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生きてもいいんだよ。

「愛して生きたい。」


💬傷だらけの人生でも復活できますか?
🎬人間らしく復活して愛へ生きる物語。

ゾンビでもいいですか?。

💬生きざまで社会を変えたい。
https://youtu.be/ascxiW3pTD0?si=lo30j8CXIQmVF_cD

素直に モテたい。

なぜ真面目で泣き虫な いじめられっ子が
不登校からゾンビになり復活したのか?

心の傷跡をゾンビでアートにして見える化。
おかげ様で世界へ作品化。
不登校の実話を話したら人生が変わった。
https://youtu.be/c0bx-U7-IeA?si=qVZNJiz-ROWTyPf3 

自伝がドラマ化 全国放送されてから
2020年2月に対談インタビュー。

対談映像は、こちらから再生。

山里亮太さんに賞賛していただいた。

社会的弱者から下剋上し復活の象徴へ、
成り上がった キセキ 生きざまを世界へ。

健康美と音楽と自然を愛する物語。

⭐ゾンビの語源と歴史を調べた。

🌻本当の名前の意味は優しく自然愛だった。
🇯🇵全国ニュース🗾ゾンビ特集より🎃↑

☀ザンビ(アフリカ自然愛の太陽神)+
🌕ズンビ(奴隷解放軍のリーダー)=
🎃ゾンビです。☀☯🌕(本当の意味)

ハロウィンに愛され偶然に
ハロウィン月 10月7日に生まれた。

ぼくと母。

いじめられ不登校な引きこもり真面目くんが

新しいことを学ぶのが好き。

好きなことを探す人生という旅が好き。

人生ドラマ化で闇底からNHK主演した奇跡。
https://youtube.com/watch?v=wMI129xD1Yo&si=-dKeQ7CQ3QcGpkPe

映画ゾンビ商店街 助監督&出演から
実話ドラマ本人主演ゾンビでもいいですか?へ。
「ゾンビ映画」×「人生」で変化が生まれた。

🎃ハロウィン復活文化を伝え復活の象徴へ。
⭐映画えんとつ町のプペルPR。

USJに許可いただきゾンビ姿で撮影(夏)。
株式会社NISHINO 現CHIMNEY TOWN
元インターン生 だーくんとZOOM対談。
(現在はライブ配信で活動。)

楽しく生きるために、母のために、
西野亮廣さんとハロウィン文化がくれた
生んでくれた勇気だから楽しむ。

与えてくれた人たちと生きるために。

(映画えんとつ町のプペルPR活動)

ハロウィン文化を愛するため勇気をつかう。

『ありのままを愛する人生。』

映画えんとつ町のプペルPR活動にて。
山形県 各地で撮影スタッフ&マスコット
2週間で約7000組と記念撮影。

「人間は、生きて愛するだけでステキ。」

山形の観光名所へ全国の友人を案内。

💬「僕は愛するためゾンビにも成れた。」

いつのまにか日常生活もゾンビ姿で。

💬「いじめられっ子がゾンビへ。」

西野亮廣さんの地元
兵庫県 川西市のカフェにて撮影。

家庭崩壊した人生から
愛するために生きぬいた。

YouTube番組「毎週キングコング」ディレクター
「イシヅカマコト」さん撮影。

傷だらけでも癒されて愛されて
生かされて生きる。

地元 山形県 新庄市。
東北初CANDY山形を企画して起ち上げた。
映画えんとつ町のプペルPR活動
CANDY山形で地元の駅を映画ポスタージャック。

TV番組で町おこしゾンビ企画を伝え優勝。

トミー監督作品ゾンビ商店街。
企画大会で優勝記念に
人生の生き様がドラマ化され全国放映。
元不登校から下剋上してNHK初主演ドラマ化。
再放送も全国へ2回していただいた。
笑うのが好き…愛して生きるのが好き。

人生が奇跡的に実話ドラマ化された。
https://youtube.com/watch?v=wMI129xD1Yo&si=-dKeQ7CQ3QcGpkPe

 夢のようにTVで初主演してから、
愛して遊んで学び生きることが、
自分を演じることが仕事に変わった 。

えんとつ町のプペルをPRしながら全国へ旅。

💬愛されたくて弱くて
一人では生きられないから助けてもらう。

東京キネマ倶楽部前で「イシヅカダチ」
「イシヅカマコト」さん作品集。

💬助けてください!。

映画えんとつ町のプペル公開直後に
西野さんのファンの方にギフトされ
映画&舞台挨拶を鑑賞し作品に感謝。
(ファンの方に激写されていました。)

💬社会的弱者を救いたい。
愛して愛されたい。
だから僕を見てください。

痛みは超えれば、、
愛に変えられると地獄楽で知った。

バカ正直に何度も信じて、
人生ゲームを勝ち上がった。

愛して楽しみ生きてサバイバルから復活。

「愛して生きぬいていく。」

「死ぬことをわすれた、
わたしは愛するゾンビくん。」

「愛するゾンビでもいいですか?。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゾンビのように復活できた人生の実話。
海藤 拓存美(ゾンビ)を知るまで。』

(※更に、もっと知りたい方は、
人生の復活のドキュメンタリー
暇つぶしに、のぞいて見ませんか?)

ここから先は知りたい人、限定。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

■はじめに■

「ハロウィン」という偶然に愛され
ハロウィン月の10月7日に生まれました。


いま生きていることが不思議で
生かされてる偶然の奇跡の連続に
人生に僕は心から感謝しています。

人に支配されずに自由に。
泣きわめいても
あきらめずに 前に突き進んだ。

まるでドラマのような
多彩な喜劇なピエロな人生。

生きぬいて世界へ。


ただ明るいわけでもなく、
ただ暗いわけでもなくて、

人の悲しさを分かっていて、
どん底も経験していて、

それでも周りに笑顔を振りまき、
 
周りの人を太陽の花のように
自然の歌声のように星空のように
人に寄り添い照らして癒やす。

笑顔にすることができる人。

世界のスターに
ゾンビくんは存美に成る。

■目次&あらすじ■

(約10分で読めます。)


◆第一章◆〔幼少期〕
名前の由来は、自分の人生を開拓するように"拓"と命名。
親しい人からは、「タク」より言いやすいから「タック」と呼ばれる。

誕生日

①笑顔がとりえ大人しく気弱で真面目。

🎥幼稚園の入園式。

自然を観察するのが好きな男の子。

🎥母親と一緒に。

🎥大好きな おじいちゃんと一緒に。

父親代わりの「じいちゃん」が大好き。

🎥おばあちゃんと一緒に玄関で。

笑顔は、めちゃくちゃホメられる。

②幼稚園のお遊戯会。
毎年お世話になっている。
市民文化会館のステージに初めて立つ。

目立つのが好き。

◆第2章◆〔小学生〕

③泉田小学校に入学。

🎥ばばちゃんや親戚と一緒に
ひいばあちゃん=ばばちゃん。


④真夜中の悲劇
父親に暗闇で雑木林へ''捨てられかける"。

⑤強豪チームで サッカー を始める。

⑥人生の恩師 福澤先生 に出会う。
小4で本格的な自我の芽生え
授業で手をあげ発言し始める。

⑦サッカーの転機。
強化選手の選考試合で脱臼骨折の大ケガ
救急車で運ばれる。

⑧勉学で台頭し始める。
えんぴつ字コンクール金賞 小学校2年生。

⑨強豪サッカーチームでベンチの毎日。
スポ少では相反して苦痛の日々。

⑩父親の家出。
出稼ぎ労働者として遂に父親が家出
約10年間いなくなる。

●母子家庭みたいな生活開始…。

⑪生徒会長になる。
先生にスカウトされて始めた生徒会。
遂に小学校の学生運営のリーダーになる。
(学校代表で3泊4日の沖縄研修旅行へ。)

