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対談・名古屋市立大学准教授・菊地夏野さん×大阪府立大学教授・酒井隆史さん 反資本主義  対抗運動の展望を探る 労働者・マイノリティと連帯するフェミニズム

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 気候変動に加えて新型コロナ禍が世界を覆い、拡大中だ。コロナは資本主義社会の問題を浮き彫りにし、物流、清掃、医療や介護などの「エッセンシャルワーク」の重要性を再認識させた。その担い手は多くが女性で、低賃金労働だ。この間、米国や全世界で女性差別や黒人差別への怒りが高まり、女性ストライキやBLM運動に結実している。トランプ退陣の要因の一つだ。菊地夏野さんは、この流れを作ったマニフェスト的な「99%のためのフェミニズム宣言」に解説を寄せて紹介し、注目されている。一方、酒井隆史さんも『ブルシット・ジョブ:クソどうでもいい仕事の理論』を翻訳し、版を重ねている。ブルシット・ジョブは、あらゆる職種で増加する無意味な雑務や金融・軍隊組織を指す。それらは、医療や介護など社会に必要不可欠な仕事の対極でありながら、高い給与や支配権を得ており、この不均衡は資本主義に由来している。多くの人々が資本主義に疑問を抱き始めている。新年にあたり、お二人に新たな運動・主張の紹介や、コロナ禍から変革への道を語ってもらった。2回連載で紹介する。    

編集部…弱者やマイノリティのコロナ感染率・死亡率が高いという事実はよく指摘されています。日本でも女性の自殺率が急増しています。背景は?
菊地…08年のリーマンショックでは、金融業と製造業が最も影響を受けたため、主に男性の派遣切りが注目されました。しかしコロナは女性雇用者の多い医療・介護・サービス業・観光業を直撃したため、女性は世界中で深刻な打撃を受けています。日本の女性の自殺も、データを見ると例のない増加率です。本当に恐ろしく、日本社会の底が抜けたと思います。
 安倍前政権は「アベノミクス」とともに「ウーマノミクス=女性活躍政策」を掲げてきました。「女性に優しい、これまでと違う自民党」というアピールも、高支持率の理由の一つだったと思います。でも彼らが「高景気・失業率低下」とうたうなかで、実際に増えたのは女性の非正規雇用でした。
 コロナによる女性の雇用減は、男性の3倍以上です。「エッセンシャルワーク」、社会的再生産労働(家事・育児・介護から医療・福祉・教育など)の負担が女性に集中していることも浮き彫りになりました。一斉休校で子どもが休まなきゃいけない時、夫が休んでもいいはずなのに妻ばかり休ませられることも日常化しました。「家事も育児も仕事も」という負担が顕在化したのです。そうした矛盾が自殺率急増に現れていると思います。

 また、この間ネオリベラリズム化が進み、福祉国家時代のように社会的再生産を公的に支援するのではなく、支援削減と市場化を進めました。その結果、米国などではお金のある女性が移民女性を雇って働くことが増えました。
 日本でも再生産労働の外部化が行われ、女性の非正規化が一層進みました。ネオリベラリズム資本主義そのものが、女性の負担拡大を必要とする体制なのです。コロナがそれを顕在化させました。40代女性の自殺が最も増えていますが、仕事も家庭も責任が重くなる世代です。
 さらに、日本は政治家がミソジニー(女性蔑視)発言を繰り返し、安倍前首相の友人の性暴力が無罪にされ、それらと連動してネット上でも女性へのヘイトスピーチが拡大しています。社会全体でミソジニーが広がっているのではないか、と危惧しています。
 そうしたなか、米国の「99%のためのフェミニズム宣言」を紹介したところ、反響が広がっています。
 米国では4年前、「女性の権利」を掲げながらネオリベラリズムを推進するヒラリーが、トランプに敗北しました。トランプはミソジニー発言を繰り返し、就任式翌日には全米史上最大と言われる抗議デモ=「ウィメンズ・マーチ」が起きました。
 また南米やスペインでは、女性への暴力やネオリベラリズムの搾取に抗議する大規模なウィメンズ・ストライキが多発し続けています。
 『宣言』は、このストライキのように、フェミニズムと反ネオリベ・反資本主義の結合や、他の社会運動と連帯することを訴えています。それは、ヒラリーや日本の「女性活躍」政策は、一部の女性の資本主義体制内での地位上昇だけを意味し、女性間の格差を拡大させ、真の差別解決にはならないからです。解決は、ネオリベラリズム資本主義をなくすことなのです。
 
 


