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なぜアメリカの黒人の寿命は短いのか?BLMから考える人種と健康の関係- Part 1

私が2015年にハーバード公衆衛生大学院に最初に来た当初から、アメリカのどこかで黒人が残酷な死を迎えたというニュースが報道されるたびに、お昼休みに学生、教授やスタッフが食堂に集まり、黙祷を捧げていました。

Black Lives Matter (日本では最近この運動が有名になりましたが、アメリカでは 2013年に始まったムーブメントです)をサポートするために、黒い服を大学院に着ていく日もありました。

最初は何のことだかよく分からないまま、なんとなく周りの真似をしていたものの、大学院で人種間の健康格差について学ぶに連れ、こんなにも根深い問題なのかと思うようになりました。

人種差別の健康影響について、今アメリカで大きな問題として取り上げられている警察の暴力による健康被害や死亡については、今回のデモで広く知られるようになりました。実際、黒人は白人に比べて法律施行関連で死亡するリスクが5〜19倍も高いことが示されています。(1)

一方、実は警察の暴力以外にも、人種差別は健康に様々な影響を及ぼしているということも分かってきているのですが、このことを正確に理解している人は、意外と少ないように思います。

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今回の記事では 1. 人種差別と公衆衛生って関係あるの?2. そもそも差別とは何なのか?3. 人種によって健康格差が本当に存在するのか?4. 人種による健康格差は教育や収入の差によるもなのか 5.人種による健康格差は生物学的な違いで説明できるのか?についてお話をしたいと思います。

そして、次回の記事(こちらのリンクからどうぞ)では、社会経済的地位や生物学的な違いだけでは説明できない人種間の健康格差について、ハーバード公衆衛生大学院で教えられているエコソーシャル理論に基づく考え方について紹介したいと思います。

1. 人種差別と公衆衛生って関係あるの?

新型コロナウイルス(COVID-19)関連のニュースで、「公衆衛生」という言葉がメディアでも良く使われるようになり、少し馴染みのある言葉になったのではないかと思います。そして「公衆衛生」は感染症対策を考える学問というイメージも強くなったのではないでしょうか?感染症対策はまさに公衆衛生学の始まりとなった問題であり、公衆衛生を考える上で欠かせないものです。

ですから、「公衆衛生」というと、文字通り「公衆=社会の人々」の「衛生=清潔」をどの様に保つか、という清掃活動や感染症対策などをイメージする方が多いと思います。

一方、公衆衛生学には、感染症対策以外に、感染症疫学、医療政策学、栄養疫学をはじめとする様々な部門があります。

そして、私の所属するハーバード公衆衛生大学院には社会行動科学(社会疫学)という部門があります。簡単に言うと、社会的な要素やそれに関わる政策や環境がどのように人々の健康に影響を与えているかを研究している部門です。

中でも、人種と健康の関係を研究している人が多くおり、現在の部門長であるデービッド・ウィリアムズ教授も、人種と健康の関係の研究をライフワークとしており、この分野で様々な功績を残している研究者の一人です。(2)

今、アメリカで起こっている人種差別の問題についても、公衆衛生の果たす役割は大きく、アメリカでは人種差別の問題は公衆衛生上の緊急事態とも言われているのです。(3)

2. そもそも差別って何なのか?

そもそも、「差別」とは何なのでしょうか?社会疫学の教科書には以下の様に記載されています:

「差別とは、イデオロギーにより正当化され、インターラクション(交流・相互作用)により表現される、優勢なメンバーが他のメンバーを犠牲にして特権を維持する、個人内・個人間・組織内・組織間における、社会的に構築され、承認された現象」(4)

この様に、難しく定義されていますが、要するに差別とは社会的な分類や身体的特徴などを基に不平等をもたらすことであり、対象となるものには、人種、性別、ジェンダー、年齢、身体の大きさ、障害、能力、社会的地位、宗教などがあります。(5) ここでは詳しくお話しませんが、差別は大きく個人レベルの差別(暴力、暴言や、マイクロアグレッション等)と組織レベル・構造的差別(システム化された差別)に分けられます。

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そして、ウィリアムズ教授は「人種差別」とは:

「優劣のイデオロギーに基づいて、優勢な人種が、人々を「人種」という社会的なグループに分類・ランクし、劣勢と定義したグルーブに対して、その価値を下げ、権限を奪い、貴重な社会資源や機会の分布に差をつけるために権力を使う、組織化された社会システム」(4)

と定義しています。つまり、人種差別は、個人レベルはもちろんのことですが、社会システムとしての問題という風に捉えられているのです。

3. 人種によって健康格差が本当に存在するのか?

