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『あつまれ どうぶつの森』の世界観をつくるUXライティング

2020年5月現在、世界で最も洗練されたUXを実現してるプロダクトのひとつが、Nintendo Switchのソフト『あつまれ どうぶつの森』ではないでしょうか。

子供から大人まで世代を問わず楽しめて、日本のみならず世界中の人々を虜にし、入手が困難になるほど爆発的に売れている。

何より外出自粛になったこのタイミングで、外で遊ぶことを疑似体験できるソフトがドンピシャで発売されるという運命の巡りあわせに、任天堂の持つ神懸かり的な力を感じずにはいられません。

それだけ多くの人に愛されるプロダクトなので、プレイしていても学ぶことが本当に多く、いま自分が遊んでいるのか、仕事をしているのか、わからなくなるほどです。

いや、さすがにそれは言い過ぎました。プレイしている時は完全に遊んでいます。完全に遊んでいるのですが、それでもゲームをしていて、自分の仕事に活かせるような「これは…!」というようなアイデアや表現に出会うことが本当に多いです。

なぜゲームのUXが仕事に活きるのか?

その理由は、『あつまれ どうぶつの森』がマジで人生だからです。

あつまれ どうぶつの森(以下あつ森)を「人生」と表現したのは指原莉乃さんですが、あつ森はマジで人生です。

島でのんびり魚釣りをしたり虫を取ったりするゲームというイメージがあるかもしれませんが、それはあつ森の一部分にしかすぎません。

ローンを借りて家を建て、働いてローンを返済し、株取引に手を出し、マイルをコツコツ貯めるゲームでもあるのです。これはもうビジネスでいうと、完全にフィンテックです。普段わたしたちが生活で体験していることを、そのままゲーム内でも疑似体験することになります。

そしてあつ森はマジで人生なので、そこには当然ゲーム内でのUI/UXが必要になります。例えばローンの返済にはATMを利用するのですが、そのATMは子供も大人も日本人も外国人も、あらゆる人が直感的に使えるUI/UXが必要になってきます。

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あつ森のATMのUI

そういう視点で見ていると、UXの基本である誰にでもわかりやすく伝えるにはどういう工夫をすればいいかが見えてくるわけです。

そんな学びの宝庫のあつ森ですが、わたしの専門はUXライティングなので、あつ森のUXライティングでこれはすごい!と思ったところを今回は書いてみたいと思います。

1.話し言葉と書き言葉

まずわたしが気になったのが、ゲーム内に登場するテキストのひらがなと漢字のバランスです。

以前このようなnoteを書きました。

ものごとをわかりやすく伝えるには、ひらがなをうまく使いましょうという趣旨のnoteです。

わたしは普段ゲームをあまりしないのですが、あつ森は子供も遊べるゲームなので、きっとひらがなが多いんだろうなと、となんとなく思っていました。

実際にゲームを始めるとどうだったか。次の画像をご覧ください。

(画像はこちらの動画から引用させていただきました)

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めちゃくちゃ漢字が多い。

これは、たぬきにいきなり請求書を突き付けられるあつ森序盤の名シーンですが、完全に大人の言葉で説明されています。子供に対する配慮のようなものは一切ありません。

これについては、こちらの記事が参考になりました。

任天堂のUXデザイナーの方が「大人と子供を分けて考えるという視点がありません」と話しています。あえて大人の言葉で説明しているのも、同じ思想によるものなのかもしれません。

ゲームを始めるとこんな感じで漢字を多用した大人の言葉で会話が進んでいくので、このまますべての言葉がこのように進むのかと思っていました。

ところが、ゲームを少し進めると、こんな画面が現れたのです。

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ひらがなとカタカナしか使われていません。

これは一体どういうことなのか。

実はこの画面に表示されているのは、手紙です。ゲームを始めたユーザーに対して任天堂から送られてくるお礼の手紙のようなものなのですが、この手紙はひらがなとカタカナで構成されていて、漢字が使われていません。

