豚組しゃぶ庵を閉店します

2021年11月9日追記
本記事では2020年10月をもって閉店とご案内しておりますが、後続の記事でもご案内の通り、諸般の事情により2021年12月末まで営業期間を延長しております。2021年中は営業しておりますので、ぜひ最後のこの期間、皆さんのご来店を心よりお待ちしております!

中村です。

これまでのnoteでは、株式会社トレタの代表として記事を投稿してきましたが、今回は、「豚組」や立ち飲み「壌」などの飲食店を運営する株式会社グレイスの創業者、そしてオーナーというもうひとつの顔で投稿します。

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さて、今回は残念なお知らせをお伝えしなければなりません。僕らは、六本木の豚しゃぶ専門店「豚組しゃぶ庵」を、2020年10月末をもって閉店することを決定しました。

豚組しゃぶ庵を愛してくれた皆さんと直接お店でお会いし、感謝をお伝えし、思い出を語り合える時間を少しでも多く取りたいと思い、4ヶ月も前のタイミングではありますが、こうして皆さんにお伝えすることになりました。

飲食業界の廃業率は高く、3年で7割、10年では9割と言われる厳しい世界です。そのような中、豚組しゃぶ庵は13年の長きに亘って営業を続けることができました。たくさんの方々に愛していただいたことを、心から御礼申し上げます。今まで本当にありがとうございました。
なお、とんかつ専門店の「西麻布 豚組」「豚組食堂」は引き続き営業を継続、名古屋の「豚組しゃぶ庵 名古屋」は今後について検討中です。

なぜ「豚組しゃぶ庵」を閉店するのか

豚組しゃぶ庵も、新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けました。飲食店を経営するみなさんと同じように、僕も自粛期間にスタッフたちと議論を重ね、多くの方々に意見を仰ぎ、今後の外食産業の行方や、お店の未来について考え続けてきました。豚組しゃぶ庵にもいくつかの選択肢がありましたが、目先の危機を乗り切れたとしても、長期的に考えて経営の安定は難しいという結論にたどり着き、断腸の思いで閉店を決意しました。

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おそらく、コロナ禍が一段落するまで(ワクチンまたは治療薬が開発されるか、集団免疫が獲得できるまで)は、多くの方が外食機会を減らさざるを得ない状況が続きます。これまでのように頻繁に密な環境で外食をするという習慣は、まだしばらく戻ってくるとは期待できません。
また、リモートで働くというライススタイルが一定程度定着すれば、オフィスに通勤する機会も減ります。そうなれば、仕事終わりに飲んで帰る、という習慣も減ることでしょう。
いずれにせよ、お客さま目線で考えて、しばらくの間は外食機会は減ることはあれど、増えることはあまり期待できません。

一方で、お店の営業という観点で考えても、多くの制約が続きます。今後感染の第二波、第三波がやってくれば、再び自粛や休業要請もあるかもしれません。そこまで至らなくても、しばらくは時短営業や減席対応(テーブルを一つ置きに使用するなど。米国では総席数の25%までとか50%までしかお客様を店内に入れてはいけないという規制もあります)も必要でしょう。
やはり、お店がお客さまで満席になったり、何回転もするような営業はなかなか期待できません。

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このような中で、お客さまにとって外食はこれまで以上に「特別な体験」となっていくはずです。外食機会が減っていく中では、お店を選ぶ目はどんどん厳しくなっていくでしょう。そう考えたとき、豚しゃぶを含む「鍋業態」はなかなか厳しい営業を強いられます。
なぜなら、鍋というのは自宅でもそれなりのクオリティで楽しめる料理の筆頭だからです。ちょっといい素材を買ってきて、出汁やタレ、薬味にちょっとこだわるだけで、鍋はとても美味しくなります。高度な調理技術も不要。キッチンもそんなに汚さずにすみます。こんなに簡単で再現性の高い料理は他にありません。
だから、
「えーーーー、せっかく久しぶりに外食するんだから、鍋じゃなくて他の料理にしようよ」
というお客さまの会話が容易に目に浮かんできてしまうのです。
僕自身だって、久しぶりに外食しよう!となれば、家でも楽しめる豚しゃぶではなく、焼肉(家でやると部屋が超臭くなるので外で食べたい)やお寿司(やっぱりお寿司はカウンターで握りたてが最高ですよね)を選んでしまいそうな自分を否定できません。

