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『救われない』ってわかってるからこそ、『救い』を切望する私たちについて。

「やあ、最近元気?」2014年3月末日、総武各駅停車が徐行運転をするほど風が吹き荒れる日曜日の18時。JR御茶ノ水駅前のHUBの、スピーカー直下のテーブル席にて。 私は3か月と8日ぶりに会う青年に向かって声を放つ。そして、日用品がたっぷり入るほど大きいヴィヴィアンウエストウッドのトートバッグの中に手を突っ込み、アメリカンスピリット1㎎のオレンジの箱と蛍光緑のライターを探りだす。 

「元気じゃない、ですね。」敬語で答える彼は、私より理論的で、私より知識に貪欲で、私より体重が軽く、そして、私より人付き合いが苦手だ。関係性を問われればゼミの後輩というのが良いだろうか。彼は華奢な身体に黒いスキニーと新品のDr.Martinの8ホールのブーツを合わせている。顔はシュッとしててそこそこにかっこいいけれど、特別な美青年というほどでもない。ただ、それ以上に、彼が放つ臆病さと見え隠れする純粋さが混じった雰囲気を私は気に入っていた。

 手にしたロンドンプライドを一口飲んだ後、「でしょうね」と私は返事をする。そもそもこんな悪天候の中、大した関係性でもない私を呼び出すなんて、「僕はいま弱ってます」と主張している様なものだ。私の軽い態度に少し不安げな様子を見せる彼は、FredPerryのボストンバックのポケットからhi-lite10mgと白いライターを取り出す。 


「で、何があった。」 

ことん、という音と共に、私は瓶をテーブルの上に置く。

顔を合わせて13分後に言うには急過ぎる科白なのはわかっている。それでも私は目を伏せがちな彼の様子をまっすぐに捉えた。

 「単刀直入ですね。」

「だって、何の前触れもなく今日空いてますか?なんて。」 

彼は「そうですよね。わざわざすみません。」と漏らす様に呟いて、グラスをひと回しする。

そして、ややぎこちなく口を開く。 

◇ 

「あの、大したことじゃないって思われるかもしれないんですが、

僕、失恋したんです。1週間ほど前に。」

 ああ、その類の話か。と私は納得する。

 「結局あの子と付き合ってたんだ。だって12月会ったときは別に。」

 「あの後、すぐ位からですね。で、3月の頭に。」 

学校での人間関係が煩わしい、就活を諦めて留年する、若しくは恋に破れたか。 彼の事だからおよそこの3点のうち、どれかの話題になるだろうと予想していたので、別に過度に反応する必要はない。ゼミに気になる女の子がいる話は聞いていたし、秋に私がその場に居合わせた飲み会でも、彼らが映画や音楽の話をしているのを垣間見ていた。

 「大した事無いだろって思ってます?」

私が表情を変えずに煙草の煙を吐く様子を見て、彼は不安そうな顔で問いかける。 

「いや別に。そっかってだけ。」

「そうですか......」

「そりゃ毎日半狂乱だわな。」 

私はそう返すと灰皿に煙草を置いて、ロンドンプライドを一口飲む。彼は私がさらっと「半狂乱」と口にした事に反応している。

 誰にでもある、とりわけネガティブ思考の我々に発症しやすい失恋後の症状。自分の大切な感情全てを失った相手に奪われた気がして、心身ともに廃墟と化す。圧倒的な痛みと喪失感に、殺してくれと呟きながら夜を越す。これを半狂乱と呼ばず何と呼ぼうか。

 「そう、そうですね、半狂乱、かもしれません。」彼は私の動じなさに、少しだけホッとしてる様にも見えた。心の内で、嗚呼、良かった。と呟く。

 「それから今まで以上に何故、どうして僕は毎日生きてるんだろうと考え過ぎてしまい……。」

彼はぽろぽろと言葉を並べ、落ち着いたところで煙草に火をつけた。

 彼は、1週間程前彼女の誕生日に電話をし、その電話中に別れを告げられたという。その時彼女はサークルの合宿で山中湖のセミナーハウスにいた。

 「今思うと、誕生日の日、僕に会うことから逃げるために合宿にドタ参したのかもしれません……。」

彼は、寂しそうにそう付け加えた。

 確かに、そんな自問自答を繰り返す男に疲れる彼女の言い分も分かる。自分の誕生日にそんな話はされたくないから、合宿に出ることで東京から離れようとするのもわからないでもない。

でも、人に期待し傷つくことを恐れ、下手な理論武装をして恋愛感情から遠ざかろうとしていた私は、彼の立場にシンパシーを感じていた。 

「恋愛して、結婚して、セックスして、子孫を残す、以上。わかっちゃいるけど、納得出来ない。それをこなせぬ人間に生きる意味などあるのだろうか、って事でしょ。」

私がはっきり言い切ると、

「先輩はそうおっしゃると思ってました。良かったです……相変わらずで。」と答える。 

「そりゃそうよ、」と言い切り、私はまたロンドンプライドを口に含み、今度はゆっくりと飲みながらこの状況を捉え直す。こんな風の強い日曜日の夕方に、わざわざ千葉から1時間半掛けてやってくる事にも労力を割くが、それ以上に半狂乱の日々の最中、人に「会いたい」と連絡をする事の方が余程も力が必要な筈だ。 そう思い、よくよく彼の方を見ると、彼はまだ喉の奥に何かを詰まらせている様に見えた。口にするのを恐れるも、でも私に伝えたい言葉を隠し持っている。しかし、彼は今、その言葉をジントニックで喉に押し流すかの様な態度を取っている。