人種と健康の関係についての研究は、ここ10年程で特に発展してきた研究分野なのですが、ハーバードで博士号を取得した初の黒人としても知られている社会学者のW.E.B DuBois (6)が1899年に発表した論文のテーマにもなっています。

その中で、DuBois博士は、フィラデルフィアの黒人は白人に比べて病気や死亡のリスクが高いと記述し、その要因は様々だが、主に社会的なものであると結論づけています。(7) つまり、アメリカにおける人種間の健康格差は100年以上前から指摘されていることなのです。

具体的な例を挙げてみましょう。
健康の指標の一つとして、平均寿命(出生時の平均余命)がありますが、1950年ではアメリカの白人の平均寿命が69.1年であったのに対し、黒人は60.8年と8.3年もの差がありました。(8)この差は経時的に縮まってきたものの、2007年には5年もの差があり、2017年時点でも3.6年ほどの差がありました。(9)

また、アメリカに黒人として住むことによる健康影響についても研究がされています。例えば、アメリカに居住する人と、カリブ諸国からの黒人移民の精神疾患の生涯有病率を比較すると、アメリカに居住する白人の生涯有病率が31%であるのに対して、アメリカに居住する黒人では 37%と黒人の方が高いのですが、驚くことに、カリブ諸国からの移民は1世代目では生涯有病率が19%とアメリカの白人より低いのですが、2世代目で35%、3世代目で55%と世代を追うごとに精神疾患のリスクが上がることが示されています。(10,11) これは、アメリカという国で黒人として生きることが、健康面で圧倒的な負担となっている事を示しているのではないでしょうか。

今回の新型コロナウイルスの件でも、アメリカでは死亡率に人種間の差があることが浮き彫りになり、私の所属する社会行動科学部門からも、有色人種の多い地域ではコロナによる死亡率が高いことが報告されました。(12)

しかし、この様な人種間の差はどうして生まれてしまうのでしょうか?
教育や収入による違いによるのでしょうか?
それとも、遺伝などの生物学的な違いなのでしょうか?
ここからはそれらの要因が関係しているのかをエビデンスを基に考えていきましょう。

4. 人種間の健康格差は教育や収入の差によるものなのか?

人種間の健康格差を「経済・教育水準がそもそも違うから、そこを是正すれば直る」と考える人もいるかと思います。
しかし、人種間に見られる健康格差は、本当に教育レベルや収入の差によるものだけなのでしょうか?

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まず、人種によって社会経済的地位 (socioeconomic status)に差があることはよく知られています。

アメリカでは2018年、貧困線(生活するために最低限必要な収入を示す指標)を下回る人の割合が白人で10.1% であったのに対し、黒人では20.8% と白人の約2倍でした。(13)

これはアメリカに限らず、イギリスや南アフリカをはじめとする多様な人種がいる国の多くで見られることです。

次に、社会経済的地位によって健康状態が異なることも知られています。収入が高いほど、また教育レベルが高いほど、平均寿命が長いのです。(14)

人種によって社会経済的地位に差があり、社会経済的地位によって健康状態が異なるということは、人種によって健康状態が異なるという結論になりそうです。

しかし、教育や収入などによる社会経済的地位の差は、人種間の健康格差の一部分を説明することができるものの、全てを説明できる訳ではなく、「人種」による上乗せの健康影響(社会経済的地位の差異以外に人種によって生じる健康への影響)があることが知られています。

確かに、経済状況が向上すると、どの人種も健康状態は改善します。しかし経済状況の低い層の中だけで見ても、高い層の中で見ても、白人と黒人の間には平均寿命の差が見られ、更には、例えば25歳時の平均余命のデータでは、大学卒の黒人女性よりも、高校卒の白人女性の方が平均余命が長いことが示されています。(14)

さらに、この人種による健康影響には、世代を越えた影響があり、それは乳児死亡率の差として反映されているのです。

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母親の教育レベルが乳児死亡率に関連していることは良く知られており、母親の教育レベルが高いほど乳児死亡率が低いということは、どの人種でも見られる傾向です。

しかし、いくら母親の教育レベルが高くても、乳児死亡率には人種間で差が存在し、例えば母親が大学卒の黒人女性である場合、同じく大学卒の白人女性に比べると、乳児死亡率は2.5倍以上も高いのです。更に、母親が大学卒の黒人女性である場合、母親が高校を卒業していない白人女性であった場合よりも乳児死亡率が高いのです。(14)

つまり、「人種間の健康格差は、教育や収入だけで説明できない」と言うことなのです。

5. 人種による健康格差は生物学的な違いで説明できるのか?