そう考えると、同じ豚組の業態でも、とんかつは今後も期待できるはずです。どれだけ調理技術・冷凍技術・解凍技術が進化しても、まだまだ「プロの揚げたてのとんかつ」の美味しさは家庭では再現できません。だから「とんかつ豚組」の2店舗はこれからも魅力を磨き続け、飛行機に乗ってでもわざわざ来店するくらい価値のある、そんなお店を目指します。

しかし、思い入れを排除して客観的に考えれば考えるほど、やはり鍋(豚しゃぶ)は厳しいと結論づけざるを得ません。僕らのような小さな会社、限られたリソースしかない会社は、そもそも強みにフォーカスして磨き続けることこそが最大の生き残り戦略なわけですが、現在のような極めて不安定な環境においてはなおさらです。だから、鍋で苦しい戦いを続けるくらいなら、とんかつに徹底的にフォーカスしていこう。これが、豚組しゃぶ庵の閉店を決断した1つ目の理由です。

しかし、今回閉店を決断した背景には、もう1つの理由があります。それは、自粛期間中に僕らがハンドキャリーでお客さまに豚しゃぶをお届けしたデリバリーから得た気づきです。

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豚組のこだわりの文化ゆえなのか、僕らのご用意する「豚しゃぶホームセット」は、お店の味を家庭でも寸分違わず再現することを目指して作られています。お肉、お野菜や特製の豚しゃぶ用ダシ、手作りの3種のタレはもちろんのこと、数種類の薬味やお塩、締めのとんこつ麺、そしてしゃぶしゃぶに使っている安曇野のミネラルウォーターまでがつくという徹底ぶり。
それを「お客さまが来店できないなら、僕らがお客さまのところに行けばいい!」とばかりに毎週土曜日に各家庭にお届けしていたのですが、その夜のSNSはいつも驚くほどの反響でした。みなさんが「家庭でこんなに美味しい豚しゃぶを食べられるとは思わなかった」と感動してくれて、お店に食べに来ることのできなかった親戚やおじいちゃん、おばあちゃん、そして小さなお子さんたちも一緒に楽しんでいる様子が続々とアップされていきました。
そこで僕らが頂いた「ありがとう」や「ごちそうさま」は、もしかしたらこれまで店舗で頂いていた言葉よりも、もっともっと深く大きいものだった気がしています。

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これを見て、僕たちの発想がいかに「店舗」に囚われていたかに気付かされたのです。僕らは美味しい料理で沢山の人をハッピーにしたいのであって、それならば、「お店」や「来店」に拘る必要はないのかもしれない。もしかしたらお店の外にも、僕らのやりたいことを実現できる「場」は広がっているのでは?いやむしろ、店舗という縛りから自由になることで、初めて可能になることだってあるはず。あのおじいちゃんやおばあちゃんが、小さなお子さんたちが、家にいながらにして感動してくれたように。

「外食の外側」には、たくさんの家庭の食事の世界があります。外食によってライフスタイルを豊かにすることにも意義があるけれど、家庭での食事を豊かにすることにだってそれに負けない大きな意義があるはずです。そして豚組しゃぶ庵にその可能性があるのだとしたら、それに挑戦してみるという選択肢もあるのではないでしょうか。
考えてみれば、豚組は「うまくいくか確証はないけれど、面白そうなこと」に真っ先に飛び込んでみる、そんなDNAを持っていたはずです。だからこそ、みんなから反対されても立ち飲み店を作り、呆れられるような価格のとんかつを出し、物好き扱いされながらTwitterで予約を受けていたはず。だったら今この瞬間も、もしかしたら思い切って新しい可能性に挑戦するタイミングなのでは?

