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「熟成、それは日本酒のロマン」 熟成酒専門店「いにしえ酒屋」 でマニアックな酒を飲み比べ

日本酒の「熟成」が好きです。熟れた果実のようなニュアンス、カラメルのような香り、なんだかよくわからない中毒性があります。

それほど一般的ではないものの、最近じわじわと注目度をあげている(と思っている)熟成酒を学びたくて、東京・杉並にある熟成酒専門店「いにしえ酒屋」へ行ってきました。

いにしえ酒屋
東京都杉並区方南2−18−15
03−4291−4316 東京メトロ丸ノ内線方南町駅より徒歩約2分
https://inishiesake.com/

南町駅より徒歩2〜3分。地下鉄の終点とあって、大通りから一本通りを外れるともう住宅地の入り口です。静かな通りに佇むこちらが「いにしえ酒屋」。2019年現在、日本で唯一の熟成酒専門店です。

中に入ると、壁一面の熟成酒に目を奪われます。

店内は棚がもうひとつ(これ、冷蔵庫ではないです、電源入っていないそう)。あとは中央に試飲用のテーブル、もう一辺はレジ兼カウンターという、こじんまりとした作りです。

こちらが店主の薬師さん。お店の注意書きには「店主は人見知りです」とありましたが、気さくに声をかけていただけました。

いにしえ酒屋の楽しみ方

角打ちで熟成酒の味を知る
店内お酒はすべて有料試飲可能!「飲み比べメニュー」も用意されており、初めて熟成酒を飲む人も少しずついろいろな味を知ることができます。

熟成酒を購入する
同時に、店内のお酒は購入可能です(酒屋さんなので)。さらにすごいのが「すべてのお酒を1合瓶に量り売りできる」ということ。初心者には非常にありがたいシステムです。

今回はオーソドックスな「3種飲み比べ」をいただきました。

意外なほど飲みやすい。「熟成酒3酒飲み比べ」体験

左から
「木戸泉酒造 10年古酒」(しっかり目の古酒)
「長良川 T-5 1996年」(後味が切れる軽めの古酒)
「長良川 T-3 1998年」(淡く綺麗な古酒)

「うちのベーシックなお酒は『木戸泉』。まずこれをお出ししています。熟成酒は独特のクセがあるものなので、この味が苦手なら何すすめても厳しいという『目安』です」(薬師さん)

早速「木戸泉10年古酒」から挑戦。カラメルのような艶っぽい香りに、酸味の効いたまろやかな舌触り。コク深いシロップのようです。これは罪の深い味です。

「木戸泉さんはもう50年以上前から熟成酒に取り組んでいる老舗。うちでも木戸泉は入手できる限り、すべての年代を揃えています」(薬師さん)
カウンターの奥にずらりと並ぶ実験瓶みたいなのは、すべて木戸泉だそう。

続いて
「長良川 T-5 1996年」
純米の方は意外にもフルーツのような華やかさとジューシーさがあります。

「長良川 T-3 1998年」
こちらは大吟醸で、熟成酒もとても上品。古酒らしいクセをほとんど感じない、リッチな味わい。

「熟成酒」から連想する重さ、クセはさほど感じられません。むしろ、どれも驚くほどするすると飲みやすい。

「それはバランスの問題でしょうね。熟成で日本酒がどう変わるかというと、酸が出たり、まろやかになったり、あとは苦味がでることが多いです。そのどれかが出すぎると、お酒としておいしくなくなります」(薬師さん)

熟成酒は数の少ない貴重なお酒とあり、薬師さんもすべての味を把握するのは難しいそう。試飲のお酒を出す場合はお客さんの反応を注意深く見るようにしているとか。

「たまにあるんですよ、味が崩れているときが。特に気温差が大きくなる春先は、熟成酒の味が変わることがあります」(薬師さん)

そんな「崩れたお酒」も、時間を置くとまた落ち着いて飲めるようになってくるというから、熟成は不思議です。

意外と身近な「熟成酒」の世界

改めて店内を見ると、熟成酒にもいくつかのタイプがあることがわかります。
❶「熟成酒」としてボトリングしている商品(お店オリジナル)
❷ラベルに「熟成」と書かれているもの
❸何も書かれていないもの

「熟成酒には❶❷のように『熟成用の商品』として販売されるものだけではなく、❸のようなものもあり、それは通常のレギュラー商品と同じようにお店で販売されています」(薬師さん)

? どうしてわざわざ…と感じますが、それは「2〜3年寝かせて味を落ち着かせて完成品」と酒蔵が考えているということ。お酒を造ってから出荷するまでの期間が1ヶ月でも3年でも、ルール上は「新商品」。自己申告制なのです。

ややわかりにくい熟成酒の世界とあって、お店では醸造年や保存環境がわかるよう、1商品ごとに詳しい説明書きを添えて紹介しています。また、長期熟成したものは相応の値段がしますが、❸のような「熟成なのに新酒」は一般的なお酒と同等にリーズナブル。ここから入るのもいいかもしれません。

お酒好き、でも量に飲めない。そんな人こそ「熟成酒」がいい

(にごり酒や生酒だって熟成させます。「いいんすか?」と聞くと「蔵の人には怒られますが…」とのこと。)

薬師さんはITエンジニアからお酒好きが高じて日本酒の世界に入ってきた異色の存在です。ずっと熟成酒が好きだったかというとそんなことはなく、はじめは人気の「きれいなお酒」に夢中だったそう。

