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怪談連載【怪談ジャンキー!煙鳥怪奇録】第1回「机と海」煙鳥×吉田悠軌

連載開始によせて 

煙鳥―― 実話怪談の世界において、長年にわたり暗躍し続けてきた男の名前。
「知る人ぞ知る」という称号は、正に彼のためにこそあるだろう。十数年のキャリアで発表してきた怪談は質・量ともに折り紙つき。もはや実話怪談ファンにとっての「定番」、いや「古典」とすら呼べる話の幾つかは、彼の取材によるものだ。
 第一線級の実力を持ちながら、しかし煙鳥氏は業界の表舞台に立とうとはしない。その恐るべき「煙鳥怪談」の数々は、書籍という形でも残しておくべきなのに……。
 そこで今回、我々は特殊な手段をとることにした。
 まず煙鳥氏から、かつて自身が取材した怪談を提供してもらう。その上で、こちらがリライトした作品として新たに発表する。つまり怪談の再取材・再構成・再発表というシステムである。担当するのは煙鳥氏とも縁の深い、高田公太・吉田悠軌の2名。
 この試みは「とにかく煙鳥氏の怪談を世間に広く紹介せねば」という熱意から生まれた苦肉の策ではある。しかしそれだけでなく、「他人が取材した怪談を新たに語りなおす」という、実話怪談においての意義ある実験ともなるだろう。
 何はともあれ、まずは無心に、煙鳥怪談を御賞味いただければ幸いである。

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第1回 机と海

「すごいズルいお化けに、騙されそうになったんだ」
 そんな一言から始まる体験談。

 十五年ほど前。大学生の煙鳥君は、軽音サークルとの掛け持ちで映画サークルにも所属していた。自分達で映画製作を行い、それを発表するといった活動である。
 もちろん、学生の自主映画上映会に、一般客が押し寄せることなどありえない。サークル員が友人達に頼んでまわり、観客として来てもらうのが普通のやり方だ。
 エミさんも、そうした勧誘で呼ばれた一人だった。
 元々は、サークル内の友人の地元の友達……という立場だったが、上映会の打ち上げの席で喋るうち、煙鳥君とも仲良くなっていく。と言っても、二人で怪談の類について語り合うということは、特になかったらしいのだが。
 あれは大学三年生の、秋の気配が深まる頃だったろうか。
 煙鳥君が映画サークルの打ち上げに行くと、久しぶりのエミさんの顔があった。
 彼女は専門学校生だったので、もう一年目の社会人として働いている。入社のドタバタもようやく落ち着いて、飲み会に来られるようになったのだろう。こうして話すのは数カ月ぶりだ。
「煙鳥さんって、怖い話を集めてるんだよね」
 そんなエミさんが、少し前に自身が体験したという出来事を語りだしたのである。
「私、すごいズルいお化けに、騙されそうになったんだ」

