高度な内容の授業を受けることになる。
日本語が分からなければ当然授業について行くことはできず、疎外感やいじめといった理由から不登校に陥る子どもも存在する。
外国人の子どもに向けた日本語の授業を試みている学校もあるが、まだまだ一般化されているとは言えない規模である。

そうした学校の授業に加えて、難解な日本語学習を日常的にしなければならない状況に嫌気が差して高校進学をも避ける傾向があり、中学卒業後にニートのような暮らしをしている子どももいる。彼らの祖国では中卒で就職することは特に珍しいことではないが、それが日本となると話が大きく変わってくる。

そのため、ココシバで勤めるスタッフの一人は、日本では最低でも高卒以上でなければ就職が難しい現実を教えつつ、勉強に向けての精神的なケアを行っているという。

③外国人に対する許容心

先述の女性は話を続ける。

「役所は外国人向けの施策に関しては積極的に動こうとはせず、学校に通う外国人に対する教育・心身面のケアは十分ではありません。そして制度上の問題だけではなく、日本人の外国人に対する許容心のようなものがまだまだ足りないと実感しています。この状況が変わるには何十年と長い時間を要すると思っています」

外国人居住者は増えても未だに差別やいじめの問題は健在で、身の危険を守るために祖国から逃れてきたにも関わらず、生きにくさを抱えながら生活を送っている外国人は少なくない。

【後日、クルド人の子どもと英検対策】

本に囲まれ、適度に温度調節がされていた空間で、貴重なお話を頂くことができた。聞くと、先述した英語学習のためお店に来ていたクルド人の子どもは明日も開店前に来るということだったため、そこに同席させてもらえることになった。

お店を出ると外は悶えるほどに暑く、一気に現実へと引き戻された気分になった。思い返してみると、夏真っ盛りの時期に関東圏を訪れた経験が今までなかった。夏の過酷さを十分すぎるほどに実感しているが、子どもとの再会を控え、帰りの足取りは軽かった。

(ココシバで購入した本)

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