そう考えて、僕らはようやく豚組しゃぶ庵の閉店を決断することができました。新しい可能性を切り拓くために、僕らは一旦お店を閉めます。

豚組しゃぶ庵は特別なお店でした

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「豚組しゃぶ庵」は、銘柄豚を主役に、豚肉の美味しさに徹底的にこだわった豚しゃぶ専門店として2007年にオープンしました。豚肉は「牛肉が高いので、仕方なく妥協して食べるお肉」ではなく、むしろ積極的に選ばれるだけの魅力に溢れたお肉であることを感じてほしくて、店内の空間にも徹底してこだわり、「お店の隅々まで、どこにも一切妥協しない=偽物を使わない」という店作りを目指しました。アンティークに見えるものは本物のアンティーク。古材に見えるものはきちんと古民家の古材を使いました。漆喰に見える壁も、ペンキではなく全て職人による本物の漆喰。僕の世界観や理想を詰め込んだ100坪です。
「100店舗に増えなくていい。1店舗でいいから、100年続くような未来の老舗を作りたい」。そんな思いでオープンしてから、13年がたちました。

豚組しゃぶ庵には、たくさんの思い出が詰まっています。僕も過去に色々なお店を作ってきましたが、僕の人生を一番大きく変えてくれたのは豚組しゃぶ庵でした。苦労も一番多かったけれど、得るものも一番多い店舗でした。豚組しゃぶ庵がなければ今の僕はないし、トレタというサービスも存在していません。

2007年にオープンしてしばらくは売上もなかなか伸びず、大赤字が続きました。六本木で100坪を超えるお店ですから、家賃だけでも相当な金額です。個人的にも、結婚した直後にオープンしてしまったので(完全に見通しを誤ったw)、新婚だというのに毎日朝から深夜までお店に詰めっぱなしの生活でした(奥さん、改めてごめんなさい)。
あまりにつらくて、お店でスタッフと泣きながらケンカしたことも何度もありました。

そんな中で、iPhoneやTwitterといった僕自身の趣味がもたらしてくれたご縁が、豚組の、そして僕自身の人生の可能性を拓いてくれました。「なんか、iPhoneを使ってTwitterやってるおかしな飲食店経営者が六本木にいるみたいなんだよね」と面白がって、当時ヤフーだった中西りささんや林nobiさんが来店してくれたことをきっかけに、どんどん人の輪が広がっていきました。

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ブロガーさんたち、起業家の方々、投資家の皆さん、スタートアップやテック系の企業で活躍するさまざまな方々、エンジニア、デザイナー、写真家、ジャーナリスト、ゲームクリエイター、ガジェット好きの皆さん、そして僕と同じように新しいもの好きな同業の面々… ただの飲食店の経営者では絶対に知り合えなかったであろう方たち、ネット越しに一方的に尊敬していた多くの人たちともたくさん出会うことができました。個性豊かで、人間的な魅力に溢れ、大きな夢を描き、新しいものにどんどん挑戦して可能性を切り拓いていこうとする、そんな人たちと出会い、僕の人生は本当に大きく変わったのです。
そしてなにより、豚組しゃぶ庵から生まれた出会いこそがミイルを作り、そしてトレタに繋がりました。昔から大好きでワクワクしていながら、「中」に入るきっかけがまったくなかったネットやテクノロジーの世界。そこに僕を連れて行ってくれたのが豚組しゃぶ庵だったのです。

僕自身にとっては、Twitter集客で書籍を上梓し、「外食アワード」という大それた賞をいただいたことも大きな経験となりましたが、その受賞よりもなによりも、人との「ご縁」、そして新しい何かが生まれる「場」を作ることができたことこそが豚組しゃぶ庵で得られた一番の財産です。
Evernoteが日本で普及するきっかけになったのは豚組しゃぶ庵でのブロガーミーティングだったし (お店でPhilを見たときの驚きは今でも忘れません)、新サービスや新製品のローンチの会場として、あるいはミートアップの場としてご活用いただくことも数え切れないほどありました。iPadなど新しいデバイスが発売されるとみんなで豚組に持ち寄るようなイベントも頻繁に開催されました。なんとJack Dorseyがお店に来たこともありました。豚組のイベントで隣同士に座ったという出会いがきっかけで、新しいスタートアップが生まれたこともありました。
イベントでなくても、毎日あちこちのテーブルで「はじめまして」とか「ようやくお会いできました」と名刺交換している光景が溢れ、「豚組に行けば誰かと出会える」と言われるような、人と人が繋がるお店になっていきました。

