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その鬼門で、人間性を洗われる

「初めて行く美容室」が、とんでもなく苦手だ。

6年ほど前、自分の引っ越しと担当美容師さんの産休が重なって「美容室ジプシー」になって以来、年々、その苦手に拍車がかかっている。

初めて行く美容室では、なぜかすべてが敵に見える。
敵というか、大変悪いことは重々自覚しているのだけど、ついつい、すべてをジャッジ対象のように見てしまう。

予約時間ちょうどに行ったのに入口で20分待たされたとか、
シャワーの温度が途中で冷たくなったとか、
美容師さんの接客が自分に合わないとか、
マッサージがすんごく下手だったとか、
終わりが1時間もずれ込んだとか、
小さなことがひとつずつ小骨のように引っかかるし、何より、仕上がりが気に入らなかったときのダメージは大きい。髪型じゃなく素材が悪いのだ、と自分に言い聞かせつつ、モヤモヤはなかなか鎮まらない。
普段、飲食店や他の街中でこんなに目鯨を立てることは無いのに、なぜか美容室に限って、重箱の隅をつつくように見てしまう。
そして勝手にがっかりして、3か月後にはまた、携帯片手に新しい美容室を探している。

こうなってしまう理由はなんとなくわかっている。
私は、美容室が大好きなのだ。

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私は髪がめちゃくちゃ多くて、面長で地味な顔をしている。近所のおばさん美容師(失礼!)に切ってもらっていた中高生の頃は、そんなもっさりした自分が自分で、致し方ないと思っていた。

だから上京して、若者向けのお店で上手な美容師さんに切ってもらった時は、本当に感動した。
ビューティフルライフのラストシーンに出てきた女の子みたいに、キラッキラにときめいた。いつもと同じショートカットのはずなのに、何かが違う。自分が自分じゃないみたいだった。美容師さんって本当にすごい、こんなに人を嬉しくさせられるなら自分もなりたいと、真剣に美容師専門学校について調べたくらいの感動だった。

私は今も、どこかで、あの嵐のような期待を胸に美容室に行っているのだ。
自分はどんどん歳を重ねて、あの頃には気にもしなかったアラにも気が付くようになっているにもかかわらず。
些細な部分が目について勝手に幻滅しているだけなんだろう。あぁ、よくない。よくない。

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産後、あっという間に1か月が経った。
お宮参りで写真を撮ることもあって、先日、夫が美容室に送り出してくれた。

久しぶりに行った「はじめての美容室」で、私は初め、やっぱりすこし話しにくい客だったと思う。

最近、店長とかでも自分より年下の人が増えてきたなあ。
自分の話をゴリゴリしてくる美容師さんって、なんだかちょっと疲れちゃうなあ。
コロナだけど、普通におしゃべりするもんなんだな。コロナ対策で雑誌は出してくれなかったのに・・・。

これ以上の思考を止めようとふと携帯を手に取ると、地下でもないのになぜか圏外になっている。
「ここって携帯、圏外になりますか?」尋ねると、「いや、普通に入ると思いますけど…」とのこと。ですよね、普通に街中だし。で、気づいてしまった。

そういえば私、携帯を変えてから外出するのが初めてだった。
家ではWi-Fiで使っていたけど、そもそも通信設定できていない説、ある。

私が焦っていると、その若い美容師さんは、
「とりあえず再起動してみて、あとはSIMカード出し入れしてみたらいけたりしますよ。あ、でも、とりあえずこのWi-Fi使ってください」
とテキパキとアドバイスをくれて、奥からわざわざお店のルーターを持ってきてパスワードを入れる手伝いまでしてくれた。
なんだか急におばあちゃんになった気分。でもめちゃくちゃ助かった…。

結局、3時間ほど美容室で設定を調べ続けて解決できなかった(帰宅後、夫が5分で設定を済ませてくれた)ものの、その美容師さんは最後まで親身に私の携帯の設定を心配してくれた。
そして携帯の件から話は弾み、7か月の息子がいるとか、実家もこの近くだとか、お正月はどう過ごすだとか、妙に彼に詳しくなった。


仕上げのブローからレジまでのあいだ、その親切な美容師さんはすっかり距離の縮んだ笑顔で、
「カラー、めっちゃいい色になりましたね!」
「頭、すごいすっきりしましたよね!」
「ショート、似合いますね!」
と、無邪気にいろいろと声を掛けてくれた。

その時、すごく懐かしい気持ちになった。

そうだった。私、美容師さんにこういう風に屈託なくお世辞を言ってもらうのが、わかっているのに、どうしようもなく嬉しかったんだった。魔法を掛けられたように、なんだか綺麗になれた気分になれるんだった。仮にそれが、思っていたのと少し違う仕上がりであっても。

最近行った美容室では、美容師さんとそんなに打ち解けることもなかったから、美容師さんの方もそういうことを言いづらかったのかもしれない。
とすると、問題は私の心の持ちようだったということか。この数年間の私の憂鬱と葛藤は、私の心の持ちようだったということなのか。


すっかり反省して、心が洗われたような、憑き物が落ちたような、ぽっかりとした無の気持ちになって家に帰ると、
「お、今日の美容師さん上手だったんじゃない?」
と、夫に会うなり言われて拍子抜けした。夫は決してお世辞を言わない。
なんだ、やっぱり本当に上手だったのか。気持ちのせいだけじゃなかったのか。

ともあれ、いまは鏡を見るたびに、少し軽やかな気持ちになる。
これからしばらくは、髪が伸びてくればあの人のところに行けばいいのだと思うと、ほっとする。今度行ったときは、もう少し自分のことも話してみようと思う。
すっきりしたのは、髪だけじゃないみたいだ。


私の、長文になりがちな記事を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。よければ、またお待ちしています。