では、人種間の健康格差は生物学的なものであり、遺伝子によって生まれているのでしょうか?

実は、奴隷制度の保護のために、政治が医療や科学に影響を及ぼしていた1830〜1840年代のアメリカの医師は、人種間の生物学的な差が健康格差の原因だと考えていました。

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例えば、医師のE.M Pendletonは、1849年に結核に感染した黒人のうち28%もの人が死亡しているのに対し、 白人は14%しか死亡していないことを、「黒人は寒い気候に向いていないから」などと、人種間の病気の差は黒人が白人に比べて劣っていることによると説明しました。

彼は黒人奴隷が強いられている密集した居住環境や、その他の劣悪な生活環境については一切触れませんでした。(15)

また、同じく医師のCartwrightは黒人が奴隷であることは自然なことであり、逃亡をしたり、仕事をしない奴隷は、その自然なことに適応できないという意味で、病気であり、逃げようとする奴隷は「Drapetomania」という病気であるとしたのです。また驚くことに、奴隷に優しくすることによって、この病気を発症させてしまうのだと主張したのです。(16)

これらの考えには人種がそもそも生物学的な分類であるということが前提にあり、遺伝子が人種を決定し、またその同じ遺伝子が病気にも関連しているということになります。

しかし、そもそも「人種」というものは、白人至上主義と黒人の弾圧の中で生まれた、主に社会的な分類なのです。歴史的にも、人種を分ける「色の線」(color line)というものは、柔軟なものであり、ユダヤ人やアイルランド人は元々非白人に分類されていたのですが、いつしか白人に分類される様になったり、またラテン系の人はこの人種の「色の線」を行ったり来たりしてきました。(17) これはある時や、ある場所で「有色人種」と分類される人も、他の時や、他の場所では「白人」に分類されるということで、人種が社会的な分類であることを示す良い例だと思います。

では現代の医師はどうでしょうか?

2005年にアメリカの医師600名を対象とした調査では、85%の医師は特定の人種をターゲットとした薬には、治療的利益があると考えていると報告し、81%の医師は人種を病気や治療を考えるにあたっての生物学的基盤にするべきだと考える、と報告したのです。(18)
つまり現代の多くの医師も、人種が生物学的な分類であると考えていたということです。

その具体例として、高血圧の治療薬についての研究があります。高血圧の治療薬の反応性には人種間に差があり、白人はβブロッカーやACE阻害薬が効きやすく、黒人は利尿薬やカルシウムチャネル阻害薬に良く反応すると考えられており、権威ある New England Journal of Medicineでもこのような論文が発表されました。(19)

この論文は、治療の反応性の違いは人種間の生理学的な違いによるという主張を裏付けるエビデンスとして数多く引用されましたが、因果推論の基礎的な法則を無視しており、遺伝子多型の解析もなく、解析に誤りがあると指摘されています。(20)
そしてこの論文に対し、15個の臨床試験のメタアナリシス(複数の研究を統合した研究)では、80%〜95%の白人と黒人は汎用されている降圧薬の全てに同様の反応を示し、遺伝的な多様性は、人種間よりも、人種内の方が大きいことを改めて強調し、「人種」という分類は、薬物代謝酵素の予測因子として劣っていると結論づけたのです。(21)

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遺伝子研究が発展している現代でも、現段階では人種間に見られる健康格差が生物学的な差によるものである、というエビデンスは見つかっていません。(22) 一方で、社会的な不平等が人種間の健康格差の多くを説明できるというエビデンスは多く示されているのです。

今後の遺伝子研究は、遺伝子のみではなく、遺伝子環境相互作用(gene-environment interaction)に着目し、遺伝子がどのように心理社会的・化学的・物理的な環境と相互作用を及ぼし、健康リスクに影響を与えているのかを研究していく必要がある、とハーバードのウィリアムズ教授は言っています。(23)

まとめ

以上のことから、人種間に見られる健康格差は単純に教育や収入による違いで説明できないこと、また単に生物学的な違いでも説明ができないことが言えると思います。そして、異なる人種の間の違いよりも、同じ人種の中での異なる人々の違いの方が大きいと言うことは、人種間の健康格差を考える上で、知っておくべき事実なのではないかと思います。

