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この街に「優しさ」を実装するために、「飲まない東京」を考えたい

 知っている人も多いと思うのだけれど、僕はお酒を飲まない。飲めないのではなくて、飲まない。もちろん、決して酒に強い体質ではないのだけれど、それ以上に「酒の席」が苦手なのだ。出版業界の、とくに批評とか思想とかそういった分野はまだ昭和の飲み会文化が色濃く残る古い世界で、業界のボスが取り巻きを連れて飲み歩いて、取り巻きはボスの機嫌を取るためにその敵の悪口を言って盛り上がるという陰湿なコミュニケーションが常態化していたりする。もちろん、このような陰湿な飲み会文化に染まっているのはごく一部の人たちで、ほとんどの人たちは気持ちよくお酒を飲んでいることはよく知っている。でも、こういう古い体質の業界にまだ残る「飲み」の文化にうんざりしたことは、僕にとって好きでもないお酒をやめるのに十分なきっかけになった。そして僕は10年ほど前に、こういうコミュニケーションにかかわっていると自分がダメになると思って、人間関係を少しずつ変えて、そして酒も飲まなくなった。それで、見えてきたのはこの国の大人の「あそび」が基本的に「飲む」ことを基本しているということだ。特に平日の夜は、「みんな」で集まってお酒を飲むというのが大人のあそびの基本にあって、その他のことはオプションになってしまっていることに気づいた。(コロナ・ショック前の話だけれど)東京の数少ないいいところは、夜中までお店が空いていて、都心を歩いている限りは夜中でも寂しくないところだと僕は思う。ところが、そのほとんどは飲酒が前提になっている施設で、お酒を飲まない人になった途端に僕はこの夜の街からはじき出されてしまったように思えた。深夜のインターネット喫茶やファミリーレストランに漂うあの、独特の倦怠感は夜の街からはじき出されてしまった人たちが、なかば仕方なく流れ着いてしまった人たちがたどりつく場所だからだと思う。

 そこで僕は考えた。「飲まない」選択肢をこの街に実装したいと。大人の夜のあそびはもっと多様でいいし、夜にお酒を飲まない人が楽しめる場所があっていい。そう考えて僕がはじめたのが「飲まない東京」という運動だ。

 そして今回、僕が立ち上げた『モノノメ』という雑誌の創刊特集に「都市」を選んだとき、僕はこの「飲まない東京」を大きく扱った。タイミングははっきり言ってよくなくて、タイトルだけ目にしたら統治権力の飲食店イジメ的な感染症対策を後押ししているように思われるかもしれなかった。もちろん、僕はまったくこれらの政策を支持していないし、飲酒そのものはまったく批判していない。ただ、お酒を飲む以外にもこの街を楽しむ回路をもっとつくりたいと考えているのだ。だから、ノンアルコールの「大人の」飲み物の可能性について議論して、いわゆる「下戸」で、かつまちづくりに知見のある仲間を集めてこの「飲まない東京」の実現に向けて議論した。建築家とか、まちづくりのプロデユーサーとか、そんな人たちにも「飲めない」「飲まない」人はたくさんいて、そんな人達と一緒に議論した。そして僕たちは、そこでお酒を飲まない人たちでも楽しく、安心して東京の夜を過ごすことのできる施設をつくりたいということを話した。それは座談会の中での田中元子さんの言葉を借りれば東京に「優しさの実装」を行うことだった。

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 そう、それは「優しさの実装」なのだ。「みんな」でつるんで、飲んで、ノリを共有して自分たちは仲間だと確認して安心するというコミュニケーションが苦手な人が世の中にはいる(僕もそうだ)。そういうタイプの人がこの街にしっかり居場所があると実感できる空間を僕たちは作りたいと思っているのだ。それは都心の、でも親しみやすい学生や外国人の人の多い街の、駅から少しだけ離れた少し古いビルの1階にあって、夜でも明るくて、店内が覗けて基本的には一人で来ている人がお茶を飲んだり、仕事をしたりしている。そして、人とかかわらなくても、コミュニティの一員でなくても「ここにいていい」と思える終電を逃したあとも朝まで過ごすことができる。そんな「飲まない」ことが前提の場所が一つあるだけで、その街はぐっとやさしく、開かれたものになる。『モノノメ』の誌面には、この計画に賛同してくれた建築家の本瀬あゆみさんに協力してもらって、実際の誌面にはこうして議論された「飲まない東京カフェ」(仮)の妄想設計図を載せた。いまはまだ、これは妄想設計図に過ぎない。でも、僕たちはいつか、本当にこういう場所を作りたいと思っている。そしてこの街に「優しさ」と多様性を、目に見えるかたちで実現したいと思っている。

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僕がこの秋に立ち上げた新雑誌『モノノメ 』創刊号は現在、インターネット直販のみ販売している。書店への展開は10月に入ってからになるので、早く読みたい人はぜひここから買って欲しい。ここから買うと、僕たちは正直言って助かるし、そして僕の47000字の書き下ろし「『モノノメ 創刊号』が100倍おもしろくなる全ページ解説集」が付録についてくる。Amazonや大手チェーン店には卸さないので、ここから注文してもらえると早くて、確実で、そしてお得だ。

僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。