 半年前の、春先のこと。
 就職を機に、エミさんは新しい部屋へと引っ越していた。そこで、以前から練っていた計画を実行に移したのだという。
 どうせなら、家具もすべて新調し、自分好みの部屋にしてしまおう。映画の『アメリ』みたいな、フレンチレトロのお部屋に。
 でもお金に余裕がある訳ではないので、新品をお店から輸送してもらうのは無理。一日空いている日にレンタカーを借りて、リサイクルショップや中古の家具屋さんを巡って集めるしかない。
 まあ、それはそれでいい。フレンチレトロなんだから、むしろリユースの使い込んだ感じがいいのだ。くすんだ色合いで統一したら、さぞかし素敵になるだろうな。
 そんなとき、ふらりと立ち寄ったリサイクルショップで、あの机を発見してしまった。
 センター引き出しがひとつだけの、シンプルな机。多分多くの人は、発色のよくない、古ぼけた貧乏ったらしい印象を持つだろう。
 でも自分としては、この色味に一目惚れしてしまったのだ。白の入ったくすんだ緑色、というのが凄くいい。かわいい。欲しい。今すぐ持って帰りたい。
 衝動的に買って、すぐさま部屋に運びこんでみた。やはり、しっくりくる。どうしてこんなに気に入ったのかわからない、わからないけど、この緑の机こそ、私の部屋のシンボルだ。
 そう思っていたのに。
 数日たったある日の、多分真夜中遅く。
 何だか不安な気持ちで、ふいに目が覚めた。別にそのまま起きる気もなかったから、ベッドの中でぼんやり、薄暗い部屋を見渡してみる。
 ――あれ?
 壁際に置いた、緑の机。その引き出しが、がらあ、と開いている。
 それだけじゃない。
 引き出しの中から、人の腕が一本、飛び出ているのだ。細くて白い腕だけど、男なのか女なのか、いまいちわからない。
 下から上に挙手するように、ぴん、と伸びた腕が硬直している。
 ただ、その手のひらだけは、ゆっくりと動いている。
 グー、パー、グー、パー……。
 何かをかきむしるように、何かを掴もうとしているように。
 グー、パー、グー、パー……。
 うわあっ! と怖くなって目をつむって……。
 その後のことは、いまいち覚えていない。
 目が覚めたら朝だった。
 まあ、夢でも見たんだろう。別にそのときは、凄く気にしていた訳でもなかったんだけど。
 それからすぐ、立て続けに嫌なことが起きてしまった。
 まず、それほどの年齢でもない親戚が急死した。
 次に、自分も階段から落ちて足首を骨折した。
 ここまでなら偶然かとも思ったけど、実家の家族が続々と、事故で怪我したり、病気で入院したり、とにかく体を壊してしまう。
 あの緑の机を買って、変な悪夢を見て、周りに不幸が積み重なって……それらが全部、本当に短期間のことだったから、さすがにおかしいぞと感じてきた。
 ……祟りとか? 呪いとか?
 気にし過ぎなのかもしれないけど、ちょうどお母さんに電話するタイミングがあったので、それとなく水を向けてみた。
「なんか最近、うちらの周りで嫌なこと続くじゃん? 霊能者とか、そうじゃなくても占いとかで相談に乗れる人、いないのかな?」
「あ~、おばあちゃんの知り合いで、そういう人いるわねえ」
 早速電話番号を教えてもらい、アポを取る。約束した日時に、その人の家を訪ねていくと、五十代くらいのおばさんが出迎えてくれた。
 奥の座敷に通されて、「どうぞ座って」と言われたから座ったら、いきなり。
「あなた、机、買ったでしょ」
 ええっ! なんでわかるんですか!
 そう思ったけど、あんまりビックリして声に出せなかった。
「その机がよくないのよ」
「はあ……」
「もう、すぐにでもどうにかしないと」
「え、じゃあ……捨てるとか」
「ううん、ただ捨てるだけじゃダメ」
 じゃあどうすればいいのか聞いてみると。
「その机を軽トラックかなんか借りて、千葉の九十九里浜まで持っていって、そこで午前三時に燃やしなさい」
 おばさんは、めちゃくちゃ具体的な指示を出してきた。
 てっきり、強力なお札を買うか、すごいお寺か神社にお参りするのかと思っていたのに。予想外の言葉に驚いて、思わず「え、どういうことですか!?」と聞き返してしまったんだけど。
「その机を軽トラックかなんか借りて、千葉の九十九里浜まで持っていって、そこで午前三時に燃やしなさい」
 同じことを二度言われただけだった。
「すぐにやらないと命に関わるよ。早くしないとダメだ。すぐ、今すぐ」
「すぐ、はい。じゃあ今週中には」
「違う。すぐと言ったら今日。今夜の三時じゃないと間に合わない」
 問答無用の勢いに押されて、もうこちらは「はい」と頷くだけ。
「あ、え、お礼のお金とか」
「そんなのいいから、早くやりなさい。今すぐレンタカーのお店行って、軽トラ借りて」
 そこからは大慌て。レンタルした軽トラックに机を積んで、それを燃やすためのジッポーライターのオイルを何本も買って、深夜になってから家を出発した。
 九十九里浜といっても広いから、とにかくケータイで検索して、ぱっと出たところを目指すしかない。
 でも適当に選んだにしては、そこは「机を燃やす」のにぴったりピンポイントの浜辺だった。
 海水浴場としては使えないのか、ただ無造作な砂浜が続いているだけ。あたりには人っ子一人見当たらないし、散歩や夜遊びにくる人もいなさそうだ。近くには民家もないし、道路からもちょうど見えない立地なので、火を熾しても通報される心配はないだろう。
 波打ち際まで机を運んで、ジッポーオイルをばしゃばしゃとかける。時計の針が深夜三時を指す手前あたりで、火を点けた。
 パチ、パチ、パチパチパチパチ……。
 もっと苦労するかと思ったけど、意外と簡単に火が点き、机全体に燃え広がっていった。年代物の机だから、とっくに乾ききっていたのだろうか。
 よし、あとはこれが燃えつきるのを待てば……。
 その場に座りこんで、燃えていく机を見守る。オレンジ色の炎の後ろには、青黒い海が広がるばかり。
 パチパチパチパチ……。
 虫の声もなく、波もおだやかな夜だったので、木が爆ぜる音だけが浜辺に響いている。
「あの」
 不意に、背後から声をかけられた。
 びくり、と体がかたまる。まさか人がいるなんて思っていなかったので、まずそこに驚いてしまった。
「あの~、すいません」
 若い男の声だ。物腰は柔らかいけど、近所の人の苦情だったらどうしよう……。
「後ろに、財布、落ちてますよ」
 え、財布?
 とっさに足元のバッグを確認すると、そこにはきちんと自分の財布が入っていた。
 何だ、あるじゃん。
「あ、自分じゃないですね。ありがとうございます」
 バッグに目をやったまま、そう答えたのだが。
「あの~財布、落ちてますよ。後ろに」
 相手は無視するように、同じようなセリフを繰り返すだけ。
「いや、だから……」
 と振り返ろうとしたところで、ハッとした。
 数時間前、おばさんから言われていたことを思い出したからだ。
「机を燃やしているときにね、たぶん誰かが、背中から話しかけてくるかも」
 凄くおかしなアドバイスだったけど。
「でも何を言われても、後ろを振り向いたらダメよ。絶対に、ダメ」
 これだ。これのことだ。
 だってそうだよ。後ろにいるこいつ、どうやってこんなにすぐ傍まで近づいてきたの? これだけ静かな浜辺を、ずっと遠くから歩いてきたのに、服の衣ずれとか、砂を踏みしめる音が聞こえないはずがない。
「ねえ、財布、落ちてますよ。ほら後ろです。ほら、ここ」
 背中の男は、明るく無邪気そうな、でもこちらを急かすような調子で、ひっきりなしに声をかけてくる。
 絶対におかしい。そんなに財布を渡したければ、なんで自分で拾わないの? それで肩を叩くか、前に回り込んで、私に見せればいいじゃない。
「ほらほら後ろです。財布。ねえねえ、後ろ、落ちてますって、ねえねえ、ほらほら」
 できないんだ。声をかけることしか。だからほら、どんどんその声が必死になってきて。
「ねえ財布ですよ、後ろ、後ろだってば、ほらほらほら、後ろ、ねえ、ここ、見て、落ちてるでしょ、見てよ、後ろ、ここ、ほら、ここ、ここ」
 無視しないと、無視しないと。
「ねえ、後ろ、見て、ここ……」
 知らない答えない、振り向かないし目もつむってるから、あっち行って。
「…………」
 ほら、もう、諦めた。
 かと思ったら。

