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最後に残ったのは、龍勢だった「酒舗むらさわ」が推す「わかりにくい日本酒」の価値

数多ある酒販店のなかでも「特定の蔵のお酒を激推しする酒屋さん」を紹介する企画です。今回は練馬区の「酒舗むらさわ」さんへ。

噂によると、「龍勢」「夜の帝王」などで知られる広島県の「藤井酒造」のお酒を大量に保持して“いた”お店。数年前に改装し、数は大きく減ったそうですが、とにかくお邪魔してみました。

薬局?…超入りにくい酒屋さん

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到着しました。「米・酒」とあるのが、おそらく酒屋さん。しかし建物の大部分は調剤薬局です。左端の青い扉から、入るのでしょうか。近づいてみると「営業中」との看板が。インターフォンを押してみると「どうぞ」の声。お店の中に入ります。

迎えてくれたのは、店主の村澤祥二郎さんです。(祥は旧字の示に羊)

「営業中はカギかかっていないから、あけて入ってきてくれていいんだよ。横の薬局?ああ、もともとこの建物自体が酒屋だったんだけどね」

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(なぜか、酒屋のご主人はちょっと怖い風貌の方が多い)

「龍勢(が目的)か。昔はもう数え切れないくらいあったんだけどね。それこそ熟成酒もたくさんあった。でも、今はほとんどないよ。ある知り合いの飲食店さんに引き取ってもらったんだ。娘を嫁に出す、みたいな気分だったね」

酒屋さんの仕事は、重いお酒の管理、陳列、配達など、かなりの重労働。ご主人は現在、最小限のお酒だけを残して、訪れてくる常連さんの相談に乗ってお酒をおすすめするスタイルで営業を続けているそうです。

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最小限という棚の半分以上を占めるのが、龍勢(丸のラベル)、夜の帝王といった、広島県・藤井酒造さんのお酒です。

「知ってるかい?龍勢っていうのは、明治40年に行われた第一回の全国新酒鑑評会」(当時は全国清酒品評会)で1位になったんだよ。それも、今後も必ず語り継がれる『第1位』というのがいいね。広島のお酒なんて全然知られていなかったそうですから、有力候補だった大手蔵もさぞかし驚いたことでしょう」

龍勢は「広島らしい」日本酒だった

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(見上げれば箱入りの高級龍勢。さらに段ボールも龍勢)

藤井酒造さんの取り扱いは、いつからですか?

「昭和で言うと46年あたりかな。親父の代からお世話になっていましたね。瀬戸内海で蔵の人と一緒に釣りしてたって言ってたくらいだから。最初は問屋さん経由だったんだよ、ほら、昔はそれが当たり前だったから。でもちゃんと商品管理したくて、いつからか直接取り寄せるようになった。

この世界って、人と人とのつながりだからさ。売れ筋とか幻の酒とか、そういうのじゃないから。共に歩んでいこう、という関係性だね。

私がよく覚えているのは、前の杜氏だった長崎さん。島根の出雲杜氏の方ですね。で、長崎さんは自分で山田錦を栽培して、それで吟醸酒をつくるということをやっていました。

長崎さんのお酒は『広島のお酒らしいお酒』だったな。今はどこのお酒も洗練されてきているけど、本当に、お米の独特の味だったんですよ。もうそれは飲めないけどさ、もしいま飲んだとしても、すぐに思い出せるよ」

店主秘蔵の「昭和のお酒」が登場!

「ちょっと待ってな」とご主人。お店の奥から秘蔵の熟成酒を出して見せてくれました。(全体写真はNGのレアもの)

「少しだけ隠してるんだ。これは龍勢というブランドができる前。昭和50年代のお酒だね」

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「色は茶色というか、老酒みたい。これはもう、そういう世界だよね。
こんな熟成酒が、本当にたくさんあったんだようちには。藤井酒造で飲み会があるときなんかは、うちの在庫から、蔵にも残っていない熟成酒を持参したりね。実は他にも隠してあるんだけどね、ふふふ、今日はここまで」

龍勢の味は「わかりにくい」?

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龍勢の魅力は何だとお考えですか?

「かたい、だね。角が取れていない」

かたい。あまり褒め言葉には聞こえないのですが…。

「かたいお酒は、時間が経つと、やわらかくなる。それは、時間がないと味わえない味であり、お酒に深さがなければ生まれない味なんだ。

開栓して、1杯のんだだけでは多分よさはわからない。時間をかけて2杯目、そして3杯目と飲んだ時に、ようやく『おいしい』って言葉になる。もし、龍勢を飲んでひとくちめで『おいしいですね!』っていってくるのは、そりゃあ嘘だね」

(ーー予想外のほめかた)

「人の舌って、成長するでしょう。甘い味は小さい子でも好きで、だんだんと酸味のよさがわかるようになり、大人になると苦味など様々な味を楽しめるようになる。龍勢ってのは、大人の舌になってはじめて味わえるお酒なんだよ」

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「はじめて龍勢を楽しむ人へ」というリクエストで選んだいただいた2本。お米違いです。

「龍勢は、2本以上を飲み比べてほしいんだ。同時に開栓して、Aを飲んでBを飲んでAというふうに。そうやって味を比較していくと、お酒に対する自分の味覚の軸ができる。そして開栓後2-3日たつと、本領発揮さ。ワインもデキャンタで味を開かせるだろう、それと同じだよ。じっくりお酒と向き合っていくと『ああ、ここ、いいね、いいね』って味覚が変化していくんだ

時代とともに変わる日本酒、変わらない龍勢の価値

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(こんなところにも龍勢を発見)

「龍勢も、今は藤井さんの次男さんが杜氏だと思うけど、次はその息子さんかな。私は、時代にあわせて変わっていくでしょうし、それでいいと思うんですよ。たとえば新政だって、時代にあわせて四号瓶しか造らなくなった。それはそれでいい。龍勢の考え、があれば」

龍勢の考え、とは何ですか?

「まじめに造るお酒ということ。まじめにお酒を造ると、こういう『わかりにくい』味になるんですよ。

長年東京で酒屋をやってきて、全国からいろいろな酒が集まってくるのを見ているけどさ、みんな蔵の『クセ』がなくなってきているんだよ。もちろん、みんなが『わぁおいしい!』って感じるわかりやすいタイプも重要だよ。蔵もお酒を売らなきゃいけない。そこが蔵の考え方だよね。

でもさ、せっかく何百も酒を造っている蔵があるんだから『ああ、この酒はこの蔵の味だ!』ってわかる、個性のある酒も必要じゃないか。

いろいろなお酒を飲むなかで、私はやっぱり『この地域のお酒は、こんな個性がある!』と思うのが楽しいんだよね。それを長年守っているお酒が龍勢だと思うし、だからこれからも私は売り続けていくよ」


ご主人、ありがとうございました!
次回はまた別の秘蔵酒、ぜひ見せてください。

むらさわ酒舗
練馬区中村1-7-4
tel:03-3970-3410

もちろん、お酒を飲みます。