雲の上だって



ひどく晴れている日だ。カーテンを締め切っている部屋の、布団の中にいるのに外の様子がわかるくらいには晴れていた。

飛行機に乗るために早起きした。アラームは不発に終わったけど、適度に緊張していたから予定より少し遅く起きるくらいですんだ。

成田空港はかなり遠いので、念入りに忘れ物がないかを確認して、余裕を持って家を出た。出勤ラッシュと被っていて、でかいキャリーをもっていることを申し訳なく思いながらも図々しく座った。

飛行機に乗るのなんて何年ぶりだろう...と道中で考えた。

高校の部活の遠征で福岡に行った時以来だろうか?それともそのあとの名古屋遠征の時だろうか?いや、そのあとにシンガポールに語学研修(という名の遊び)にいった時だ!
などと久しぶりの飛行機に伴って学生時代の思い出まで呼び起こされた。

それ以前でいうと、家族が旅行好きで、みんなでよく旅行に行っていた。その影響で僕も旅行がとても好きだった。高校生以降は、旅行に行くとしても、よく1人だった。

学生の時などはアイドルのライブにかこつけて、バイト代とリュックサックを握りしめて新宿で降りたことをよく思い出す。
まだバンドをはじめる前だったから、東京に行き慣れておらず、ただひたすらにドキドキしていた。期待と不安がはちきれんほどに入り混じっていた。

バンドを始めてからは、飛行機を使うことなんてほとんどなくなっていた。
以前よりも遠出をすることは格段に増えたが、移動のほとんどは車だ。飛行機に乗って移動することなどまずなかった。
バイト後に12時間ほど車を走らせて、東京でライブ、帰宅してすぐにバイトをするなど、あれはあれで青春だったなとジジイさながらしみじみしてしまった。

忌まわしい疫病さえ流行らなければ、俺はもっと旅行に行けていたのだろうか...と意味もないことを想像する。

などと回顧しているうちに、成田空港に着いた。

広い空港内を歩き、wifiを借りて、荷物を預けて、チケットを発券して...

チケット発券の際に窓際か通路側のどちらがいいか聞かれた。本音をいうとトイレに行きやすい通路側のほうがよかったのだが、窓際の席の客が気を遣って僕の前を通ることが嫌だったので、窓際にした。眠くなったら壁にももたれられるし。

搭乗まで少し時間があったので、空港を散策。日用品を買い、レシートを見たら消費税がなかった。そうか、これが免税店か...。
免税店で日本酒やタバコがずらりと並んでいるのを見て、土産に地元の酒でも持ってくれば良かったな...と思った。

ひどく腹が減っていたので、これから旅行をするというのに、どこでも食べられるマックを少し食べた。安心する。
マックの店員さんですら英語がペラペラだ。僕は全く話せないので不安になる。頼んだぞ、僕のpapago。

搭乗ゲートをくぐり、やっと飛行機へ乗る。途中、何人かの飛行機の整備士とすれ違う。僕の友達に、成田やら羽田の整備士として就職したヤツが何人かいたので、そいつらは元気だろうか、などと思い返す。

席に座ってから離陸までまた少し時間が空く。微妙な空き時間であり、スマホをいじるのもなんか違うな...と考え、席の前に置いてあるパンフレットなどを見る。
こういう時は少しばかり、誰かと一緒にくればよかったと思う。パンフレットを読みつつ、後ろの席に座っている女子大生のペアの会話に聞き耳を立てる。

頭の中で頷いたり、すこしツッコミを入れながら過ごす(韓国で食べたいモノを語っていた)。

途中、シートベルトを装着したが、ある種の職業病で、シートベルトの仕組みをマジマジと観察してしまった。車のものより驚くほど簡素なつくりで、少し不安になってしまった。このシートベルト、事故った際には果たしてどの程度の効果が得られるのだろうか...。


飛行機が動きだす。滑走路に行くまで、地面をジリジリと這っていく。滑走路は驚くほど開けた景色だった。ここ2,3年見た景色の中で、最も開けていたと思う。
広い芝生と、コンクリート。こんな中でライブをしたらさぞかし幸せだろうなと頭のなかで夢想する。Arctic monkeysのライブ映像が頭をよぎる。ひどく広大な土地から溢れんばかりの人たちの歓声を受けながら演奏している映像である。(URL)
きっとあれくらい売れたら、オリンピックの開会式で演奏をしているアクモンくらい売れたら、こんな広大な土地でライブできるのだろう。

飛行機が加速する。大きな音を出しながら、徐々に高度を上げていく。
雲と地面の半分くらいの高さに差し掛かった頃だろうか、綺麗に整備された田んぼや、綺麗に並んだ住宅街、逆に整備されていない森がいっぺんに見えた。グーグルアースを見ている気分だった。

途中で、地面に、森よりも深く黒い部分があることに気づいた。あれはなんだろうとよく目をこらすと、雲の影だということがわかった。空に浮かんでる雲と同じ形の大きな影が、地面に写しだされていた。
当然のことだけど、雲にももちろん影があるのだ。地上にいるときは、曇ったり晴れたりというような、自分主体の天気でしか雲のことを把握できないけど、少し高くから見ると、雲にもはっきりとした形の影があり、僕らと同じように影ができることに驚いてしまった。


整理された人間の土地にソーラーパネルがたくさん並べられているのを確認したのち、サハラ砂漠にソーラーパネルを貼れば人類全ての消費電力を賄えるという話を思い出した。
空の上から日本の広大な土地を見た上で、小国である日本ですらこんなに広大な土地なのに、サハラ砂漠全てを埋めるほどにソーラーパネルを貼ることなど到底想像も出来なかった。無理がある。
伊能忠敬が現代に生まれていたら泣いて喜びながら飛行機で地図を作っただろう。

普段なら絶対に感じないようなことを感じとり、席を窓際にしていて良かったな、と心底思った。

あと、空の上なので屋根の上よりも日光が痛い。
あと1時間ほどで着く。

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