真ん中のオレンジが僕。
沖縄空港にて撮影。
卒業式。

◆第3章◆〔中学生〕

⑫萩野中学校に入学。
●部活選びに悩む。
●勉強は学年上位を突き進む。
●何回かテストで学年1位になる。

中学校の入学式。

⑬人生を殺された中学時代。
心が殺され そして生きかえる。
ある意味で 復活ゾンビ人間 の始まり。

⑭出る杭は打たれる。
目立ちたがり屋の宿命
イジメという名の"学生犯罪の被害を学ぶ"。

⑮うつ病になり自殺未遂しかける。
●中学校1年生


⑯中2の始業式で意識を失い 倒れる。
一年間は、イジメに耐えながら、
母親に求められるマジメくんを演じ頑張る。

⑰不登校になり闇を知る。

人生設計の崩壊、生き地獄の始まり。

⑱暗闇だけの不登校の初期。
約1週間は暗闇しか記憶がない。

⑲恩師の福澤先生の言葉に救われた。
「拓は、拓のままでイイ。」

⑳気晴らしに母の実家へ数日間滞在。
人目から解放されに村へ、ぼくの夏休み。

㉑相談室へ別室登校を実現…地道に前へ。

㉒再びテストで 学年1位 に。
別室登校中に合計475点 平均95点を達成
自己最高を記録して学年トップへ。

㉓経験を生かして自分開拓する中3生活。
教室復帰から打ち勝った一年間。
文化祭で指揮者をしたり踊ったり躍動。

文化祭で指揮者。
卒業式。
卒業文集。

◆第4章◆〔高校生〕


㉔地区2位の進学校へ進学。
不登校が色々と影響する。

㉕氣晴らしに勇気を出してサークルへ。
「ちゃれんこ」で踊り始める。
恩師たちが創った。
ぼくの命をつないだ表現遊びの居場所。

㉖家出中の父クレーンに巻きこまれ大事故。
高校合格の知らせと同時期、まさに光と闇。

㉗母が父の借金の肩代わり。
約300万の肩代わり開始。

㉘社会からの脱落に思い悩んだ高校時代。
ひいばあちゃんに癒やされる日々。

ばばちゃん と ばあちゃん。
隣に座り毎週TVで仮面ライダー見てた。


㉙ダンスサークルも丸2年間も参加休止。

㉚留年留年…。
普通じゃない疎外感や孤独感の闇。

㉛街中に出かける練習。
真夜中のマックスバリュへ月2回。

㉜ダンスサークルへ復活して復帰。
サークルの恩師 樋口さんから、
年賀状で誘われて復帰。
ちゃれんこが居場所…生きがいに。

㉝弟が高校から不登校に…。
我が家の家庭崩壊の本格的な始まり。
不登校とはアリ地獄の修行だ。

㉞国のテストに一発合格!高卒の資格取得。
定時制に4年間も通うか悩んだすえ、
一年間で高卒認定試験に合格する。

◆第5章◆〔20代前半〕


㉟2011.3.11 東日本大震災。
震災の津波の影響で…
天敵 父が千葉から山形へ家に急に現れる。

㊱築 50年超え 貧困化した実家でのリアル。

老朽化した家。
田舎あるある土地は広い。
家庭崩壊してからは、ほぼゴミ屋敷。

●アブが飛ぶ、ぼっとん便所。。
●シャワー無しのタイル風呂。。
●毎日出るネズミ被害。。。。

母は大変な中、僕を生かしてくれた。

●スーパーの惣菜の責任者の母。
●月23万の給料で家族4人を守る母。
●劣悪な家から仕事に追われる母。

㊲弟から兄へ八つ当たり家庭内暴力の被害。
月に一回 暴れられる。
※弟も不登校&家庭崩壊&不条理の被害者。
包丁や刃物類は命を守るために隠す。
何度か部屋も荒らされる。

母は仕事に追われゴミ出しに行けず、
だけど僕は弟におびえ部屋から出られず、
どんどん台所がゴミ屋敷になっていく。

命を狙われる生き地獄は
DVシェルターへ逃げるまで8年間も続いた。

弟に部屋に殴りこまれ荒らされた時の写真。

㊳開き直り銭湯生活を開始。
入浴中に弟に殴りこまれたトラウマで…
出かける前の銭湯生活は5年間続いた。

街中や人前に出る前だけ通った。

㊴1年間 遅れて 自動車免許 取得に成功。
同級生と顔合わせたくなくて1年遅れた。

㊵初めてハローワークに挑戦する。
職案ハロワへ行くのも精神的に高い壁。

㊶21歳にして 初めて働く お金を稼ぐ。
大卒年齢を前に挑戦する。
サッカー日本代表 中澤佑二さんの
NHKドキュメンタリーに感化されて。

㊷親友を手伝う農作業のバイトを開始。
お盆や彼岸に供える仏花
竜胆(リンドウ)の栽培。
アダチくんの花畑で。

花言葉は悲しんでいるアナタを愛する。

㊸市から嘱託職員として雇用され働く。
面接にも合格して初めての1年契約。
樋口さんから進められて行動。
糸をつくる国の元 養蚕施設
エコロジーガーデンと生きるために。
吉野さんやゆうみちゃんに初めて会う。
(※荒くれ者の現場監督と公園管理する。)
初就職を社会人生活を守るため、
死にものぐるいで苦手な力仕事で働いた。

ヤンキーや現場仕事は やはり苦手。
脅迫労災を隠ぺいされ2か月で倒れ辞職。

◆第6章◆〔20代後半〕

㊹心機一転 救われて。親友のお手伝い再開。

㊺パソコンの職業訓練を学びにPC学校へ。

◆第7章◆(開拓者として。)

㊻生きたいように好きに素直に生き始める。

ダンス公演。
子どもたちと表現遊び。

㊼スカウトされ 演劇 を始める。
山形県版の演劇アカデミー賞で、
演劇大賞 を受賞した
「土に叫ぶ人 松田甚次郎」主演
恩人 松田直也さんに誘われて舞台活動。

花巻市 & 新庄市 共同事業。
宮沢賢治を世に広め発掘した松田甚次郎。
農村から堀江貴文さんみたいな
開拓活動をした地元の偉人。
大舞台前の楽屋。
クラウドファンディングも成功した大舞台。
海藤拓(左)と松田直也さん(右)。
初舞台の稽古。
演劇ワークショップ。
初舞台へ。
初舞台では父への愛憎を打ち明ける役。
人生にリンクする運命的な初舞台だった。

◆第8章◆(人生はエンタメだ。)

