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私の好きなピアソラプログラム①

フィギュアスケートに欠かせない作曲家、アストル・ピアソラ。男女の情愛や人生の悲喜交々を表現するドラマチックさや、軽快なリズムと切なく歌いきるスローパートを持つ二面性、そして有名でキャッチーなメロディからかなり前衛的なアプローチまで揃う多彩さが、時代が変われど演者も観客も変わらず惹きつけています。
完全に独断と偏見ですが、この30年ぐらいの数あるピアソラプログラムの中から個人的に好きなものをご紹介します。

ラハカモ・コッコ組:ブエノスアイレスの春

1990年、彼らの出世作となったプログラム。ワールド20位→13位、そしてこのプログラムで7位に躍進。ご存知の通り、最終的には1995年2位まで登りつめて引退します。その間、時代を先取りした独自のプログラムで常に観客を味方につけて、愛されたペアでした。

デュシュネーたちよりも主体的?

この頃アイスダンスで先進的と言われていたのは、デュシュネー兄妹。彼らのバックにはディーンが付き、ある種ディーンの独創性の代弁者のような活動をしていました。個人的に思うのは、ラハカモ・コッコの方がより主体的ではなかったかと。このピアソラのプログラムも、フィンランドのバレエ振付家のヨルマ・ウォティネンに依頼。のちのデロベル・ショーンフェルダー組のワールド優勝の名プログラム「ピアノ・レッスン」の振付も手がけた人です。

私はデュシュネーたちも大好きですが、どこかディーンが表現したいものを代わりにやらされているようなぎこちなさは最後まで拭えなかった気がします。ディーンが凄すぎるからそう思ってしまうのですが。その点ラハカモたちは、自分たちの個性で感覚で音楽や衣装を選び、周りに流されることなく一貫して自分たちが表現したいものを発表し続けた印象です。それで最後はワールド2位までたどり着いたのですから、アッパレとしか言いようがありません。

観客に愛された二人

1995年のイギリスのバーミンガムで開催されたワールドは、グリシュク・プラトフ組が格の違いを見せつけて優勝。技術的に飛び抜けていましたから当然のことなんですが、観客を魅了したのはラハカモたちでした。のちにフィンステップとしてアイスダンスのリズム課題にもなるODから、イギリス開催ということでビートルズを選んだフリーまで、キスクラの得点発表はブーイングの嵐でした。

参考までに、1995年のプログラムも貼っておきます。このフィンステップのプログラム、ブエノスアイレスの春の二人と同じ人たちとは思えません笑。さまざまなテイストを振り切って表現できる、まさしくカメレオンな二人でした。でもどんなテイストでも、彼らは彼らなんですよね。

フィギュアスケート演劇史の名シーン

さて話が完全に脱線してしまいましたが、このピアソラのプログラム、冒頭コッコがタバコを吸うシーンからスタートしますが、こういった「演劇性」という表現が良いのかわかりませんが、当時のアイスダンスのプログラムの中ではかなり斬新だったのだと思います。4分間けだるく、そして一触即発の熱さを秘めた男女を表現し続けますが、ラスト近く、8分音符で音楽が激しく見栄を切るようにリズムを刻むところに、男女が情念をあらわにして取っ組み合うような表現を当てているところは、フィギュアスケート演劇史における一つの重要な名シーンだと思っています。

リズミカルな曲にあえてゆったりな動きの違和感

全体的に、音楽を細かくとらえてリズムをきざむというよりは、大らかに表現しているのも新鮮です。普通に考えれば雰囲気が音楽と合っていない、間が持たないという印象になってしまいそうですが、世界観が構築できているからこそ、激しい音楽の中でもゆったりとした時間の使い方が、こういうアプローチもあるんだという発見のあるプログラムになっています。

4分の4の曲なので、4分でカウントするのが基本ですが、彼らは2分音符や、時に1小節1拍でカウントするような、ゆったりと動くエレメンツを入れています。その違和感が不思議な魅力なんですよね。だからこそ、時々4分や8分のリズムにカッチリ合わせた表現がより効果的に見える。また、ゆったりと動くシーンがあることで、技ばかりに目がいかずに、情景を想像させる余白が生まれるような気もしました。振付家が意図したことかはわかりませんが、ただピアソラのカッコいいプログラムではなく、実験的なアプローチを色々と試している野心的な作品だと感じます。

色々なプログラムを紹介するつもりが、ラハカモ・コッコだけでかなりの量になってしまいました笑
続きはまたの機会に。

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