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Re:自分らしさ・・・

よく言う自分探しとか、自分らしさとか。

それを見つける為に旅に出るとか。

前はそんな風にも思っていたけれど、今は・・・。


以前、少しだけ引き合いに出して書いた平野啓一郎さんの分人という概念。

個人というものを更に細分化していく単位。

Aさんと会っている時はAさんに対する私A。

Bさんに会っている時、私Aという分人(人格)は出てこない。私B。

AさんとBさんが近いタイプの人であれば、似たような分人が出てきて私Aのイメージが近いものになる。けれども、AさんとBさんが全く違うタイプの人だった場合、私そのものも変わってしまうと思っている。


私というものが出会う人によって、いくつもの分人があるということ。

人によっては私に対して全く違う印象を持つのでは? と、思う。
悪く言えば相手によってコロコロと態度を変えて行く、とも。
どれも、本当の自分。

本の解釈が正しいかはわからないけれど、幸せになりたいと思うのであれば自分が描く幸せを持っている人と会う回数を増やして、そちらの分人比率を高めていく。そうすることで自然と幸せな方に向いていく。

逆にそうでない人とは距離を置いていく。自分が巻き込まれないために。
分人比率を下げるために。

俗に言う自分探しとは、新しい自分、分人を求めて、新しい価値観、場所や出会いを求めて旅に出たりする、そういうことだと考えている。


私はここ数年、人生ってどんな縁があって、誰に会うか?
というものを2人の息子を通して思い知った。
きっかけ、出会い、縁の大切さを。


この考え方は或る意味、他責と言うことになるかもしれない。
自分の不幸は出会った人が悪かったのだと(私は幸せです)。

それでも自分がいる周りの環境を変えることは出来る。

自分がこうありたいと思ったら、その人に近づいて追いかけ続ける。
それだけでも上手くいくんじゃないかなと思う(ストーカーじゃないよ)。
殻を破りたかったら、既にその殻を破っている人のところへ、相手の迷惑にならない程度に行ってしまえ!!


だから、私は自分探しとか自分らしさ、というものを気にしない。

ただ、居心地の良い人や場所を求めれば自然と幸せになれるんじゃないかと思っている。そしてそういう人に感謝して日々生きたいと願う。

ここ、noteで出会った人にも。





まあ、反面教師というのも役に立ってはいるのだけれど・・・w