西野亮廣エンタメ研究所に加入 行動開始

仲間たちに助け育てられた。
古民家カフェ「のくらし」さんで お手伝い。

生きる道しるべを教えてくれた人。
キングコング西野亮廣さんへ。
感謝を伝えたくて知られたくて行動。

東北初となる
西野亮廣 山形支店の喋り場、
CANDY山形を企画して起ち上げた。

マスコットとして全国へPRして繋げ
共同管理しながら育ててもらった。

実家から脱出して3LDKの空き家に移住。
DVシェルターとして安全確保された。
家賃無料やササニシキ米300kg
将来へ投資していただきました。

ゾンビハウスとして有名になり、
好き勝手に住まわせてもらい、
「初めての」一人暮らしを学んだ。

町おこし映画作りや、
やりたいことを素直に、
見切り発車でやって挑戦した。

🎥ゾンビ復活人生が始まった。

YouTube映画「ゾンビ商店街」。

キングコング西野亮廣さんや
ホームレス小谷社長に会った。

スタッフとして講演会に参加した。
飲み会でも賢くて優しく情熱的だった。
付き人の小谷社長は面白かった。
CANDY山形つくります。
また夢が動き出した。
映画で助監督もした。

町おこしゾンビ映画に出演した。

最初に登場する役。
カメラテストのリハ。

▼地元テレビ局に密着取材された。

TBSの全国ニュースで大特集された。

自主映画の完成披露試写会に参加した。

NHKの企画対決で優勝する奇跡が起きた。

弱さを素直に話して人生は変わった。

初めて主役俳優としてTV撮影に参加した。
優勝記念に4日間ドラマ撮影し初主演した。

太陽と自然に恵まれ生かされた。
雨があるから人生に多彩な虹がかかる。

撮影で奇跡的に幸運な貴重な出会いをした。
世界一の特殊メイクアーティスト
Sato Kenjiさんにメイクしてもらった。

空や星が好きだ。

初主演ドキュメンタリードラマ
「ゾンビでもいいですか?」。

NHK総合1
金曜ゴールデンタイムにて

11月29日 金曜日
夜8時から9時まで放送。

裏番組が有吉さんやマツコさんや
SMAP 中居くんだなんて、

ほんとに改めて奇跡的な体験の始まり。

様々な紹介もしていただき感謝。

ぜひ録画してお楽しみくださいませ。

「ゾンビでもいいですか?」は、、

傷だらけの人生を
傷だらけの姿を超えて伝えて、、

■いじめられっ子
■不登校 ひきこもり
■家庭内暴力 被害者

僕と同じような経験をして
今は まだ
社会から見て見ぬふりされてる人たちへ

「ありのままでもいいですか?」
ありのままを信じる勇氣。

人生の生きざまと意志を込めて
初主演させていただきました。

ありのままの人生。
アナタもボクも ありのままで良い。

在りのまま存在する美しさ=存美だ。
生存して生き抜くことが奇跡に成る。
ボクはボクらしく優れるな異なれ。

「ありのまま 生きていいですか?」
「 ゾンビでもいいですか?」

生きてて いいんだよ。大丈夫だよ。

(あらすじ終わり。)

■🌞SNSは、こちら。
✿インスタグラム
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https://twitter.com/KaiTAKUsha186cm

作者より■
ありのままの
人生の物語を読んでいただき
心よりお礼申し上げます。
ここまでは、実は、
ダイジェストであり、あらすじです。

ここから先は、もっと さらけ出して、
引きこもり時代や、
不登校からの人生ドラマ化まで、
映画のような多彩でアートな人生
ありのままに書きました。

『ゾンビでもいいですか?』
(True STORY)
映画の主人公みたいに生き続ける
本編の始まりです。

アナタは、本編を何分で読めますか?
ぜひ お楽しみください。

生まれたからには、
もっと楽しく愛して生きます。

■ゾンビでもいいですか?

◆第一章◆(幼少期)

笑顔が取り柄で、
大人しく気弱で真面目な幼少期。

市の幼稚園に入る。
家が隣の幼なじみケンタ君と
同学区内のヒカル君と3人組の友達になる。

階段の踊り場で密かに
仮面ライダーごっこにハマる。
動物と化学と調和🐇🧬仮面ライダービルド

なんだかんだ "カッコイイものが好き" 、演じて魅せるのが好きな原点の前ぶれ。

大のおじいちゃん子長男なので溺愛され、軽トラについて周り、家の田んぼのおたまじゃくし達と良く遊ぶ。

細マッチョで94歳まで生きた「海藤正明」

頑固な祖父と不仲な荒くれ者の父。
家族と父は"家庭内別居"。
父が家にいない時のほうが
"安心して過ごせる"日常。

食事の時に、たまに家に上がる父。たいてい家に来る時は機嫌が悪い。食器を割ったり、大音量のテレビで威圧する。

父が家に来て機嫌が悪い時は、2階の祖父母の部屋に避難して、おびえながら寝る。

母親も父が荒れてる日は、離れの二階の父に起きているのを気づかれないように、部屋の電気を消して暗くして常夜灯の薄明かりで過ごす。

笑顔は、めちゃくちゃホメられる。

幼稚園のお遊戯会で
今は毎年お世話になっている
市民文化会館のステージに初めて立つ。

◆第2章◆(小学校に入学。
初めての担任に"字を見いだされ"抜てきされ、放課後 個別で作展へ特訓する。えんぴつ字で特選の金賞をもらう。

気弱だったから、、、近所の女の子に、学校で軽くイジメられる学生生活。。

●父に雑木林に捨てられかける。

また家に来て機嫌が悪い父、怖いから2階の祖父母の部屋に避難する。

階段下の父から怒鳴られ呼び出され、泣きながら1階へ。

母と弟と一緒に機嫌の悪い父の車に拉致られ、車で30分くらい離れた…人けの無い農道脇の雑木林に連れて行かれる。

ドアを開けられ砂利道の上に立たされる…。

周りは人けの無い森みたいな雑木林…

本当に怖かった、、、まさか… ここに一人になるのか。。

寸前で母に手を引かれ車の中に救われる。

●サッカーを始める。

幼なじみ達がサッカースポ少に加入したのをきっかけに、サッカーを始める。

足が遅く、どんくさいからミニゲームでキーパーになり、何気なくボールに飛びつきダイブしたらコーチに見初められ、高学年チームの練習にキーパーで参加。

小4までは強豪サッカースポ少で、レギュラーチームの正GKとして活躍する。

●人生の恩師 福ちゃんに出会う
自我の芽生え

小4にして初めての男性担任教師。ダンス好きな福澤先生にダンスを教えてもらう。

👺民話語りダンス倶楽部🍃
🐉黒龍のTシャツを着て好きな子と踊った

初めて人格形成として自我が芽生える。目立ちたがりやで調子乗りな真面目くん。

●サッカーの転機。
地区選抜の選考会で初の芝生のピッチでスベって転び脱臼骨折、救急車で運ばれる。

完治まで3か月間 休養してる間に、幼なじみのヒカル君の持ち前のフィジカルが開花する。

3か月間の休養中にヒカル君が正GKとして活躍してポジションを奪われ、補欠のサブGKになる。

●勉学で台頭。

サッカースポ少の挫折とは正反対に、小5で生徒会にスカウトされる。

●スポ少では相反して苦痛の日々。

同学年のチームメイトが11人いた。正GKのヒカル君とフィールドプレーヤーの同級生9人は、毎回レギュラーとして出場。同級生みんなが出場する中、サブGKの自分一人だけ毎回ベンチ生活…、なんとも言えない疎外感の日々。いつの間にかヒカル君は地区選抜の正GKになり、実力差は歴然、歯が立たなかった。

