詩集のあとがき全文公開

詩集「トトとコト」にはあとがきの代わりに「空白の五年間」という文章を掲載しています。収録している詩についてではなく、この詩集を産みだすことになった「空白の五年間」について書いた文章です。詩の説明ではないため詩集を読むにあたっての参考にはなりませんが、この詩集が土台としている体験について語っています。
以下、全文引用します。

「空白の五年間」

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私の人生には空白の五年間があります。パニック障害と双極性障害という二つの病気になり、仕事や社会生活から五年間、離れなければならなかったのです。ひとたびパニック発作が起これば、体が痙攣して、呼吸が苦しくなり、意識が遠のいて、ぐったりと倒れこみます。また双極性障害の鬱の症状のために、いつも体が痛くて、意欲という意欲が失われました。

この困難な五年間は私から生きる意味を奪おうとしました。しかし、私は生きることを諦められなかった。そして、妻のサポートや医師の助言、いつも元気でいてくれる子供のお陰で、困難な日々を乗り越え、社会に戻ってくることができました。

苦しくて辛い五年間でしたが、病気が私に与えてくれたものがあります。「弱く生きる」ことの意味です。病気になるまで私はいつも強くあろうとしていました。強くあるとき私は、人知れず苦しんでいる人たちがいることに気づかず、強くある者たちの競争の世界で自分のことにかまけてばかりいました。

しかし病気を通じて弱さとともに生きた時、誰もが悩みを抱え、少なくない人々が命がけで困難な日々を送っているというこの世界の本当の姿が目に入るようになりました。私にとってそれは今まで経験したことがない深い共感によって他者と繋がり直すことでした。

ここに詩集にはおさめなかった病気のことを歌った詩をのせます。私の詩で病気について歌ったのはただこれひとつです。


「いのり」

朝 ただ目覚めることさえ
つらく厳しいとき
あなたはじっと身を横たえたまま
起きることを拒むだろう
陽が西に傾きはじめた頃
あなたはようやく
あなたを包んでいた毛布から抜け出して
まだ暮れようとしない一日を
呆然と眺めやり
いっそ消えてしまえればと
打ちひしがれるだろう
もう涙さえ流れない
もう話したい言葉さえ見つからない
思うようにならない我が身を携えて
こんな重荷はもういらないと
日没とともに
あなたの悲嘆は耐えがたくなり
それでも
それでもやはり
あなたの沈黙のもとにも
救いの夜は訪れる
もちろんなにひとつ変わりはない
あなたの孤独はそのままに
いつ終わるともない疲労と
何度も襲いくる抵抗しがたい苦痛
しかし
あなたのありのままで
苦しみのただなかに身を潜めて
夜の沈黙に耳を傾けてほしい
なにも聞こえない声がある
なぜならそれは
語り得ない言葉だから  
あなたがいま
経験していることは
語り得ない言葉を秘めた夜の
親しい友になること
あなたはすでに   
夜に認められた
かけがえのない存在だから
もしあなたに扉をひらく
力が残っているなら
戸外へ歩みでて
そっと夜空を
眺めてほしい
そこにはあなたと同じ
黙して語らない
無数の星の姿があるから


田中重人          


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