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タイニーフォレスト:みんなでつくる小さな森ムーブメント

Mai Hashiba

身近なみどりの価値

はじめて新型コロナの危機を迎えた今年の春、自宅近くの大型公園はいつも以上に混雑していた。遊具には立ち入り禁止のテープが貼られ、三密を避けるアナウンスが流れ続けていたけれど、外出自粛をきっかけに、多くの人が、自然の心地よさや清々しさを五感で感じられる場所が自分の「身近にあること」の重要性を実感したのだろう。

では、そうした緑地はいま東京のなかにどのくらいあるのだろう? 調べてみると、スウェーデンの農林・造園機器メーカー、ハスクバーナと、衛生データとAIを活用して地球上の自然資源をモニタリングする20tree.ai(現・overstory)が共同開発した「HUGSI(Husqvarna Urban Green Space Index)」というものがあった。世界51か国98都市のみどりの量をランキング化した〈都市の緑地指標〉だ。

世界中で進む都市化の流れのなかで、緑地の価値に対する認識を高め、保護や維持管理に関する合意形成やコラボレーションを促進しようというねらいで公開しているという。そのユニークな点は、緑地の面積的な定量データだけでなく、樹木なのか草地なのかといった違いや、植生の健全性などのさまざまな要因にもとづいて割り出されているところだ。

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↑東京の緑地指標。ちなみに、東アジア・東南アジア・オセアニア地域に絞ったランキングでは、13都市中11位だ。

東京の結果はというと、残念ながら(または想像どおり?)の82位。人口で割ったひとりあたりの緑地面積は、わずか19.9㎡。1位の南アフリカ、ダーバンではなんと185.8㎡もある。単純に数値だけを比較しても仕方ないけれど、東京に緑地をもっと増やしていくにはどうしたらいいのだろうか。

小さな森づくりの震源地、インド

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↑Arbor Rd Estate, Telangana(https://www.afforestt.com/galleryより)

都市のなかにみどりの空間を、それもこんもりと茂る森をつくりだそうという「Tiny Forest(小さな森)」という活動が、近年広がりを見せている。空き地や裏庭、施設の一角といった、都市のなかに点在するスペースに木々の苗を植えて、人の手によって一から小さな森を立ち上げようというものだ。そのムーブメントの火付け役といえるのが、インド人起業家のシュベンド・シャルマ氏だ。

かつてバンガロールのトヨタでエンジニアとして働いていた彼は、工場の敷地内で行われた緑化プロジェクトで「ミヤワキメソッド」に出会い、たちまちその手法に魅了される。その後、宮脇博士の緑化プロジェクトに参加するなかで手法を学び、各地でもっと森づくりに取り組みたいと、トヨタ生産方式をモデルにして「平準化」された植林プロセスを開発した。これをもとに、2011年に植林事業を手がけるAfforestt社を立ち上げて以来、国内外のさまざまな団体と連携しながら、現在までに10か国44都市で45万本以上の木を植樹。138か所もの森をつくりだしている。

↑2014年に登壇したTED

ミヤワキメソッド自体は決して新しいものではないが、シャルマ氏の活動が広く注目を集めているのは、彼が規格化した手法をオープンソースとして公開し、「都市のなかでの森づくり」というコンセプトに落とし込んでいるからではないだろうか。マングローブや砂漠、工業地帯のような場所で行われているイメージが強い「植林」を、都市の人々が自分ごと化できる身近な環境づくりの手段として示してみせてくれたのだ。

オランダでの浸透と発展

さて、そんなシャルマ氏の「Tiny Forest」がさらに広がるきっかけとなったのは、オランダの環境NPO、IVN Nature Education(以下IVN)がシャルマ氏を招聘して行った、ザーンダムという街での植林プロジェクトのようだ。これが彼のやり方を適用したヨーロッパでの初めての森づくりとなり、以降、IVNはオランダ全土で「Tiny Forest」の活動を展開。現在までに88か所の森をつくりだし、宝くじ基金による支援も得ながら、今後さらに数を増やしていく計画だ。