毎回キーパーグローブは丁寧に手入れをして、生真面目に練習に足を運ぶが…出場が叶わない日々…。

東北大会に出場…活躍するレギュラーの同級生たち…。強豪ゆえ各地へ遠征の日々、、同級生の中で たった一人だけベンチの切ない日々。。メンタルが疲弊していく…。

●父の家出。
世代交代するべき時期に父に農業方針を任せず譲らず、頑固にやり方を貫き通す祖父。父と祖父との不和。頑固な祖父に嫌気が差して、出稼ぎをきっかけに、ここから震災の年まで約10年間、家を捨てて…出た父…。

●生徒会長になる。
勉学は優秀だったため、小6で生徒会長に抜てきされる。文化祭や駅の広場で主役の若殿様役を演じたり、学校代表として地域交流事業で沖縄旅行に行ったり、(親友の一人、アダチ君と偶然出会っていた)躍動感ある日々。

真ん中のオレンジがボク

スポ少での切ない日々とは闇と光のように相反して、生き生きした学校生活。

(小学校 卒業式)

◆第3章◆(中学入学)

小学校からの勢いそのままに学級委員長になったり目立つ。入学式の時に前の席に居た、他学区から来た親友ケイ君と中学の初めて友達になる。

●人生を殺された中学時代。

【出る杭は打たれる
イジメという名の"犯罪被害に遭う"】

※イジメとは、
脅迫罪 窃盗罪 器物破損罪 暴行罪
等を総した"犯罪"の俗称である。

学校という"聖域"の中で"隠蔽され逮捕されない重罪"。加害者たちは一時の若気の至りで片付け、(消化して笑)成人後も犯罪歴を隠蔽して、のうのうと悠々自適に普通に生きるが…被害者家族は、家庭崩壊を始め
"苛烈な生活の犠牲"になる。

目立つがゆえ他学区から来た同級生に目をつけられ、イジメられる。苦痛ばかりのサッカースポ少を経ていたから、部活選びに迷い、期限当日の朝…出かけるギリギリまで布団の中まで苦悶(くもん)するが、出来上がっていた友達付き合いや現状維持を選択する。

部活選びは失敗に終わる。

悲しくもクラスでのイジメと同時進行で部の先輩からも部活でイジメられる。

●12歳で「うつ病に」自殺未遂しかける。
部活のイジメも拍車をかけストレスが限界だった…無気力…病院に連れてかれたら鬱病だった。

病名が付けられ病気だと分かり安堵し、ボロ泣きした…。

病院に行く走行中の車の車中、母に言われ書いた症状のメモ書きを手にしながら、ぼーっと無気力で衝動的にドアに手を伸ばし、道路に身を投げだそうとした…

ドアに手を伸ばした瞬間に瞬間的に脳裏に映像がよぎった…ハッと我にかえった…俺 今 死のうとしてた。。(今ならわかる、俗に言う自殺衝動という「うつ病の症状の一つ」だったみたい)

その日 鬱病と診断されたあと、病院の食堂で
母に勧められラーメンを食べたが、温度を感じるだけで笑、不思議なことに味を感じなかった。。

立ち上がるだけで鉛の様に重い体…鬱病は大変だった。休部しながら、夏休み前に長期休みをもらい、なんとか回復して学校へ。

生活の支え原動力は…"優等生としての自覚"だけ、クラスでイジメに耐え、部活でもイジメに耐え、ただひたすら勉強するのみ。。

一年間は耐えられたけど…

●中2の始業式で倒れる。

クラス替えが決まり、イジメ主犯とまた同じクラスだった…

教室 移動で机を運ぶ前の待機中に、、クラスメイトみんなの前で言われた…

「またお前をイジメてやっからな」

さすがに限界だった…始業式の練習の時間
いじめっ子たちに囲まれストレスが限界に…
意識もうろうとなり倒れる。。。保健室に運ばれる。(その時 先生に言われ遣わされ、保健室に様子を見に来たのが、今も世話になっている親友のアダチ君という不思議な偶然、当時から世話になりっぱなしだな笑)

●不登校になる。
ただただ全てが恐怖で体から生理的に無理だった…約一週間くらい…当時の記憶は暗闇だけ

母親や先生に言われ、、被害証言をノートに書き殴った…

●恩師の言葉に救われた。
姉と同じように地区No.1の進学校に行き、大学に行き、恩師の福澤先生みたいに学校の先生にでもなるのかなぁと思っていた未来予想図が絶たれた…

なにせ不登校…人生終わったと絶望した…

母が呼び心配して来てくれた恩師、茶の間で弱るボクに

「タクはタクのままでいい…そのままでいいんだよ…」と言ってくれた。。。

泣きじゃくりながら…その言葉に救われた。。

●ぼくの夏休み。
気晴らしに人目から
解放されに母の実家の村へ


二三か月の完全な引きこもりを経て、、出かける練習に、近所の目から解放される母の実家の村へ2週間ホームステイ。なんとか出かけられるようにはなった。

●相談室登校を実現。
家の玄関から引きずり出されながら、、泣きわめきながら…じいちゃんの軽トラへ。全てに おびえながら、なんとか乗り…びくびく怯えながら、校門前まで行く。

何度か繰り返し、、ようやく…相談室登校を実現。授業中で静まった生徒が誰一人いない玄関から、廊下を通り過ぎ、相談室へ…おびえながら駆け込む日々。

ドアにもブラインドで間仕切り。カーテンも全て閉める。授業の合間に廊下を行き交う生徒の音に、びくびくしながら毎日過ごす。

被害者のボクは不登校…そんな時 加害者のサッカー部は平然と飛行機に乗り旅行を楽しみながら全国大会にいっていた…

●相談室登校時にテストで自己最高得点。

相談室登校で、先生たちも合間を見つけての個別指導なので授業内容は遅れ、みんなより遅れ、ようやく追いつき、定期テストの規定日より二三週間遅れのテスト、みんなと同じテストを受け、まさか その結果が、相談室 登校中に"自己最高の成績"を達成。

5教科合計475点で平均95点ぴったり。

今までテストで何度か学年1位にはなっていたが、なんか1番嬉しかった。

●中学3年 教室復帰 打ち勝った1年。

ぶっちゃけ、軽くは またイジメられた。

だけど思いきって反撃して、意思表示した。サッカー部のエースで司令塔10番のキャプテンを、殴ってみた。初めて殴ったから空振って かすっただけだったが、、相手の見る目が変わった。

勉学も優等生気質から解放され、適当に勉強するように、気楽になれた。

文化祭で有志リーダーとしてダンスしたり、合唱祭で指揮者して大賞獲ったり、なんだかんだ楽しめた。

●不登校も影響し地区2位の進学校へ合格。
受かればバンザイ。だけど万が一落ちたら…滑り止めで行く高校がイジメてた極悪な裏の主犯格、Oが行く学校と同じ高校…

今やイジメで名の知れた滋賀県大津市、世間をさわがせた滋賀県大津市の一大事件があった時、イジメ=大津市と報道で毎日毎日イメージが流布された。イジメ=大津市とテレビで連呼されてるとき、加害者である彼は…自分の名前の響きが何度もワイドショーから流れ、同じである偶然、奇しくもイジメ事件で自分の名前を連想させられる、この偶然に、彼は何か考えただろうか…)