編…全面的危機・崩壊が語られ始めていますが…
酒井:自宅隔離や在宅勤務が増え、女性への家庭内暴力が増大しました。
 メキシコの先住民自治運動=サパティスタも、コロナ拡大直後の声明で、女性への暴力や殺人に警鐘を鳴らし、コロナ禍がどれほど資本主義による致命的な人間と地球への打撃の帰結であるかを強調しました。サパティスタの素早く的確な情勢判断と対応は、国際的な注目を浴びました。ひとつには、感染症に何百年も脅かされ続けた先住民の記憶だと思います。そして感染症の歴史は、資本主義・植民地主義の歴史です。
 気候危機とコロナ、金融危機の複合的な危機が起き、カタストロフ(崩壊・破滅)としか言えない規模で展開しています。インドやバングラデシュはハリケーンに、オーストラリアやブラジルは山火事に襲われています。しかしカタストロフは、人類を平等に襲っているのではありません。いま起きているのは「カタストロフの不均等な配分」です。
 支配層の危機感は日本の「リベラル・左派」よりも強く、2020年のダボス会議では「グレート・リセット」がテーマになりました。現在のシステムはもう持続不可能であり、早晩全部ひっくり返るからそれに備えよう、と警告しているのです。投資家たちもYouTubeで「現在のバブルは最後のバブルだ」と強調しています。
 #BLMに可視化された世界的な反レイシズム(差別)大衆運動は、この「カタストロフの不均等な配分」への世界規模の反撃と言えます。コロナ感染やそれによる失業がアフリカ系を直撃するなか、ジョージ・フロイドはコロナで仕事を失った直後に警官に殺害されたのです。2020年は、不可逆なカタストロフが先進国住民にも刻印されたとともに、今後の世界の再構築をめぐる「階級闘争」の幕開けでもありました。


編…『宣言』が出された背景や、菊地さんの思いを説明してください。
菊地:日本ではフェミニズム運動全体が小さい分、内部矛盾は見えにくいですが、近年世界的にフェミニズムは難しい立場に置かれていました。ネオリベラリズムは、ヒラリーに代表される女性のエリート化を必要としたからです(=「リーン・イン・フェミニズム」)。それまでのように単純に「フェミニズムは正しい」と言っているだけでは、支配的なイデオロギーへの対抗にならないということが少しずつ言われてきていました。それを理論的に最もわかりやすく言ったのが、著者の一人のナンシー・フレイザーです。
 ネオリベラリズムの競争に「男女平等」「女性活躍」の名を与えれば、正当化できてしまう。また労働力として女性がますます安く使われていく。
 この流れにリベラル・フェミニズムが利用されてしまった。トランプはこの限界を逆手に取った面がありました。彼がミソジニーをあからさまにしたことで、抗議運動が世界的に広がりました。ただ、分りやすいミソジニーへの抗議だけでは足りないとフレイザーらは早くから指摘し、本書を出したのです。
 今回、米大統領がトランプからバイデンに変わって世界中ホッとしているようですが、ネオリベラリズムの問題がヒラリー的な「女性活躍」や「多様性」に再び覆い隠されかねない恐れがあります。
 副大統領カマラ・ハリスのアイコン(記号)化がそうです。バイデン当選の際注目を浴びた彼女のスピーチでも、「少女たちよ、野心を持って上昇せよ」と呼びかけています。これでは高齢やマイノリティ女性、「野心的なルート」に乗れない・乗りたくない女性たちが周縁化されるのです。バイデンが良く見えても、そこに戻ってはダメなのです。カマラのようなイメージに乗せられるのではなく、あくまで「女性差別は資本主義そのものの問題だ」と指摘する闘いは続く、と思っています。
 もう一つは、この間フェミニズムは脱政治的にポップカルチャー中心で流行する傾向があり、#MeToo運動も政治化との両面を含んでいます。これに対し、16年あたりから高揚したスペインや南米などの女性ストは非常に政治的で、それを受けてフレイザー(著者)らも17年3月に、より政治的なウィメンズ・ストライキを呼びかけました。また、気候正義を求める動きや人種差別反対の運動も高揚し、全て問題はつながっていることが実証されました。この流れと主張をまとめたのが『宣言』です。
 私の思いは、フェミニズムはエリートの出世の道具ではないことを再認識してほしいということです。エリートではなく99%の人々の生活から立ち上がる運動であり、マイノリティの立場に立つものです。
 また、日本のマスコミはフェミニズムなどを非政治的に紹介することが多く、悩ましいです。間違っても小池百合子や三浦瑠麗をフェミニスト扱いするような過ちはやめてほしいということです。
 さらに、右傾化していることを否定したり、「右派女性も女性差別の犠牲者」といった論調も出てきていますが、右派が日本軍「慰安婦」問題を否定していることこそが最大の女性差別ではないでしょうか。最近のリベラルメディアに目立つのですが、このような単純化や歪曲が問題です。