実はこれ以外にも、島の掲示板など、実際にゲーム内に登場するキャラクターが書いたものは、漢字が使われていません

つまり、書き言葉では漢字が使われていないのです。

話し言葉はあくまでキャラクターが話した言葉を、わたしたちが漢字として認識しているにすぎません。ところが、書き言葉は実際にゲーム内でキャラクターが書いている言葉なので、漢字が使われていないのです。

漢字とひらがなとカタカナを分けることで、ゲームの中と外の世界を分ける。漢字とひらがなとカタカナの使い分けにこんな活用法があるのか!と、とても勉強になりました。

2.「ポイント」ではなく「マイル」

冒頭で書いた通り、あつ森にはローンや株取引など、現実に存在する金融の概念が登場します。そのひとつがマイルです。

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マイルについては、次のように説明されています。

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ここでわたしが気になったのは、説明の中で「ポイント」という言葉が使われている点です。

マイルの説明をするためにポイントという言葉を使うのであれば、「たぬきマイレージプログラム」ではなく、「たぬきポイントプログラム」でいいのでは?と思ってしまいます。説明で使われているぐらいなので、わかりやすさで考えるとポイントのほうがよさそうです。

しかし、やはりゲームの舞台が無人島であり、上記の画像の通り主な移動手段が飛行機なので、マイルという言葉を選んでいるのだと思います。

あつ森でのマイルは実際にはソシャゲのミッションボーナス的な意味合いが強く、機能的にはポイントのほうが近いような気がしないでもないのですが、マイルという言葉の持つ非日常性などもあり、ポイントではなくマイルを選んだのかもしれません。

これも、あつ森の世界観を構成するためにはどのような言葉を選ぶのが最適か、という視点で選ばれたのではないかと思います。

3.「戻る」ではなく「考え直す」

最後に紹介するのは、いわゆる狭義のUXライティングにおいて、いちばん参考になった事例です。

あつ森には、プレーヤー名や島の名前など、文字を入力する場面が何度かあります。

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こうした入力フォームはゲームに関わらず、あらゆるプロダクトに存在するものだと思います。

わたしが驚いたのは、入力フォームの次に表示される確認画面です。

一般的には、確認画面は、入力内容の表示とともに、「次へ進む」などのOKを示すボタンと、「戻る」などの入力フォームに戻るボタンの2つが表示され、どちらかを選ぶUIになっていることが多いと思います。

しかし、あつ森の確認画面はこれでした。

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普通だったら「戻る」になっているであろう部分が、「考え直す」になっています。

わたしはこの「考え直す」という言葉を見て、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けたのです。「戻る」というのは、あくまでUI上の操作でしかありません。この時にユーザーが本当に求めている行動は、入力フォームに戻ることではなく、名前を考え直すことなのです。

UIの言葉は会話のように考える、というのもUXライティングの基本ですが、たしかに「オッケーですか?戻りますか?」と聞かれるよりも「オッケーですか?考え直しますか?」のほうが親切です。

もちろん「考え直す」という言葉はゲームだからフィットするものであり、一般的なプロダクトの場合は、慣れ親しんだ「戻る」のほうが認知の摩擦が少なくなるので、UXとしてはスムーズかもしれません。

しかし、「戻る」で完全に答えが出ていたと思っていたボタンに、「考え直す」というよりユーザーの体験に寄り添った言葉を見つけ出しているところに、任天堂のUXに対する圧倒的な細部へのこだわりを感じました。

自分がプロダクトを体験することがいちばんの勉強になる

今回あつ森を実際にやってみて、自分がプロダクトを体験することの大切さを改めて実感しました。

たくさんの人に愛されるプロダクトには、必ず理由があります。

その理由を自らの経験として蓄積するためにも、あらゆるサービス、プロダクトをユーザーとしてもどんどん体験していきたいと思います。


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