受ける前から ハラハラしたくなかった…

仕方なく安全を考慮して ランクを一つ下げ、確実な地区2位の進学校を受験して合格。大親友のアダチ君と同じ高校へ。

●恩師たちが創ったサークルで踊り始める。
(表現遊びダンスサークルちゃれんこ)

不登校とか色々あったが…誘われてダンスが やっぱり好きだから、楽しいから始めた。

●家出中の父が大事故。
(高校合格の知らせと同時期)

出稼ぎ先の場所は、家に父から届く郵便物から千葉だと判明していた。

高校の合格発表の数日後辺りに、父親が建設現場のクレーン事故に遭う。工事現場でクレーンから鉄骨が降ってきたらしい。重度の腕の複雑骨折になる。

それから父は、住んでいる地域、関東の病院に通い、関節にボルトを入れたり、手術を繰り返すが、片腕は不自由になり、障害者認定を受けた。そして父は働かなくなる。(曽祖父や祖父との不和や愛情不足や不運の不条理、ある意味 父もカルマの被害者。)

●借金の肩代わり。

前の出稼ぎ先で、父は同僚知人の保証人にサインして騙された。結果的に数百万の借金を肩代わりさせられ、その肩代わりは、結局は父が母に催促して背負わせた。捨てた家庭に…母に…借金を押しつけた。完済まで数年間、 母に払わせ続ける…。

この頃から父の借金肩代わり問題で、家の家計は衰退していく。おかずが、ササミのフライだけだったり、徐々に貧しさを感じる引きこもり生活だった。

家庭崩壊の序章。

●思い悩んだ高校時代。

中学時代の古傷がフラッシュバックして、実際 高校に通えたのは1か月半だけだった。

最初は弓道部に入ったが、堅苦しさから本当はサッカーがやりたいと思い、サッカーがやりたくて転部した。

高校生活はイチから楽しめるんだと、サッカーだって、イチから やり直せるんだと意気揚々と考えていた。だけど人間関係は、甘くなかった。

地域の審判講習会でイジメ主犯格が通う高校も来る…と…、もしかしたら会うかも…、

ささいな きっかけで歯車が狂い、過去の記憶がフラッシュバックして、古傷が再発して不登校になった。

高校は留年制度がある…

教室復帰するために、夜中の学校に慣れるために、人けの無い夜9時の校舎に、二三回頑張って練習に通った。

留年が決まった時…一緒の高校に進学した親友や…新しくクラスメイトになった同級生と…
一緒に進級出来なくなったのが切なくて申し訳なくて…悔しくて…練習に夜の教室に見納めにいった時(既に留年が決まっていた)担任と泣いた。

●気晴らしも気まずくて丸二年休んだ。
(ダンスサークルちゃれんこ)

●留年留年…普通じゃない疎外感と孤独感。
近所の目や人の目 世間の目が怖かった。
またガチな引きこもりになった。

●街中に出かける練習。
(真夜中のマックスバリュへ月2回)

近所の目や人の目 世間の目が怖かった。
また引きこもりになった。

社会が目覚める前、朝4時くらい、たまに気晴らしに無人の庭に出て、朝焼けの空を見て救われていた。

同じ高校に在学してるから気まずくて、申し訳なくて、アダチ君とは3ヵ月に1回会うくらいだった。

ずっと家にいて暗い日常の中、違う高校に進学したケイ君は、ボクが不登校であるにも関わらず、気さくに家に呼んで連絡をくれて
、週1ペースで遊んでくれて、支えてもらった。おじいちゃんが毎週 軽トラで送迎してくれた。

そして二三か月に一回、母も気を遣い、気晴らしに遠出させてくれた。人目が気になるから、新庄市から出るまでは後部座席にかがんで隠れ、人目を社会を気にしながら、2時間ほど離れた、近所の人目から解放されたイオンへ。つかの間の気晴らしと娯楽だった。サッカー雑誌を見たり、NARUTOのマンガ本を見たり、家電や携帯電話の模型を見たり、楽しかった。

数回 遠くに出かけ、ようやく街中に慣れてきて、、近所でも出かける練習。。
夜10時 閉店間際の 人けの まばらなマックスバリュへ。

当時は好物のアイスを買うついでに、社会に慣れる出かける練習。。人目に慣れる練習として、月二三回出かける。

他県なら気楽だから、気晴らしに、姉が大学で住んでた仙台へ、1週間くらい遊びに行ったりもした。背が伸びてて姉に驚かれた。

●気晴らしダンスサークル2年ぶりに復帰。
(サークルの恩師 樋口さんから
 年賀状での声がけ誘われ一念発起)

誘われ きっかけをもらい、心臓バクバクさせながら普通の高校生のふりしてダンスサークルへ復帰。

今では、中学から入り高校 社会人を経てスタッフもして、生きる楽しみ 生き甲斐、いわば本質的なホーム、居場所 です。

●弟が高校生になり不登校の蟻地獄に。
(我が家の家庭崩壊の本格的な始まり
(不登校とは社会ではアリ地獄だ

吃音症の弟は小さい頃から、対人が苦手だったらしい。それに加え兄が不登校であることを からかわれたりして、当時は大人しかった弟は、中3の文化祭辺りから、しばしば休みだすようになり、不登校し始める。

弟は高校に合格するが、制服の採寸からサボり、入学式すら休み…入学した高校を初日から全て不登校する。(彼も、また家庭崩壊の犠牲者だ。ごめんなさい。)

あれほど不登校は蟻地獄だと説得したのに
…兄を真似る形で不登校の蟻地獄に踏み入る。。

ほんとの家庭崩壊の始まり。

●高卒認定試験(大検)一発合格。

定時制高校と迷った結果…便利な資格試験、昔で言う大検制度を見つける。

仙台の予備校に山形から高速バスで2か月に1回通う。

地道に深夜ドラマ(オダギリジョーの時効警察や北川景子 主演モップガールや堂本剛の33分探偵とか)を見ながら勉強を追い込みかけ、運良くマークシート思考にも助けられて、一発合格。

高卒の国家資格 取得しました。

●東日本大震災 急に父が現れる。

(震災の津波の影響で…
(天敵 父が千葉から山形へ家に急に現れる

千葉に居た父が、震災を機会に…捨てて出ていった家に、、いきなり現れ…車庫の2階にある離れの自室に居座り始める。。。。

ボクにとっては、自分を雑木林に捨てかけ、家にいる時はDVまがいの言動をする恐怖の対象でしかなく、ましてや捨てて出ていった家に騙された借金返済を肩代わりから背負わせ、家計を衰退させ更に貧乏した憎しみの対象。

蒸発中も度重なる虚言や脅しで、母や家庭を苦しめた毒親。

父の姿 顔すら見たくない。

成人してデカくなった息子の顔を見る権利もない。

千葉でホームレスでもしてるのが、家や家族への償い…とボクは思っているから、父を千葉へ追い返すために、親戚を集めて、本家である我が家の「親戚にすら知られてなかった父からの被害の事情を説明したり」親戚一同の前でボクが「土下座して助けを求めたり」…自分なりにもがいて動いた。

だけど親戚は動かなかった…

家庭裁判所の相談電話や県警の相談電話9110に頼り、自ら携帯から電話して、さらけ出して打ち明け、勇氣を出して相談したり動いたが、法から こぼれ落ちた家庭崩壊のレアケースは、警察的には大きな犯罪以外は動けず、毒親という犯罪は解決するのが困難で、父を千葉へ追い返すには、どうにもならなかった。