 「他に何か、あるんでしょ、なんか。引っかかる事。」 思い切って私は彼に問う。私は、彼が力を振り絞って私に連絡してきた意味を知りたかった。

その問いに驚いた彼は煙草を灰皿の上に置いて、私の方を見た。

 「……言いたい事。」

 「こんな中私に連絡するにも力がいるでしょ。そうせざるを得ないほどの事が、他にあったんじゃないかなって。」 

私の言葉を受け、そして、2.3秒の沈黙のち、決意を固めたかの様に口を開く。

 ◇ 

「昨日、僕彼女に電話して思わず『何で自分が生きてるのかわかんない』って言っちゃったんです。そしたら、

 『貴方って本当にキチガイね』 って……。」

 —貴方って本当にキチガイね。— 

 ◇

 彼からその言葉を受けた瞬間、誰かの掌が私の喉元を圧迫してくる感覚がし、ぐっと苦しさを感じた。 

彼らの間にあった深い事実を私は知らない。しかし、キチガイとは何という科白だろう。そこまでの言葉で罵られるほど、彼に非はあったのか。私は憤りに似た感情が自分の中にふつりふつりと沸くのを感じる。返す言葉に迷っていると、彼はすかさず次の言葉を吐く。

 「わかってます。こんな事人に言っても仕方ないんだって。結局僕の感情は僕にしかどうにかできない事なんて。先輩も常々そうおっしゃっていましたよね。 でも、そう言っていた先輩だからこそ、今、この僕を救ってくれるんじゃないかって。」 

 喉元がごくんを締まり、臓器がぐらりと動く。そして呼吸が乱れ、全身が震撼する。 

確かに、「てめえの感情などてめえで処分しやがれ」と言うのは私の口癖で、その言葉の通り、彼の感情は彼にどうにかしてもらうしかなく、私には彼の気持ちを救うことはできない。ただ、失恋してから今までの間、彼はたった独りで、半狂乱の日々を乗り越えてきた。そして「誰に言っても仕方ない」と思いながらも、幾度も孤独で苦しく、希死願望と背中合わせの夜を越えた果て、こんな私に想いをぶつけてくれた。 その相手は私で良かったのか?こんなにも純粋な彼の想いを引き受けるだけの価値が、一体私のどこにあるのだろうか?私だって自分に自信がない。今も先輩面して強気に出ていただけで、本当は私も人の目を見て話せないし。 

「すみません、救ってくれるなんて、重過ぎる言葉。嫌ですよね……。」 

ぐらぐらと沸くような鼓動を感じながら自問自答をしていた所で、「重過ぎる」 という言葉に返事を急かされる。

 「重過ぎやしないけど……でも、現実救えないよね。話してくれたことで一瞬楽になったとしても、明日からまた君の感情は元通りになるだろうし。わかってるだろうけど。」 

彼は「ええ、おっしゃる通りです。」と言うと、氷が解け薄くなったジントニックのグラスに口をつけ、私の言葉を待っている。 それに応えるかのように、私は一息ついて、一気に想いを吐露する。 

「いや……さ、正直、正直ね、君の口から救いなんて科白出てくるとも思わなかった。すげえ震撼した。私は神でも菩薩でもないから、君の気持ちを救えはしない。けど、辛かったよね。殺してくれって何度も思ったよね。余計自己開示に困るよね、そんなこと言われた後じゃ。……まぁ、別に、君はキチガイじゃない。至って普通に、この生き辛い世の中と対峙してるだけよ。」 

そして最後の一言をロンドンプライドで喉を潤してから続ける。

 「『救われない』ってわかってるからこそ、『救い』を切望するんだろうな。」

 その科白の後、煙に火を付け、真っ直ぐ頭上のスピーカーに向かって煙を放つ。煙はまるで今迄の科白を巻き取るかのように、くるくると円を描いている。

 ◇ 

本当の事を言えば、救えないとわかっているからこそ、私は彼の事を救いたかった。これ以上、彼が傷ついていく姿を見ているのは辛かった。純粋な彼の心を廃墟になんてしてはいけない。肩代わり出来るものなら、彼を壊そうとする辛さや苦しさの全部、全部を肩代わりしたかった。他人に対してこんな感情を持つなんて、後にも先にも経験したことがない。ただ、彼に直接伝えるには大袈裟だし、重た過ぎる。 

「やっぱり先輩に話して良かったです。」

そう言う彼の顔は、少しだけ明るくなったように見えた。 

「こちらこそありがとう、私を呼んでくれて。『救ってくれるんじゃないか』とか言われて、無理じゃんって返すけど、でも、嬉しかった。 そんでもって……。君が生きててくれて、良かった。」 

大げさで重たい本音の代わりに、ちょっとだけ力を込めて放った今の科白に彼は驚きの表情を見せ、でもその後少し笑って口を開いた。

 「そうですね。もう少しだけ、生きていられそうです。『救えない』と言い切る先輩のおかげで。きっと。」

頭上のスピーカーは、彼が大好きなMUSEのNew Bornを響かせていた。まるで彼を救い、そして彼の再生を、祝うかのように。

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「私が生きていること、そのこと自体が、君へのラブレターだから。」/2018.03〜”書く私”を育てるクリエイティブライティング講座 所属/特技はこじらせエッセイ/note開設は2013年位/
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