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そう、あんなに毎日苦しい思いをして、泣きながら営業していたお店が、いつの間にか毎日人で溢れ、ワクワクする「場」に、そして新しいものが次々に生まれる「場」になっていたのです。
だから、日本で最初にTwitterで予約を受けたのが豚組だったというのは、今でも僕にとって一番の自慢であり、勲章なのです。

予約といえば、Twitterで受ける予約の管理が大変だという僕の苦労がきっかけで生まれた飲食店向け 予約/顧客台帳サービス「トレタ」も、1万を超えるお店に使っていただくサービスへと大きく育ちました。豚組しゃぶ庵のご縁があって生まれることができたトレタがたくさんのお店のお役に立てているのだとしたら、これだけでも十分に開店した意味があったと思っています。
豚組しゃぶ庵での苦労は、全く無駄ではありませんでした。

こんなに沢山の人に愛してもらえるお店になり、多くの方々にとっての「思い出のあのお店」となることのできた豚組しゃぶ庵は、本当に幸せなお店だったと思います。100年の老舗なんてまだ遥か先、六本木のこの店舗は13年でのクローズとなってしまったけれど、しかしそれを補ってあまりあるほどの、お店としてのこの上ない幸せを皆さんからいただくことができました。

そんなお店も、あと4ヶ月足らずで終了です。たくさんの苦労とたくさんの可能性をくれた、僕の人生にとってかけがえのないお店だった豚組しゃぶ庵を、お店を愛してくれた皆さんと一緒に、深い感謝の気持ちで見送りたいと思います。

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これからどうするの?

前述の通り、豚組しゃぶ庵は、単にお店を閉じて終了ではありません。新しい可能性を全力で追求するための閉店なのです。

豚組しゃぶ庵には、この13年の間に築き上げた膨大な財産があります。たくさんのお客さまとの絆。コツコツ開拓した豚肉生産者の皆さんとの信頼関係。そして厨房のみんなが磨いてきた料理。デリバリーでも、豚組しゃぶ庵は大きな価値をお届けできることを知りました。だから、あの六本木の「ハコ」がなくなったとしても、僕らはこれからもそんなたくさんの財産を大切に育てていきます。
新型コロナウイルスの感染拡大は、僕らにとって大きな試練となりました。しかしそれと同時に、お店の外に広がる可能性に気づかせてくれるきっかけにもなりました。
豚組しゃぶ庵が生き残り世の中に価値を提供できる方法は、店舗という目に見えるものとは違うところにもあるのだと、僕らはいま確信しています。僕らには新しい可能性へのチャレンジが待っているのです。

僕らの人生に大きな財産を与えてくれた豚組しゃぶ庵の13年を振り返ると、今でも涙が止まりません。あの豚組しゃぶ庵がなくなってしまう。いつものあの部屋で、あの常連のお客様に会うこともできなくなってしまう。あの場所が、みんなのあの笑顔が、あの賑わいやバカ騒ぎが永遠に失われてしまう。そう思ったら、本当に胸が苦しくなります。
しかしそれと同時に、僕はいま新しい可能性に胸が高鳴っているのも事実です。「豚組」にこんなにワクワクしているのは、何年ぶりでしょうか。そう、僕らは前に進むんです。この豚組しゃぶ庵で得たものをすべて背負って、前へ。

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僕らは、そして豚組しゃぶ庵はこれから新しい挑戦への一歩を踏み出します。
それはなにか。詳しくは、また近いうち別の形でお知らせしたいと思いますが、その新しい展開も、みなさんとのご縁を大切にしながら、是非一緒に楽しんで挑戦できたらと心から願っています。六本木の豚組しゃぶ庵がいくつもの「歴史」に立ち会えたように、これからの新たな挑戦でも、そんな歴史を一つでも作れたら。
これからも、豚組をどうぞよろしくお願いします。

最後に。
豚組しゃぶ庵を愛してくれた皆さんと一緒に最後を見届けることができたら、僕は本当に幸せです。僕がトレタに専念するようになって以来、これまで豚組しゃぶ庵を支えてきてくれた社長の國吉やスタッフのみんなと、皆さんのご来店を心よりお待ちしています!!!もちろん、新型コロナウィルスへの感染対策を万全にしてお迎えしますのでご安心ください。


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