↑オランダ、ザーンダムでのプロジェクト(2015)のミニドキュメンタリー

IVNがシャルマ氏の「Tiny Forest」を推進する理由は、それが、彼らのミッションである「自然の美をできるだけ近所で体験できるようにすることで、自然と人を再接続する」環境づくりとなるからだ。人口の約66%が都市部に住むオランダでは、より大きな地球環境の問題に向き合うためにも、都市の人々や子どもたちが自然に接する機会が必要なのだという。以下をみると、生物多様性や都市環境の改善といった物理的な効果はもちろんのこと、人の心身への好ましい影響が大いに期待されていることがわかる。

Tiny Forestの効果
・森が生物多様性を活性化する: 200 ㎡の森は多種混成の樹種から構成されるため、その木々が虫や鳥を呼び込んでくれる。
・森が自然体験を身近にする。これまでにないほど人間と自然との隔たりが広がるなか、近所にある小さな森が人々の好奇心を刺激し、自分の生活環境にある自然を発見したり、学ぶ機会を与えてくれる。
・小さな森を建設することで、貯水量の増加、大気の質の改善、熱ストレスの解消を図ることができる。
・最後に、森は健康にポジティブな効果がある:地域に自然が増えれば、ストレスそのもの、そしてストレスが引き起こす不満を減らすことができる。
https://www.ivn.nl/tinyforest/over-tiny-forestrより)

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↑ライデンに住むACTANT FORESTメンバーの岡橋氏も、近隣に「Tiny Forest」を見つけた。今年3月にできたばかりなのだそう。

拡大する「Tiny Forest」ネットワーク

シャルマ氏が規格化した植林プロセスは、IVNとの連携のなかでさらに進化を遂げているように見える。そのひとつが「Tiny Forest®」の商標登録化だ。ザーンダムに追随する取り組みのなかに本来の手法から逸脱したものが見られたため、真の「Tiny Forest」とそうでない森を区別するために設けたのだという。そのチェックリストによると、一般に開かれたパブリックなプロジェクトの場合、ミヤワキメソッドに準じていることはもちろんのこと、「Tiny Forest」が備える〈社会的特徴〉として、子どもや地域コミュニティの活動を組みむことが条件とされている。このようなブランド化が後押ししてか、IVNはヨーロッパを中心とする各国の団体とパートナー関係を結び、各地でそれぞれの団体が「Tiny Forest」を推進するという状況が生まれている。

さらに、こうしたパブリックな展開と並行して、個人の庭での実践を支援する「Tuiny Forest」という商品も販売されている。6㎡ぶんのTiny Forestをつくるために必要な、樹木とハーブ類の種子ミックス、土壌改良材が一式セットになったパッケージだ。アムステルダムの園芸店SprinklrとASN銀行の支援で昨年から販売が開始され、現在は来年分の予約を受け付けているという。お値段は€ 119.95(日本円で15,000円弱)。ちょっとやってみようかな、と思えるお手頃な価格だ。

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↑SprinklrのWEBサイトで販売されているTuiny Forest(https://www.sprinklr.co/products/tuiny-forest-voorjaar-2021より)

おわりに

ここで紹介した団体に限らず、「Tiny Forest」ムーブメントは各国に広がっている。CO2削減やヒートアイランドの緩和、野生生物のための飛び石ビオトープ、地域住民や子どものための自然体験やコミュニティづくり……。これらが一挙に叶えられる「Tiny Forest」は、都市に緑地をつくりだすための優れたメソッドといえるだろう。植林から数年後にはメンテナンスフリーとなって極相林に育っていくのだから、日本では、スポンジ化が進む街の誰も管理できなくなった土地に導入するのも一手かもしれない。

はたして東京でも「Tiny Forest」と同じようなやり方が可能なのだろうか。たしかに、小さな森が身近にあったらいいなと思うけれど、その使い方や人々の参加のしくみは、地域の文脈にそったもっと別の可能性も考えられそうだ。緑地ランキング82位の東京が、これからどう挽回していけるのか、ACTANT FORESTでも引き続き、いろいろな角度からリサーチを続けてみたいと思う。


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文中に出てくるミヤワキメソッドについて詳しく知りたい方はこちら。

タイニーフォレスト以外にもオランダには都市の中に自然環境をデザインしようとするさまざまな動きがあります。


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