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読書日記198 【血の騒ぎを聴け】

 宮本輝さんのエッセイ。随筆集といった方がいいかもだけど、文章がすごく綺麗で作家で初めて「螢川」を読んだ時に、そう思ったのを強烈に覚えている。少年がみる初めての異性というか、性を書かせると本当にすごいな~と感動してしまう。エッセイも強烈で、短くまとめられている文章に、ただただ圧巻してしまう。

 小学生の時に「シラミ」とあだ名がついた少女がきになるのだけれど、その子がお金がなく遠足にいけなかったのを残念がっていたら、一緒に遠足にいける日があった。ただ、その「シラミ」さんは嬉しそうな顔はしない(当たり前か)そこで、著者は「シラミ」さんを想い、チョコをあげようとするのだけど、何故か好きな子には意地悪をしてしまう。コインの形をしたチョコを投げつけるというところで話はおわる。

 うーんと考えさせられる。まんが「この世界の片隅で」の最後に描かれる、すずさんのおにぎりを拾う少女がすごく気になってしまう僕は、こういう文章を書ける人を「すげーな」と純粋に思ってしまう。

 作家になって芥川賞をとったぐらいに結核にかかって、入院をするところとかも書かれている。ただただいい作品を書きたいと願うところとかが妙にリアルでちくしょう、ちくしょうと思いを連発するあたりは、著者の焦りが感じられる。エッセイって大体は淡々と文章を俯瞰で書く作品が多いので、読んでいると感情が入って気分が高揚してくる。ただ、おもしろい文章も書かれているのでそこらへんも箸休めにはなっている。

 友人の娘さんに仕事を手伝ってもらっていた時の話は痛快で、天使のような笑顔が気に入り、その娘さんにと好青年を紹介して、お付き合いをすることになり、めでたしめでたしか思いきや、天使のような娘さんが実は不倫をしていて、その男性は自分とあまり変えらないおじさんだったという話はシュールで笑える。それがあまりに衝撃的だったと話はおわっている。

  昔、中学の時に図書館で「螢川・泥の河」の文庫を借りて読んだ記憶がある。「泥の河」は大阪の下町というか、戦後の下町の様子が少年の見た景色として書かれていて、灰色を帯びていて映像が浮かんでくるようだったし、「螢川」のラストは本当に圧巻で、短い作品なのだけど、その妖艶さが頭からこびりついて離れなかった。文章が頭の中で勝手に映像化されるという経験があまりないので、それにびっくりしたのを覚えている。

 ただ、内容があまりに唐突なものが多かったのと、奇抜な感じがあってちょっと離れていたけど、読み返すとやっぱり、すごい作家だなと感じる。「螢川」のことについて著者が書いている。「長編小説と短編小説の違い」について書かれたところがすごく良くて、

 ディテールやプロットだけが存在するか、もしくは堅牢に強調されて、その内側に、どのような建物が建っているのかは、読者それぞれの心の領域の豊かさとか感性とかにゆだねられるのが〈短編小説〉だと思う。もちろん、この短編小説には、詩や短歌や俳句も含まれている。
 逆に、読み終えたのちに、夥しいディテールやプロットの集積は声をひそめ、心の視力から遠ざかって、おぼろになり、そこに屹立する揺るぎないたてものだけが厳として立ちあらわれているのを〈長編小説〉だと考える。

 読んで圧巻というか読んだーと思うのが長編小説で、読者ににおわせて考えさせるのが短編小説という。すごくよくわかるし、流石だなと思わせる。久しぶりに読んで懐かしさと、文学ってよいな~と感じた一冊だった。

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