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缶蹴り

Qちゃんへ

またさ! 缶蹴り。 やろう!







アタシは。

子どもの頃から、まったく勉強せず

暇さえあれば漫画を読んだり、外で遊んだりしていた。

缶蹴りにいたっては、中学生までしていた。

中学校三年生、近所の小学校の校庭で、日が暮れて何も見えなくなるまで缶蹴りをやっていた。

暗い輪郭の友達たちが、次々に「帰るわ〜」と帰りだす中、僕と、もう1人の暗い輪郭。

みんなから「Qちゃん」とあだ名がつけられていた、東海くん(Qちゃん)だけは真っ暗になっても缶を蹴っていた。

Qちゃんはとびきり頭がよくて、なんでも我が県で1番の高校に行くらしい。すごい。

アタシは県でピリけつの高校を受験するが、

Qちゃんとはなぜかウマがあい、よく遊んでいた。

そして受験の時期。

お互い違う高校になるということで、

「そっかあ、もう缶蹴りできんなー」

「いや大丈夫、高校いってもやろうちゃ」

「そうやな〜」

と会話をしていた。


そしてお受験戦争。


その春、

Qちゃんは見事に、スーパー頭いい高校に合格💮

そしてあたくしも、スーパーピリけつの高校に合格した💮


その時に、嬉しそうに

「国やった!!打ち上げ行こう!すき家奢るよ✨」

と自分のことのように喜んでくれた。

アタシも調子に乗り、

「まじお受験だった〜☝️マジ紙一重✨豚丼特盛でヨロピコ〜!」

と、はしゃいだ。


Qちゃんと遊ぼうと思うと、当時はまだ携帯電話を持っていなくて、連絡手段はもっぱら宅電だった。

相手の家に電話をかけるとだいたい親が出て、「〇〇くんいますか?」

とかわってもらい、そこから話すのだ。

今みたいな、LINEでポン みたいな便利機能はなかった。


高校に入り、部活にも入り、高校の友達もできた。

部活が忙しくなり、バイトも始め、なかなか連絡手段が難しいこともあって、

あんなに遊んでいたQちゃんとは、あまり遊べなくなっていった。

そのまま、月日は流れていって

高校三年生のとき、久しぶりにQちゃんから連絡がきた。

「ご飯食べにいかない??奢るよ、すき家」

2人で田舎の道を4キロほどチャリをこぎ、街に出て、すき家に入った。

Qちゃんが、

「国みたいにバイトしてないからあんまし金ないけど、なんでも好きなん食ってよ、今日は俺の奢りだからさ」

と ニコリとした。

その日、僕は誕生日だったのだ。

久しぶりの再会に会話がはずんで、そこからまたそれぞれの生活に戻っていった。


そして高校を卒業して、

東京に来て、3年くらいがたったとき。

田舎に帰って、久しぶりにまたQちゃん元気かな?と、宅電に電話をした。

「はい。東海です。」

いつものようにQちゃんのお母さんが電話に出た。

「もしもし、国崎ですー。こんばんわ。あの、Qちゃんいますか?」

はいはい、とQちゃんのお母さんは相変わらず僕のことを覚えていて、「Q〜!国崎くんから電話ー!」とQちゃんを呼んでいた。


そして、これから会うことを約束して、電話を切った。


集合場所はなぜか中学校の校門前だった。

真っ暗だけど街灯がポツポツある田舎の中学校に、あのころのまま

「やあ、国」

とQちゃんが来た。

でも、Qちゃんはなんだか、やつれているような気がした。

少しずつ、すこーしずつ、お互いが ポソポソと会話をして、ああそうだ。これがQちゃんだ、そうそう、と、お互いのリズムがスムーズになったとき、

Qちゃんは、「俺さ、実は中卒だよ〜」と寂しそうに笑った。


「え?」


高校に入って、あまりその高校になじめずに、不登校になっていたらしい。

そのことを、その時はじめて知った。

Qちゃんは、スーパー頭いい高校に入り、スーパー頭いい街道まっしぐらだと思っていたのだ。

続けて彼は、

「なかなか言えんくてね。あはは。登校しても図書室で本読んでてさ、卒業日数は足りたからなんとか卒業はできたから、ギリギリ高卒か、あはは」

寂しそうに笑った。


「そっかあ、、あの、」

Q「国、走らない?校舎周り」

「え?」

Q「よく部活で走ってたやん。10周、思いっきり走ろうで、な。俺、最近引きこもってるから全然運動できてないけど、走らない?」


急にQちゃんが、校舎の周りを走ろうと提案してきた。中学校のとき、部活で毎日、330mある校舎の周りを10周走っていた。

「うん、いいよ。走ろうか」

Q「やるからには。全力ね」

「あはは、はいよ」


校舎の周りを、よーい。ドン!で走り出した。


夏の、

真夜中なのにセミがどこかで鳴いている、真っ暗な校舎の周りを、何も言わず、ただただ全力で走った。

Qちゃんは運動不足もあってか、三周目にはいると、だいぶ差がついてきた。

それでも、汗だくになりながら全力で走った。


「はっ、はっ、ハァ」

演じてくれていたのだ。

「はっ、ハァ、ハァ、ハッ」

高校生のとき、自分の弱音を一切吐かず

「ハァ、ハァ、」

僕の誕生日に、あまりお金もないのに、

すき家で、豚丼特盛を頼んだ僕に、

明るく笑って話しかけてくれた。


「、」


酸素が足りなくなってきて、


「、」



なにも考えなくなってきた。



「、」






最高の友達と、 今  全力で走ってる。







「、」


それだけで、いいじゃないか。



















十周走り終わると、

ぐでんと地べたに倒れ込んだ。


「はあ、はあ、はっ、はあ」


しばらくして、Qちゃんもやってきた。

「はあ、ハァー、ハァ、はっ。やあ、ハァ」

ぐでんと、倒れ込んだ。


「はっ、はは、はあ、ははは!っちゃ、はは、疲れた、ははは」

「はあ、はは、はあ、うん、はは」

「暑い、暑い、はーあ、ハァ」

「ああ、暑い、ね」

「はははは、」

「はあ、はあ、ハァ、は」

「はあ、ははは、」

「ハァ、ははは」

「はは、は」



田舎なのもあって、あたりは何も見えないくらい真っ暗な中

Qちゃんが、


「はあ、はあ、なあ、国。

また、缶蹴り、やろうよ、はは。」


思い出したかのように、言った。


「また。はあ、あの、校庭でさ、はあ、缶蹴り、はあ、やろう。はは」


それがその日、

Qちゃんが一番伝えたかったことなんじゃないかと思い、

「ハァ、はは、もちろん!ハァ、やろう、」

と返した。


しばらくして、走っているときには忘れていた、セミの声が聞こえてきた。





あれから何年かたったけど、Qちゃんとは携帯の連絡先も知らないままだ。


たぶん知りたいならわかるのだが、

どうしても、

あのころのまま、宅電で いいと思ってしまう。


この自粛があけたら、田舎に帰って、久しぶりに電話してみよう。

久しぶりに、会って、缶蹴りをやりたい。


田舎の、山に囲まれた、小学校の校庭で。


真っ暗になるまで、

缶を蹴って、

缶がどこへ行ったか、わからなくなるまで。

お互いの輪郭が、わからなくなるまで。


Qちゃん、

またさ、 缶蹴り。 やろう



「もしもし、」

「あのー、Qちゃんいますか?」

「ああ、はいはい。Q〜!国崎くんから電話よー」



これで いいのだ。