メインキャスト 【会社哀愁歌_芳一Ver.】|短編小説

本日、3セクション合同web会議が行われる。

宮本芳一(31)は、カタカナ・ビジネス用語を書いたメモを片手にパソコンの前にスタンバイした。
もちろん入念に髪はセットしてある。
あえて長めの前髪が目にかかるようにして、気怠げな無造作ヘアに仕上げた。
家感を出して、普段と違う俺のギャップを見せるのが狙いだ。

「よし、雰囲気ある雰囲気ある」

芳一は、手鏡をパソコンの横に置いた。
これで会議中いつでも自分の姿をチェック出来る。

続々とメンバーが参加し始めた。

「まだだ、まだだ」
芳一はなかなか入室しない。


(よし、今だ!)
「おつかれーす」

芳一てきに1番主役っぽいタイミングで入室した。

会議の内容はどうでも良かった。
いかに自分が仕事をこなしてる風に見えているかが重要だ。
さっき課長の質問に上手く答えられなかったから、「俺は別の仕事で頭が一杯なんだ」という態でいく。
同僚が小難しいデータに意見しているビューの横で、芳一は猛烈なタイピングを始めた。

カタカタタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

女子達よ、みてくれ!
俺にはやらなくてはならない、もっと重要な仕事があるのだ!

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


ツッッッターーーン!!


「ふっ、惚れたろ?」

いつのまにか芳一が画面から消えていた。
発言中の同僚が大きなビューに表示され、その横に少し小さなビューで8人のメンバー達が表示されている。
いつもの主要メンバーだ。


「なぜだ」

なるほど、サムネイルビューには、最近発言した者が表示されるようだ。
発言することがない芳一が画面に出ることはない。

(くそ〜、これじゃあ女子達に仕事ができない奴だと思われてしまうじゃないか〜)

芳一は拳で自分の膝を叩いた。
しばらく洗濯していないスウェットパンツから、ボファッと埃がたった。

「ゴホッ」咳が出た。


あ!


芳一がサムネイルビューの1番下に表示された!
しかしすぐに他のメンバーに入れ替わる。

「ん゛ッんん」咳払いをしてみた。

芳一がサムネイルビューの1番下に表示された。

「こ、これは、、、」

喜びで体が震えた。

芳一は画面が他のメンバーに入れ替わると、すぐさま咳払いをしてサムネイルビューに現れることを何度も繰り返した。

「お、俺はメインキャストだ!!!!」

拳を高く突き上げ心の中で叫んだ。

会議終了後、芳一は普段感じたことのない達成感で満たされていた。

✳︎  ✳︎  ✳︎  ✳︎

舞香は立て続けにweb会議の予定が入っていた。
トイレに行ったあと次の会議をクリックした。
うっかり、さっき終わった会議のURLを選択してしまった。

芳一がたった1人、入室していた。

「うわ、何でまだいんの!? きも」





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