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フェミニストは「巨乳」差別をしている?元「巨乳」だったフェミニストが語りたい

これは「フェミニストは巨乳差別をしている」という誤解を解きたいと思って書いた文章です。

「巨乳」小学生だった私


小学生の時に、私は同級生より先に胸が大きくなりました。水泳の時間には胸が目立つ水着を着るので、同級生に「巨乳」の歌を作られてからかわれていました。胸が大きくなっても自分の中身は変わらないなのに、いきなり「巨乳」という別のエロい生物になったような気がして恥ずかしかったのを覚えています。中学生、高校生になり、周りの人たちも成長期を迎えたことで、だんだんと私は「巨乳」とは言われなくなりました。

かつて日本に「巨乳」は存在しなかった

なんで胸が大きいことは「巨乳」と呼ばれ、エロいことになるのでしょうか?じつは日本では江戸時代まで胸が大きいことはエロいと思われていなかったそうです。サイズに関わらず胸というものに性的な価値がなかったそうです。それが戦後になってグラマーな女性に価値を置く文化が海外から入ってきたそうです。70年代には人気タレントの大橋巨泉氏が共演者の女性のことを「ボインちゃん」と呼び世間に知られました。その後「巨乳」という言葉はマイナーなジャンルだったそうですが、90年代に芸能事務所が仕かけた巨乳タレントの成功から一躍ブームになったそうです。巨乳がエロいという価値観は、異性愛男性の顧客からお金を得るために人為的に作り出されたマーケティングなのです。

「巨乳はエロい」という価値観 によって、女性も胸の大小で分断され、胸が大きいことが女性の間でも揶揄ややっかみの対象になっているのは事実だと思います。ちなみに私のことを巨乳とからかった子の中には女子もいました。

胸じゃなくて社会の問題

海外に行った時のことです。そこは胸の谷間を見せていようが、お尻のラインが出るパンツを履いていようが、誰にも何も言われない世界がありました。おそらくみなさん個人的には体のパーツについてフェチズムがあったりするのかもしれませんが、公共の場や職場などで、体についての話題はほとんどありませんでした。広告でも胸を極端に誇張された女の子、アヘ顔の女の子、パンチラスレスレの制服の女の子が見られることはありませんでした。女性の性を売りにする広告に頼らなくても問題なく経済は回っていました。そのような国に行ったことで、私は体について過度に注目されない安心感を知りました。

もし日本に女性を性的おかずとして大っぴらに消費したり、人の体についてあれこれ言ってはいけないという教育があれば、小学校の私はきっと「巨乳」とは呼ばれなかったはずです。そしてエロくていやらしい存在だと、からかわれなかったはずです。成長してからも、知らない人に胸をジロジロ見られたり、すれ違いざまに男性に胸を掴まれたり、胸を強調してもないのに「胸を強調して誘っているのか」とか「乳首が立っているのか」などと言われたりしなかったはずです。問題なのは胸そのものじゃないんです。胸をネタやおかずにしたいがために、その女性が自尊心を持った人間であることを後回しにしてしまう女性蔑視な価値観なんです。

女性の体につけられた偏見をなくしたい

フェミニズムを知った時、今まで私はどれだけ男性にとって鮮度の高いおかずになれるかに心血を注いでいたかに気づきました。男性に愛されるボディを作る努力をすることに生きがいを感じる人もいらっしゃいます。でも私の場合、それらの努力に気がつかないうちに消耗していたのです。男性に興奮を与えられるような体じゃなくても、人間としての価値が落ちるわけでない。性的価値を取っ払った、ただの人間としての自分にも価値がある。その上で自分の体をどうするかは、自分が決めていい。多分初めて自分には人権があって、その人権を守っていいことに気づいたんだと思います。そして胸が大きいとか小さいとかで他人の体をおおっぴらにジャッジするのは他人の人権に踏み込むことだとも分かりました。

フェミニストは「巨乳」差別している?

そんな私がいまとても難しさを感じていることがあります。それは広告などで未成年の胸を過剰に表現している広告などを批判すると、「フェミニストが胸の大きな女性を差別している」と、女性の方からも思われてしまうことです。
私が批判したいのは胸の持ち主ではありません。その体に勝手にエロラベルをつけて売ろうとする女性蔑視の考えです。でも今の日本のインターネット空間では、胸の大きな女性を批判しているのか、胸の大きな女性を性的モノ化する広告を批判しているのか、その見分けがつきづらいような気もします。また性的な文脈としての大きな胸イメージがあまりにも出回っているため、性的文脈のない大きな胸の表現との違いを見せづらいのかもしれないと個人的には思います。

広告発信者への批判をしていても、胸の大きな女性への批判に見えている。

また、フェミニストは「巨乳」にだけ騒いでいるように見えるかもしれませんが、実は違います。なぜなら男性が性的オカズにする対象が多岐に渡るからです。ある人は小さな胸を、ある人はストッキングを履いた足を、ある人はスカートに浮き出るパンツのラインを、ある人は制服を、ある人はリクルートスーツを、アイスキャンディーを食べる口元を、ポニーテールのうなじを。365度あらゆる角度からエロいもの扱いされる体を、自分の体に戻したい。もちろん女性が自分から体を素敵に見せたいと思うときもありますよね。ただ自分が見せたいかどうかに関係なく、公共の場や職場などで知らない人に胸をエロいものとして見られたるのは嫌だと思うことはあるのではないでしょうか?それと同じように、広告主が広告で女性の体をエロいもの化して「みんなで見ようぜ」と表現してほしくないんです。特にそれが未成年の女性なら尚更です。

きっと悩んでいることは同じ

フェミニストの中にも「巨乳」と言われて悩んできた人がいます。そして大きい胸をはじめ、女性の体に向けられる偏見をなくしたくて声を上げている人がいます。もしかしたら私たちは同じ苦しみを共有し、アプローチは違えどそれを変えていきたいと思っているかもしれません。少しでも知っていただければうれしいです。

※私は全てのフェミニストを代表していません。ただフェミニズムと出会ったいち個人として話しています。「巨乳」は男性目線で女性の体をカテゴリー化するために生まれた用語ですが、あえてこの言葉を使っています。

巨乳の歴史についてこちらの記事を参考にしました。

また胸が大きな女性への偏見について、こちらの動画も勉強になりました。