臭いものには蓋、見てみぬふり、それが親戚であり、身内であり"人間"だったと身を呈して心底ボロボロになりながら痛感した。

家庭裁判所に弱さをさらけ出して助けを求め、警察に弱さをさらけ出して助けを求め、合計4時間くらい電話したが救われず見放され絶望した僕は、泣き崩れ泣き崩れ…茶の間の畳の上に大の字に寝そべり、爪の先まで体はシビれ全身がストレスでマヒして石と化してミイラみたいにボロボロだった。。。。

●いくら辛くても腹は減る。
●家族や仲間は自分で選ぶと決めた。

TVには、NHK大河ドラマ龍馬伝に主演している福山雅治のドキュメンタリー、カメラ片手に世界中の自然を撮影にいっているNHK自然特別番組が流れていた。テーマソングとしてドラえもん映画主題歌「生きてる生きてく」も流れていた。世界を舞台に自然を楽しんでいる華々しい大河ドラマの主人公であり歌手でありアーティストなスター福山雅治を見て、家族に絶望した僕は、家族は世界中から地球から自分で好きな人たちを選び、世界中の人たちと家族になろう。常識なんて卒業して、自由に世界を生きようと涙しながら決めた。

●初めてボロ泣きしながら飯を食べた。

(食べながら、「涙しながら飯を食べたことがあるやつは強い」という名言を思い出して、今まさにだなって何故か心強く成れた。)

●弟から八つ当たり 家庭内暴力。
(築50年超えの古い木造住宅で)

老朽化した家、田舎あるある土地は広い、家庭崩壊してからは、ほぼゴミ屋敷)
アブが飛ぶ ぼっとん便所。
シャワー無しの壊れたタイル風呂。
毎晩出るネズミ被害。

母は大変な中、僕を生かしてくれた。
(スーパーの惣菜の責任者の母)
(月23万の給料で家族4人を守る母)
(劣悪な家から仕事に追われる母)

弟に月に一回 暴れられるようになる。
(※弟も
(不登校&家庭崩壊&不条理の被害者)

全て包丁や刃物類は命を守るために隠す。
(何度か部屋も荒らされる

(母は仕事に追われゴミ出しに行けず
(だけど僕は弟におびえ部屋から出られず
(どんどん台所がゴミ屋敷になっていく

弟も不登校の蟻地獄や、父が急に現れたことによる兄の父への反発行動、家庭トラブルのごたごたが重なり、ストレスのはけ口に、僕へだけ暴力をふるうようになる。

どうしようもない責任転嫁、現実逃避、八つ当たりである。

複雑な理由はあるが、根源的な理由は

「兄が不登校だから、俺の人生は、めちゃくちゃになった。全部お前のせいだ。お前が責任取れ。なんでお前なんかが生きてる。」という行き場の無いストレスの爆発。

「不登校不登校ゴミくずカス死ね」と、ボクが中学生で不登校だった当時、家ですれ違うたびに毎回、毎日毎日、イジメを経た不登校でボロボロな兄へ、暴言を吐き続けていた弟の現在。)

185cmぐらいあり太り、熊みたいな弟は、部屋の前に陣取り、扉をバンバン叩いたり数時間 威嚇して暴力と殺気を出しながら、居座り軟禁したり、たまに部屋に入って部屋を荒らしていく。

●家なのに家じゃない日々…。
弟が暴れるようになり家なのに家じゃない日々…父の言動におびえ息を潜め過ごしていた幼少期みたいに、今は弟におびえ、起きているのを気づかれないように、部屋の電気を消して、小さなLED豆電球の常夜灯の灯りだけを頼りに、「毎日薄暗い部屋で過ごして独り暗闇で弁当を食べ」日々…弟の暴力や動向に警戒して、地雷をさけるように、熊のような弟を刺激しないように「命を守るために安全対策で"無口で無音"で 数年間 過ごす…。。。

弟が機嫌が悪い時は、
「何でお前は
人並みの生活しようと出かけてる。。。。
今度出かけてるの見つけたらコロす…」
と八つ当たりされ、その影響で仕方なく、たまに予定がドタキャンになったり、日常的に
裏口から静かに外出したり、家に帰宅しても家や自分の部屋にスグに入れなかったり、命の安全のために、家への出入りが制限されるようになる。忍者のような隠れる生活。

自分の部屋に入るには、家の間取り上
 台所を必ず通る必要がある。

弟が飯食い作りに台所に起きて来ていて、弟が台所に滞在してたら、殺気立つ弟に遭遇する危険があり危ない。

台所の電気が消え弟が自室へ帰るまでの約1時間強の弟の食事時間に重なった時は庭の駐車場 車中で待機。

庭でアイドリングしてるのもエンジン音で街中へ出かけたのにも気付かれる。

スーパーの惣菜の責任者である母が職場から帰宅するのも22時(半額の商品を買って来れるから家計的にも食費は多少は救われている)。

弟も寝静まる0時過ぎなら家に入りやすいから、だいたい22時から24時まで、それまでの間、花農業バイトの仕事帰りやダンスサークル趣味帰りで外出した時も、すぐに帰宅しても、どうせ家に入れない…。

すぐに帰りたくないから、コンビニのファミマの駐車場やマックスバリュの駐車場で 毎回 約2時間、車中で休憩して、時間稼ぎしてから帰宅するのが当たり前になる…。

更に苛烈な生活になる。

(親戚へ助けを求めても人の不幸は蜜の味 なのか、臭い物にはフタなのか見て見ぬふりで見捨てるばかり…人間なんて 大半が冷徹で無慈悲で、当時は、そんなもんでした(泣)

💬ボクが男だから一人でどうにかしろ、、そういう風当たりなんでしょう…

💬実際 当事者の立場にならないと、この生き地獄は理解し辛いというか…

💬まあ実際 当事者の立場を体感しても、耐えられず大半が自死するでしょうね…と思ってました。

💬月一の暴力へ対抗しても反論しても、終いには、刃物を持ち出して来る野郎相手には、静観 忍耐以外 対策はなくて安全第一しかなくて、対応のしようがない…。

💬仮に例え話、ボクの性別を女性に例えると、過酷さが伝わるんでしょうかね。そうすれば字ヅラ的には、 「若い女性が身内の弟から、家庭内暴力DVされている…」

💬こういうパターンなら…社会や周りの大人は手のひらを返して…もっと親身に優しくしてくれるでしょうね。。。

💬他山の火事は知らんぷり…そんな世間だからこそ、、、お世話になっている方々には、本当に救われています。。

💬命を狙われる生き地獄は8年間も続いた。

開き直り銭湯へ通い始める。
(入浴中に弟に殴りこまれたトラウマで…
(出かける前の銭湯生活は5年間続いた。

💬ある時サークルに出かける前に、シャワーのない古い風呂に入っていたら、弟がキレながら、風呂に殴り込みに入って来て、浴室だから逃げ場なく裸で、殴ったり蹴ったり湯沸かし棒で叩かれた。