酒井…デヴィッド・グレーバーも、最晩年に「エキストリーム・センター(中道の極端化)」現象を深刻な問題と捉え、対抗プロジェクトを始めていました。菊地さんの問いに関係していると思います。
 これは英国で活動する作家=タリク・アリの提唱した概念で、現代の最大の問題は、「極右」でも「極左」でもなく「中道の極端化」であるという認識です。つまり「現存資本主義は揺るがせないフレーム(枠組)で、ネオリベラル化した資本主義の内部でやや左とやや右がある」というだけの状態です。
 脱政治化もそれによって深刻化しますし、中道の封じ込めに抗して右翼ポピュリズムも活性化する。10年代には「反知性主義」という概念が奇妙に濫用されました。これも脱政治化の現象だと思います。
 日本ではこの概念が広がらないこと自体が、中道のエキストリーム化の深刻さの度合いを示しています。状況を相対化できないほどエキストリーム化しているのです。理由はいろいろあるでしょうが、一つは3・11原発事故への対応にあるでしょう。
 原発事故の核心は広範囲な放射能被害です。しかし、問題は広範かつ複雑で、放射能は目に見えません。よって報道も知識人も運動も、被ばくを問題化せず、問題化する人を責めるような態度が福島から首都圏まで定着してしまいました。いわば「真理の放棄」の態度が蔓延しているのです。
 人文社会科学は、問いをラディカルに深めるというより、既存のフレーム内部で「解決策」のようなものを与える場に急速に変容しました。この間、人文社会科学で論争らしい論争がほとんど起きなかったことが、事態の深刻さを表現しています。
 多種多様な運動も展開されましたが、知識人や報道は中道リベラルの枠内で語り、その枠内に収まるもののみを取り上げました。それは、運動や知的言説に主役や作者を与える「プチスター主義」が、この10年で再び顕著になった反動的な動きとつながっています。
 


菊地…コロナ禍でケア(育児・家事・介護など)の重要性が言われますが、もともと原発事故の放射能被害も、ケアに代表される社会的再生産を直撃する問題でした。子どもが最も健康を害する、母親が守る、でも夫や社会は理解せず母子避難になる、といったことが多く起きました。
 また、性暴力反対の運動が拡大したのは素晴らしいことですが、警察に性暴力を取り締まらせることを最終目的にすると、BLMの提起している課題=警察廃止と溝が生まれます。最終的にはコミュニティの問題として捉え返す必要があります。女性差別がある限り、コミュニティの真の安全は保障されないのです。また、多くの貧困女性やマイノリティがそこで生きる現実があるセックスワークを、女性差別の根源だと撲滅を訴えたり、トランス嫌悪を唱えるフェミニストも増えています。
 そして日本軍「慰安婦」問題を軽視する流れもあり、危険性や分断を感じます。日本軍「慰安婦」問題の否定こそ、90年代以降の右派の増長の最大の原動力でした。それは女性差別、民族差別、戦争責任など全ての問題を含むからです。植民地主義に反対する視座は本当に欠かせないと思います。日本で韓国のフェミニズムが注目されていますが、日本軍「慰安婦」問題を解決しなければ、ただの消費に終わってしまいます。 


酒井…そうした傾向の背後に感じるのは「恐怖」です。天皇制の影響があるような気がしています。菊地さんが言われた「右傾化の否定」は典型です。リベラルのフレーム(枠組)に抵触する批判を無化することは、ネトウヨからリベラルまで深く浸透した反射的衝動です。しかし、そこには恐怖と、恐怖の否認がある気がします。その要因も単純で、右翼や権力による暴力です。
 日本の「中道のエキストリーム化」の深刻さも、鍵は「恐怖」ではないでしょうか。ジャーナリズムからアカデミズムまで、海外と日本の言説の差が激しくなっているように思うのですが、何が違うかというと、安直な言い方かもしれませんが「まっすぐ真理に向かおう」とする姿勢なのです。
 日本の言説は、語り手や媒体の「こう見られたい/見られたくない」という位置取りの願望が前面に出ています。「左翼」には見られたくないが、「右翼」も避けたい、でも「良心的」には見られたい。こうして時流には即しているが内容の乏しい言説が流通する一方、論争などは起きません。またこのような態度は、言説を脱政治化するポストモダン的なマーケティング的指向性と相性がよいのです。
 だから、日本語圏の文章だけ見ていると、心底閉塞します。グーグル翻訳でもかなり読めるようになったので、どんどん海外のテキストを読んだ方が良いと思います。日本語圏内でぼやけた問題意識がクリアになることが、多々あります。

菊地…本当にそう思います。今の日本語の論壇を見ていると、その人の自慢話にしか聞こえないことが多いのです。議論できる風通しの良さもありません。自分のことから気軽に発言や議論をして良いという安心感を伝えたいです。それもフェミニズムの役割です。

編…SNSが全盛ですが、個人メディアのため内容に「誰が論じているか」がべったり張り付き、論争と個人攻撃が同じに思われがちです。だから批判されにくい中道の議論に終始するか、誰かが集中砲火を浴びて炎上するか、の両極になっています。「恐怖」や「自慢話」に影響していると思いました。対談が変えるきっかけになればと思います。
 次号の後編では、コロナ禍で「不要な労働=ブルシット・ジョブ」と「必要な労働=エッセンシャルワーク」の対比が鮮明化したことを中心に語っていただきます。(次号に続く)

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