「きっと、みなさんそうじゃないですか? 僕が日本酒にはまったきっかけは『川中島 幻舞』だったかな。それから『飛露喜』や『獺祭』『而今』などいろいろなお酒を飲みました。
ただ、僕自身お酒がそれほど強くないんですね。1合飲んだらもう酔っ払ってしまうほど。そうすると四合瓶(720ml)を買っても、なくなるのに2週間から1カ月くらい。せっかくの美味しいお酒も味が変わってしまうんですよ」(薬師さん)

そんなの時に出会ったのが、味の変わりにくい(むしろ味の変化を楽しむ)「熟成酒」。これなら、ゆっくり、少しずつ、時間をかけて楽しむことができる。

「でも熟成酒ってあまり売っていませんよね。それならば自分で始めようとしたのですが…商売としては全然です(笑)」

酒屋さんは薄利多売な商売として知られていますが、嗜好性の高い熟成酒は「多売」に向かないアイテム。薬師さんは今もエンジニアと二足のわらじで頑張っています。

(年季がすごいメニューの案内)

一方、「いにしえ酒屋」の「量り売り」「試飲」は、熟成酒だからできるシステムといえます。普通の日本酒は開栓するとどんどん劣化してしまいますが、熟成酒ならば開栓後も常温保存OK。実際「これ去年開けたけどまだ残っている」というお酒もありました。

日本唯一の熟成酒専門店、お酒好きとしてもっと応援しなければ。

禁断の「加熱熟成酒」は、まるで生チョコ⁉︎

角打ちメニューをパラパラめくっていると、後ろの方にこんなページが。

「完全に逝っているお酒」なんですかこれは。

「これは僕が『加熱熟成』させたお酒です。熟成酒は本来、長い期間をかけてじっくり変化させるのですが、人工的に『温度変化』させることで熟成させるというもの…まぁ、実験ですね」(薬師さん)
日本酒を75度まで加温し、それをじっくり15度まで冷ます。この工程を3ヶ月間毎日繰り返したという特別メニュー日本酒です。

もちろん、飲みます。

「え? …本当に…飲むんですか?」と薬師さん、棚の奥から数本の小瓶を出してくれました。

うわぁ、やばい。 これまでの熟成酒が「琥珀色」なのに対して、加熱熟成の日本酒は「にごった茶色」をしています。

「熟成酒の色って、お肉でいうと『焼き目』なんですよ。熟成酒特有のカラメルの香りや琥珀色は、温度変化によってじっくりとメイラード反応が起きている証拠。それを短期間に行うと…こうなりました。本当に飲むんですか?」(薬師さん)

せっかくなので一番色の濃くにごっていた「寺田本家 花啓く」をチョイスしました。

………………これは、生チョコレートだ。
香ばしいチョコフレーバーに、ザラリとした細かい粒子の舌触り。甘みと苦味のバランスがよくて、えぐみや皆無。コックリと濃厚な甘みを楽しめます。ちびちび、舐めるように飲むのにぴったりです。

「実は、加温したばかりの頃は飲めたもんじゃなかったんですよ。酸が出過ぎたり、苦味が立ったりね。それから1年以上経って味が落ち着いたのかな。久し振りに空気に触れたので、グラスの中でも時間とともに味がかわります。ゆっくりと飲んでくださいね」(薬師さん)

(サーモスの鍋でやったそう。「大変でした…二度としません」と薬師さん)

熟成とは「浪漫だ」!  予想外の変化こそ最大の魅力

ざっくりいうと、日本酒の熟成ってなんなんですか?

それに対する薬師さんの答えは
「…浪漫です」
とのこと。

「熟成の理論を知っていれば、味を狙って造ることは可能なんですよ。あえて甘く低アルコールのお酒を仕込んでおいて、熟成で仕上げていくみたいに。実際、大吟醸などは変化がある程度予測できるんです。そういうのも美味しいのですが、僕は『どうなるかわからない』熟成酒に惹かれます」(薬師さん)

(木戸泉の1976年、1977年)

「例えばこの76年のものと77年の熟成酒では、同じ蔵の同じお酒にもかかわらず、色も味もまったく違います。その年のお米や造り方、微妙な成分の差が、時間をかけることで大きな違いになります。
坂道のイメージかな。はじめは1cmの差でも、何キロ先までいくとすごい違いになる。熟成でダメになることもあるけど、驚くほど美味しくなることもある。そこに浪漫を感じるんです」(薬師さん)

世界にひとつ? 幻の熟成酒に出会えるかも

「いにしえ酒屋」さんは「酒屋さん」なので、「購入」がメインです。今回僕は「花巴」をいただきました。酸味・甘みが特徴な花巴が9年熟成でどうなってるか、楽しみです。

また、店内には「自家熟成」のものや、他では見られないようなレアな熟成酒も見受られます。熟成は保存環境によっても変わることを考えると、まさに世界に一つだけの味というわけです。

月桂冠の昭和58年のお酒! 「これはとあるルートから入手しました」とのこと。

正確無比な工業製品ではなく、人智を超えた偶然の産物を楽しむのが、「いにしえ酒屋」の考える熟成酒の世界。

日本酒の「熟成」、一度味わうと、どっぷりとはまりそうです。

「いにしえ酒屋」さん、ごちそうさまでした。またおうかがいします!


※正式には酒販店ですが親しみをこめて「酒屋さん」としています。


もちろん、お酒を飲みます。