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組織の腐敗はなぜ起こる? 後漢王朝と大企業Aをくらべてみた_feat.鄧皇后、梁冀

「これって、あの時代のあの国の、あの状況と似てる……!」

そんなふうに感じる瞬間に、いま起きていることに対して出くわすことがあります。これは、歴史を学ぶおもしろさの1つです。

「歴史は繰り返す」という言い方をする人もいますけど、僕はそうは思っていなくて。

らせん状に過去から未来へ進んでいく、というのが僕のイメージ。らせん状に回転しながら時間(歴史)が進んでいるから、同じではないけど「繰り返している」と感じるような似た出来事は起こるんです。

そんな、時空を超えた重なりを強烈に感じたのは、僕がかつて所属していた大企業Aと、後漢王朝後期の組織のありようでした。当時の大企業Aの腐敗政治の構図は、曹操や劉備、孫権らが争う動乱の時代(三国志の時代)に入る前の後漢後期とよく似ていました。

新卒で入った大企業Aは、後漢後期の腐敗そのもの

僕は今、COTEN(コテン)というベンチャー企業の代表をしながら、いくつかのスタートアップ企業で取締役や顧問をしているのですが、リーマンショック前の2009年に新卒で入社したのは大企業Aでした。

就職活動をした時点では長く勤めるつもりで入社しますが、2年で辞めます。

Aの封建的な組織文化と僕は、ハワイにホッキョクグマを連れて行ってしまったぐらいに相性がよくありませんでした(当時の僕は、自分が悪いのか、会社が悪いのかも整理できていませんでした。結論から言うとどっちも悪かったんですけど……。この話はまた別の機会に。笑)。

とにかく、この退職はお互いにとって幸せな選択でした。僕はAという組織に対してはっきりと嫌気がさしていました。

おのおのが、権力闘争や派閥争いの中で足を引っ張り合っていたんです。

経営戦略の部署にいた上層部は、社内の政治闘争に明け暮れ、自社のプロダクトやお客様のことを考えているようには見えませんでした。自分の出世や功績を妨げる邪魔なあの部署アイツをどう蹴落とすか。そういう話を本人からも何度か聞きました。

営業統括部長という部下をたくさん束ねるめちゃくちゃ偉い人も、一介の新入社員である僕に社長のグチや文句を言うのは日常的なことでした。

ドラマ『半沢直樹』の半沢がぶっ壊そうとする組織のような状態ですよね。僕はこの国民的ドラマを観たことはないんですけども……。

そんな腐敗した状態で組織が運営され続けると、どうなると思います?

いい組織は、組織全体の利益について当事者意識を持って考えている人がたくさんいます。それが組織が腐敗してくると、当事者意識を持つ人はほとんどいなくなって個の利益を優先する人の割合が多くなる。

個々が自分の出世や派閥の利益で動いているわけだから、個人にとって都合のいい視点で「事実認識」をしていきます。

すると、目の前で起きているファクトを受け取らずに経営判断がなされていき、腐りはじめます。

組織内で「事実認識」がズレるのはかなり危険です。

経営陣の意見が違うことは全然構わないんです。ただ、事実の認識そのものが明確にずれる場合は、議論ができないし同じ前提に立って目標に向かうこともできません。

それぞれが、派閥や出世など自分の利益を最優先に動く。実際に起きている会社の経営状況を正しく認識しようとしても、無意識の忖度とバイアスがかかります。これを上層部の人がやってしまうと、経営における大局的な意思決定も行われなくなるわけです。

実際、僕が退職してから数年後にAは、長きにわたる粉飾決算が明るみになりました。

「ファクト認識」ができなくなると組織は腐敗を始める

このAで起きた、「チーム内で事実認識ができなくなる」「その状態で政治を行うから崩壊する」という一連の構図は後漢後期そのもの

日本の弥生時代にあたる、25年〜220年まで続いた中国の王朝が「後漢」です。

皇后の親族・外戚(がいせき)によって政権をいっとき奪われた漢王朝でしたが、光武帝(こうぶてい)が、後漢として再興することに成功します。

後漢の初期は、大義に燃えた志が高い人たちのクリーンな組織だったと思います。

後漢は、「皇帝」「宦官(かんがん※)」「官僚」が 3つどもえになるような、超絶妙な権力バランスを保つことで、皇帝の健全な権力が保たれた状態が続きます。

※宦官……生殖能力を奪われた男性。皇后や女官と男女のかかわりが起こらないようにするため。皇帝の私生活の世話をする人。

ところが、そのバランスが崩れるときがきます。

僕が思うに、皇帝の妻だった鄧(とう)皇后という人の存在がきっかけ。

皇帝だった夫が亡くなり、次期皇帝がわずか2歳で亡くなると次の皇帝・安帝が擁立されます。鄧皇后は13歳だった安帝に代わって自ら政治を担います。そして、安帝が成人したあとも彼を無能と判断し摂政を続けました。