「さいふーーー!!」

 耳がしびれるほどの絶叫が響いた。
 同時に、バラバラバラバラ……と机が燃えつき、幾つもの木片が、砂の上へと崩れ落ちた。
 男の声も気配もぱたりと止んで、代わりに波の音が、ゆっくり、おだやかに響きだした。
 燃えかすからの白い煙が途切れたところで、恐る恐る後ろを振り返ってみると。
 月に照らされた浜辺に、くっきりへこんだ、自分の足跡だけが見える。
 あとはもう、まっさらの白い砂が、どこまでも、どこまでも、続いているだけ。

第1回「机と海」文・吉田悠軌

著者紹介

吉田悠軌 Yuki Yoshida

怪談サークルとうもろこしの会会長。怪談の収集・語りとオカルト全般を研究。著書に『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)、「恐怖実話」シリーズ『 怪の残滓』『怪の残響』『 怪の残像』『怪の手形』『怪の足跡』(以上、竹書房)、「怖いうわさ ぼくらの都市伝説」シリーズ(教育画劇)、『うわさの怪談』(三笠書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、共著に『実話怪談 犬鳴村』『怪談四十九夜 鬼気』など。
月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

高田公太 Kota Takada

青森県弘前市出身、在住。O型。実話怪談「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、本業は新聞記者。
主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、共著に『奥羽怪談』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズがある。

怪談提供・監修

煙鳥 Encho

怪談収集家、怪談作家、珍スポッター。「怪談と技術の融合」のストリームサークル「オカのじ」の代表取り締まられ役。広報とソーシャルダメージ引き受け(矢面)担当。収集した怪談を語る事を中心とした放送をニコ生、ツイキャス等にて配信中。 怪談収集、考察、珍スポットの探訪をしてます。VR技術を使った新しい怪談会も推進中。共著に『恐怖箱 心霊外科』『恐怖箱 怨霊不動産』。

2022年3月28日書籍化決定!

装画:綿貫芳子


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