💬なんとか暴力をしのいだ。

💬身の危険を感じた。。

💬それ以来…家での入浴はハラハラしてビクビクで身の危険があり、トラウマになったから、無理になり…

💬開き直り、人前に出かける時は、お金はかかるけど…毎回 銭湯に通い始める。

●自動車免許 取得。
(同級生と顔合わせたくなくて1年遅れた

💬同級生が免許を取る時期からは、一年間ずらして遅れて、ようやく車の免許を取る。

💬一人一台が当たり前な、自動車保有率が全国レベルの山形県、田舎では必須のスキルである。

💬マニュアルは、事故りそうなレベルで、かなり下手くそ。

💬オートマなら安全に普通に運転出来る。

●ハローワークも高い壁。
(職案ハロワへ行くのも精神的に高い壁

💬不登校や引きこもりを経て、対人恐怖症 気味な性格もあいまり「みんなみたいにバイトしたい…」服やガジェット好きだから、ユニクロ店員とかドコモショップ店員とか、やりたい時期もあった…。

💬でも接客業とかやりたくても、精神的な後遺症も有り不特定多数は怖い、働きたくても 怖い。

💬なんとかこうにかして、だいぶ時間はかかったが、ハードルを越え、ハローワークに行き登録出来ました。

●初めて働く。
(大卒年齢を前に区切りをつけ挑戦する。
(サッカー日本代表 中澤佑二さんの
(NHKドキュメンタリーに感化されて。

💬対人の仕事は難儀だけど…農作物相手なら …なんとか相手出来る。

💬ダンス教育サークル代表 恩師 の地元ということも効き、「初めて働く場を提供するという優しさで」舟形マッシュルームの農業食品会社にパートで半年 有期採用していただき、

人生で初めて働いた。

●親友を手伝う。
(お盆や彼岸に供える仏花。
(リンドウの栽培。
(アダチくんの花畑で。

花言葉は悲しんでいるアナタを愛する。」

💬学歴がないと履歴書見られただけで、、書類審査止まりだったり、なかなか職探しに億劫な状態が続いていた時、花農家してる親友から

「花の仕事手伝って」

と声をかけてもらい、たまに手伝いに行くようになり、8月から9月の繁忙期だけ普通に手伝いするのが日課になる。

●市から嘱託職員として雇用され働く。
(面接にも合格して初めての1年契約。

(自然活動 恩師 樋口さんから進められて
 エコロジーガーデンと生きるために。

(これから人生の起点になる
(デザイン事務所代表の吉野さんや
(地域おこし協力隊の
(ゆうみちゃんやAyumuくんに初めて会う。

(※荒くれ者の現場監督と公園管理する。

(初就職を社会人生活を守るため、
(死にものぐるいで苦手な力仕事で働く。

(ヤンキーや現場仕事は やはり苦手、
(脅迫労災を隠ぺいされ2か月で倒れ辞職。

💬ダンスサークルに復帰する、きっかけをくれた恩師 樋口さん繋がりで、市役所の契約社員として、公園整備の管理人として、初めて1年契約で更新有りの定職に就き、生真面目さを活かして懸命に働き出す。

💬しかし、荒くれ者の老人と現場2人体制。

💬現場の初老上司が職務を放棄したり…

「何したらイイですか?
  仕事教えてください。」

何度頭を下げて教えをこいても

「教えない教えない。」
「言ったべ、アンタには教えないがらって、
自分でやるごど見つけて考えて。」

「自分の財産だがら、教えたら、俺の仕事 無くなるがら教えない。」
(スタートから、これでした。)

💬ましてや、職務中に暴言を平気で言ってきたり、スコップを投げつけながら怒鳴りドウカツしてくる犯罪まがいの荒くれ者で…極限のストレスに我慢しながらも…せっかくの定職だから、、、(泣)懸命に働く。

💬(あまりにも酷いモラハラ、暴言ばかりなので、証拠として作業内容予定や言われたこともメモしながら、合間を見て、被害例も忘れないようにメモしました。

💬大体時系列順に
心を殺された被害例を明記。

《4月2日》
💬仕事を教えてくださいと何度頭を下げても無視放置され…終いには、あの人は先に早退。17時 定時になるまで、約二時間、一人で何をするか考え、いろんな部屋を清掃作業。

《4月3日》
💬昼休憩中に高校どこを出たか質問され、過去を軽く打ち明けた…。

💬いじめ経験を打ち明けた当日に、まさかの人格全否定暴言。

「ろぐでもないヤロだから
 虐められて当然だわな」
「嫌われで当然だ」

《4月8日》

💬腹 蹴り上げられた。
「ヤロ虐めでやっか!」
(かついでる木の長板で)
「叩いて虐めでやっか!」
体へ向けてスコップ投げつけられる。

《4月9日》
💬役所上司含め作業小屋で、三者で立ち話 話し合い。悪気や反省、罪悪感は一切皆無。

「暴力だけはやめてください」と役所上司も居るから、勇気を振り絞り言った瞬間に

「これ蹴っただげだべや」と役所上司が居る前で即暴力、腰にある工具袋を蹴り上げられ足出された。

《4月22日》
💬役所の上司が様子見に来る。そして定例行事的に二人だけになってから態度一変、いきなり宣言された「あんたを育てる義務はないから」と。

《5月21日(木)》
(以下の証言は、5月21日に約1時間半の中で起きた出来事です。機嫌が物凄い荒れてた日。上司経験や教育経験ゼロでプレッシャーだったんだろな。それにしても良く数多の暴言 思いつくもんだわ。)

「オメなの、はやく辞めてもらってかまわない、オレが新しい人探して連れて来るから、あんた辞めて他のとこに行けばいいべや。」

「オメ辞めるの楽しみにしてるから。」

「オメのごと辞めさせてがらオレ辞めっから!」

「オメ辞めるの楽しみにしてっからな。」


「辞めていいがらな、明日がらくんなわ こねたっていい、今日辞めたっていい、今すぐにでも 帰ったっていい、ほら!帰れ。」

「オメなの生まれてこねば良かったんだ、
ヤロ!」

「オメ辞めるの楽しみにしてるから。」

「このヤロ!殺してやっか!」
「アソゴさ 埋めてやっか!」

「オメど違って色々知り合い居っから、
オメ 1人殺すぐれ、オメなの、オレの手かけずに、殺せんながらな、わがらねように、ほんてだがらな!簡単に殺せる。」

「オメみでだヤロ死ねば 親 喜ぶべ」

「ぶっ殺してやっか!」
「オメ殴って、警察さ連れでがったってなの
べづに良い!」


(また蹴られそうになり、一歩後ろにあとずさりして回避。)

嫌われで当然だ!」
「オレは、ともだぢ ながま居る、だがら、みんながら呼ばれる」
「オメなの 居ねべ、オメみってだな、呼ぶ人居ねべな!」


「オメみでだな、どごでも使わねべな!」

「アソゴに埋めてやっか!」

(ある日機転を効かせ、作業メモを取ってるふりをしながら、暴言を記録した被害証言は以上。今思えばボイスレコーダー機能で録音しとけば、事態も大きく動かせてただろうな。)

💬母や恩師や仲間や親友も、こんなに酷いめにあいながらボロボロに傷ついて、心をマヒして殺されながら、耐えて働いてるなんて当時は知らなかった。

💬サークル代表世話人の恩師Nさんも「就職決まって良かったな」と珍しく涙ながらに言ってくれてたのに。(わずか2ヵ月で辞職したのを報告した時は、祝ってくれた皆さんに申し訳なくて辞職報告メールに対しての優しい返事に…不登校以来 涙も枯れ…泣けなくなっていたが…一人部屋で珍しく声をあげて泣いた。)