次回の記事(こちらのリンクからどうぞ)では、人種間の健康格差が、社会経済的地位や生物学的な違いだけで説明できないのであれば、どの様に説明することができるのかを、ハーバード公衆衛生大学院で教えられている、エコソーシャル理論に基づいて、お話しをしたいと思います。

参考文献

1.  Krieger N, Chen JT, Waterman PD, Kiang MV, Feldman J. Police Killings and Police Deaths Are Public Health Data and Can Be Counted. PLOS Med. 2015;12(12):e1001915. doi:10.1371/journal.pmed.1001915
2. Anekwe L. Harnessing the outrage: it’s time the NHS tackled racial bias. BMJ. 2020;368. doi:10.1136/bmj.m341
3. Racism is undeniably a public health issue. Popular Science. Accessed June 7, 2020. https://www.popsci.com/story/health/racism-public-health/
4. Williams DR, Lawrence JA, Davis BA. Racism and Health: Evidence and Needed Research. Annu Rev Public Health. 2019;40(1):105-125. doi:10.1146/annurev-publhealth-040218-043750
5. Berkman LF, Kawachi I, Glymour MM. Social Epidemiology. Oxford University Press; 2014.
6. NAACP | NAACP History: W.E.B. Dubois. NAACP. Accessed June 7, 2020. https://www.naacp.org/naacp-history-w-e-b-dubois/
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8. Health, United States 2018 Chartbook. Published online 2018:65.
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10. Miranda J, McGuire TG, Williams DR, Wang P. Mental Health in the Context of Health Disparities. Am J Psychiatry. 2008;165(9):1102-1108. doi:10.1176/appi.ajp.2008.08030333
11. Williams DR, Haile R, González HM, Neighbors H, Baser R, Jackson JS. The mental health of Black Caribbean immigrants: results from the National Survey of American Life. Am J Public Health. 2007;97(1):52-59. doi:10.2105/AJPH.2006.088211
12. Chen JT, Waterman PD, Krieger N, Krieger N. COVID-19 and the unequal surge in mortality rates in Massachusetts, by. population. 2020;25014(B25014_013E):B25014_001E.
13. Bureau UC. Poverty. The United States Census Bureau. Accessed June 10, 2020. https://www.census.gov/topics/income-poverty/poverty.html
14. Braveman PA, Cubbin C, Egerter S, Williams DR, Pamuk E. Socioeconomic Disparities in Health in the United States: What the Patterns Tell Us. Am J Public Health. 2010;100(S1):S186-S196. doi:10.2105/AJPH.2009.166082
15. Pendleton EM. Statistics of Diseases of Hancock County. By E. M. Pendleton, M. D., of Sparta, Georgia. South Med Surg J. 1849;5(8):461-.
16. Cartwright SA. Report on the Diseases and Physical Peculiarities of the Negro Race /.
17. Wailoo K. How Cancer Crossed the Color Line. Oxford University Press; 2010.
18. Physicians Believe Drugs Targeted for Ethnic and Racial Groups May Provide Therapeutic Advantages. Published June 23, 2005. Accessed June 10, 2020. https://www.businesswire.com/news/home/20050623005492/en/Physicians-Drugs-Targeted-Ethnic-Racial-Groups-Provide
19. Exner DV, Dries DL, Domanski MJ, Cohn JN. Lesser response to angiotensin-converting-enzyme inhibitor therapy in black as compared with white patients with left ventricular dysfunction. N Engl J Med. 2001;344(18):1351-1357. doi:10.1056/NEJM200105033441802
20. Kaufman JS. Epidemiologic analysis of racial/ethnic disparities: some fundamental issues and a cautionary example. Soc Sci Med 1982. 2008;66(8):1659-1669. doi:10.1016/j.socscimed.2007.11.046
21. Sehgal Ashwini R. Overlap Between Whites and Blacks in Response to Antihypertensive Drugs. Hypertension. 2004;43(3):566-572. doi:10.1161/01.HYP.0000118019.28487.9c
22. Kaufman JS, Dolman L, Rushani D, Cooper RS. The Contribution of Genomic Research to Explaining Racial Disparities in Cardiovascular Disease: A Systematic Review. Am J Epidemiol. 2015;181(7):464-472. doi:10.1093/aje/kwu319
23. Williams DR, Mohammed SA, Leavell J, Collins C. Race, socioeconomic status, and health: complexities, ongoing challenges, and research opportunities. Ann N Y Acad Sci. 2010;1186:69-101. doi:10.1111/j.1749-6632.2009.05339.x

 

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