これがですね、鄧皇后は善政を敷くんです。皇后本人が亡くなるまでの短期間はすごくいい政治が行われました。

変わったのは、周りです。

皇后が勢力のトップに立ったことで、これまで絶妙に相互作用していた3つの権力バランスが崩れます。宦官や皇后の親戚である外戚が政治に口を出しはじめ、大きな力を持つようになりました。

後漢の皇帝は幼少の即位が続いたため、外戚・宦官が皇帝を裏で操り、簡単に政治を左右できたのも大きいです。

賄賂が横行し、賄賂を贈った者だけが出世して賄賂のない者は処罰される。優秀な者はその能力を隠さねば処刑されてしまう(優れた人が国を良くしてしまうと、自分の権限や権利が削がれてしまう宦官や外戚がいた)ような事態も。

完全に乱れていました。

利己主義の極みのようなふるまいで超暴走した外戚の悪例は、梁冀(りょうき)です。

己の利益を最優先。傲慢な態度で、賄賂で事実を握りつぶす、意に沿わない優秀な官僚は次々に死刑にし、幼いながら聡明だった皇帝・質帝を自らの立場を脅かすだろうと毒殺、亡くなったときの梁冀の財産は国家の税金の半分ぐらいの額があったとされる私腹の肥やし具合……。悪いところしかないような人が力を持ってしまいます。

事実を認識できず、もしくは認識する気がなく崩壊

後漢王朝の滅亡の原因は、政治の中枢にいた外戚や宦官、そして一部の官僚が、目の前で起きていている事実を認識できず、もしくは認識する気がなく意思決定や政治判断をしてしまったからだと思っています。

目の前の「事実の認識」ができなくなった時。あるいは、正しく「事実認識をしている人の声」が組織全体に届かなくなった時。その組織は腐敗を始めます。

正確にファクトを認識した人がいたとしても、自分や自分のいる派閥の利害でそれぞれ動く面々ばかりの組織ではその意見は通じません。組織内で「事実認識をそろえる」努力ももはやしなくなり、組織の中に少しはあるはずの客観的な意見が届かなくなります。

後漢後期にも、清廉潔白だった官僚が少数ながらいました。たとえば、李膺(りよう)です。祖国のために、国を存続させようとしました。なのに、李膺は殺されてしまいます。

最終的には宦官が官僚を弾圧するという事件が起こります。そこから多額の税を取り立てられ飢饉も起きていた民衆の反乱が頻発して拡大。群雄も現れ、戦乱の三国時代へ入っていきます。

真実は常に同時複数。はじめは潔白な組織だった

何においてもそうですが、100人いれば100通りの「事実」「正しさ」が存在します。

何か事件が起きたときも、それを認識するするのはそれぞれの個人であり切り口次第で白にも黒にもなる。真実は同時複数存在しています。見る人によって、どういう方向から見るかで正しさは変わるんです。

興味深いのは、大企業Aも後漢王朝も最初は良い組織だったということ。

わかりやすく悪いヤツらばかりだったらもっと事態は簡単なんです。それが個々としては無自覚に良くない集合体になっていく。

後漢の鄧皇后だって、皇后本人はむしろ善政をしたわけですからね。まさか彼女は、自分の善政が回り回って御漢王朝崩壊の遠因になるとは思いも寄らなかったと思います。

今回は、大企業Aと後漢を例に出しましたが、いろんな組織で起こる再現性のある腐敗のしかただと思います。

ではなぜ、わかってはいてもりんごが腐るように組織もそうなるのでしょう?

それは、人間のサガでしょうね。

人間という存在において、「自分に都合のいいかたちで事実を認識する」のがその構造上デフォルトだから。

約1800年前から脈々と続く人間に共通する傾向とは、おもしろいですよねぇ。


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このnoteでは、歴史を学ぶことで得られる「遠さと近さで見る視点」であれこれを語っていきます。

世界史はグローバルな時代に必須教養ともいますし、3000年という長い時間軸で物事をとらえる視点は、猛スピードで変化している今の時代においてどんどん重要になってきます。

何千年も長い時間軸で歴史を学ぶと、自分も含めた「今とここ」を、相対化して理解できるようになります。世の中で起きている経済や社会ニュースとその流れから、ビジネスシーンでのコミュニケーションや組織づくり、日常で直面する悩みや課題まで、解決できると僕は信じています。

人間そのものを理解できたり、ストーリーとしての歴史のおもしろさを伝えたくて、歴史好きの男子3人で『COTEN RADIO(コテンラジオ)』も配信しています。PodcastとYouTubeとあわせて聴いてもらえたらうれしいです。

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(おわり)
編集・構成協力/コルクラボギルド(平山ゆりの、イラスト・いずいず

株式会社COTEN 代表取締役。人文学・歴史が好き。複数社のベンチャー・スタートアップの経営補佐をしながら、3,500年分の世界史情報を好きな形で取り出せるデータベースを設計中。