💬加害者が辞めるのが筋…。だけど現実は
被害者が泣き寝入りを強いられた。

💬いじめ不登校を経て、今は弟からのDV家庭崩壊や、銭湯通い、身内親族からのゴミ扱い、そんな過酷な私生活の中で、ワラにもすがる想いでつかんだ役所雇用の定職。

💬されど、現実は悲惨だった。

💬経験や耐性がない普通の人なら一発アウトで自死してた。

💬一発アウトで自死するレベルの殺言。

💬既に3年の時効成立してるが…民事や刑事にもなる案件だった。

💬労働基準監督署にも相談しようと考えたが、市に迷惑かかるから断念した。

💬老人バイトの作業員と言えど…役所での面接を経て国民の税金から…公官庁所属雇用で役所名義で雇われている事実。

💬数々の暴動暴言は脅迫罪が成立している。

💬犯罪者を雇用するのは、公官庁雇用では法令違反だ。市の日々雇用法令にも、調べたら明記してあった。(当時、加害者を解雇するために必死で市の日々雇用法令を調べたら、違法だと明記されてた。)

今改めて振り返ると
良く死ななかったと思う。
あの日々は酷かった。

ほんと良く頑張ったよ。。

💬だが ある時に体の限界が来て…

💬同僚の先輩お姉さん Jさん から、、
「自分を大事にしたほうが良い…」

と説得され、開き直り目が覚め、市役所の上司カトウさんに辞意を伝え、退職する。。。

💬荒くれ者の老人にボクも役所の人も、それぞれ本当に酷い目にあった。不運だった。

💬ほんとは、"脅迫罪"行為をしてきた現場の荒くれ者を辞めさせてから、新しい現場の同僚を雇ってもらう形で改善対応してもらい、市役所雇用の定職だから続けたかったが…市役所の上司たちも…被害者の声をむげにして…、、

💬2人体制の作業員であり、教育係的な立場だった加害者をクビにして、また新たにイチから仕事のわかる人材を探し雇うのも手間だから

💬相談した役所の上司のKさんとKさんも大人の事情でウヤムヤにして、荒くれ老人は、そば販売の副業もしてたり、副業禁止のルール違反でも解雇出来たのに、、役所の上司は取り合ってくれず荒くれ老人の脅迫犯を擁護してクビにしなかったから…呆れて開き直り、被害者のボクが辞める形になった。。。

「おまえみたいなのは、生まれてこなかったほうが、親も喜ぶだろうな」とか

「お前を殺してあそこに埋めてやる」とか

「オレは警察にも知り合いいるから、
 お前を殺しても隠蔽してやる」

この被害証言を伝えても
 役所は動いてくれなかった…。

💬よくいる田舎のチンピラみたいな現場の荒くれ老人な同僚は…こんな卑劣な言動を平気でしてくる脅迫犯の荒くれ老人だったから…

💬被害届を出しに警察に行こうか…

💬真剣に調べ考えたが、、、
既に有名だったキトキトマルシェや
樋口さん達の自然活動が好きだから…

💬
市役所をたてて尊重して、脅迫罪の被害届を出すのは、寸前で…我慢して、市のメンツを守った。

●心機一転 救われて親友のお手伝い再開。
💬市役所の契約を諦め、辞職した次の日に、親友から、すぐに誘いの電話があり、それから ずっと、親友の花農家に雇ってもらい、一緒に季節バイトに働くようになる。

💬育てている花の花言葉

「誠実 正義
 悲しんでいるアナタを愛する。」


なんだけど 親友らしい人柄と花言葉だと心から感謝しています。ありがとう。

ありがとう。

●職業訓練を学ぶ。
💬一時は社会に当てはまるために頭脳労働を目指し、パソコンスキルを学びに、冬期休暇を活かして、ワードとか資格を取り転職を試みるが、そこは やはり履歴書ではじかれる。

●友の支えで我が人生に開き直る。

なんだかんだ
親友と一緒に働くスタイルに
意義と価値を見出し

花農業をきっかけに
100の仕事をなりわう
現代版 "百姓" を続けている。

●生きたいように生きる。

開拓者として生きたいように
開き直り生き始める。

💬
人生 "色々有り過ぎる" けど10代でドロップアウトさせられ…世間一般的な画一的な
色々な価値観から解放されているからこそ、、、ある意味自由に新しい生き方が出来ています。

素直に生きてさえいれば、
なんとか成ってます。

●演劇を始める。
(山形県版の演劇アカデミー賞で
(演劇大賞 を受賞した
(土に叫ぶ人 松田甚次郎
(主演を演じる
(恩人 松田直也さんに誘われて。

💬DANCEを 17年くらい続け、毎年 市の大ホールで公演を続け踊っていたら、スカウトされ誘ってもらい、演劇も始めた。

💬子供たちと遊び 教え過ごすDANCEサークル「ちゃれんこ」や、演劇や、楽しいことは、たくさんある。。生き甲斐があるから、
味方が仲間がいるから、、、今こうやって、楽しく生き抜けている。

💬さだまさしさんの名言で
「人生 生き抜いたもん勝ち」
て言葉がある。。

💬ボクは…やりたいことをやり、
人生開拓しながら
楽しく笑いながら愛して生きていく、
きっとずっと♪。

●人生はエンタメだ。

生きてさえいりゃ なんとか成る♪
今までも これからも
人生が証明してる(笑)

こんなボクでも生きてますから
みなさんも大丈夫です。

周りのみんなみたいに…
"恵まれた" "生ぬるい"
平穏な人生を
前までは生きてみたかったが、、

開き直り
自分は自分なりに
楽しくたくましく

人生を これからも
エンタメ化して生きたい。

現在は、仲間たちに助け育てられ、

万場町のくらしさんで
お手伝いしたことをきっかけに
ワークアズライフしながら、

一軒家の空き家に住まわせてもらい
初めての一人暮らしをしながら、

生きる道しるべを教えてくれた人
キングコング西野亮廣さんへ
感謝を伝えたくて知られたくて、

東北初CANDY山形を創りたく成り
やりたいことやってたら、

NHKの番組で優勝して、

ボクが初主演させていただき

ドキュメンタリードラマ
「ゾンビでもいいですか?」が

NHK総合1 金曜ゴールデンタイムにて

11月29日 金曜日
夜8時から9時まで放送されます。

ぜひ録画して
お楽しみくださいませ。

「ゾンビでもいいですか?」は
ありのままでもいいですか?
という意志を込めて主演しました。

ありのままの人生。
「ハロウィン」という偶然に愛され
ハロウィン月の10月7日に生まれました。


いま生きていることが不思議で
生かされてる偶然の奇跡の連続に
人生に僕は心から感謝しています。

人に支配されずに自由に
泣きわめいても
あきらめずに 前に突き進んだ

まるでドラマで映画のような
多彩な喜劇なピエロな
アートな愛ある人生

生きぬいて笑い楽しみ愛で世界へ。


ただ明るいわけでもなく、
ただ暗いわけでもなくて、

人の悲しさを分かっていて、
どん底も経験していて、

それでも周りに笑顔を振りまき、 
周りの人を太陽の花のように
自然の歌声のように星空のように
人に寄り添い照らして癒やして
笑顔にすることができる人に

世界のスターに
ゾンビくんは存美に成る。

ボクはボクらしく優れるな異なれ。

好きに愛して愛されて
ありのまま楽しく笑いあい生きてます。

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