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フードフォレスト:森の多様性で食べ物を育てる

Takeshi Okahashi

「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんの著書で印象的なのが、何年もかけて完全無農薬のリンゴづくりに挑戦したもののうまくいかず、もうこれは命を持ってして償うしかないと思い詰め、山の中に入っていき死に場所を探していたその時に、ロープをかけようとした栗の木の根本の土壌の豊かさに気づくシーンだ。木村さんは、森の土が何をされるわけでもなく豊穣な土壌をつくっていることにインスピレーションを受ける。木村さんは、そこから踵を返し、農場に戻り、自然に抗うのではなく、自然に寄り添い、その力を活かすアプローチを模索し始め、ついには完全無農薬のリンゴづくりに成功することになる。

森がしているように果樹を育てるという発想は、ACTANT FORESTにとっても興味深い。なぜなら、都市に森を増やすというミッションに照らし合わせてみるならば「食べ物」の要素が重要になっていくのではないか、と考えているからだ。食べることを通して人は繋がることができ、世代を超えたコミュニティづくりにもつながっていく。

そこで注目したいのが「フードフォレスト」だ。果物やナッツ、野菜などの食べ物が収穫できる森。アグロフォレストリー(Agroforestry:農業と林業を組み合わせた造語)やエディブルフォレスト(Edible Forest:食べられる森)などと呼ばれたりもする。ここでは、フードフォレストという言葉を使うことにする。

フードフォレストについて調べ始めた時に思い出したのが、冒頭の木村さんのエピソードだ。そして、フードフォレストの基本的な考え方も、森の中をさまよった木村さんが気づいたことと同じだということもわかってきた。つまり、森の仕組み、自然の仕組みに学ぼうということだ。フードフォレストの英語の説明ではよく”Emulate”(エミュレート)という言葉が使われる。エミュレートとは「まねる、見習う」という意味。

森の仕組みをまねることで、通常の農業よりも手間がかからず、農薬や肥料を必要としない作物生産が可能になるところが魅力だ。

7つの階層構造でデザインする

森の植生からの学びをわかりやすく理解するのに適しているのが、パーマカルチャーの7つの階層(レイヤー)という考え方だ。フードフォレストの説明資料では、ほぼ必ず参照される。

注:パーマカルチャーは、パーマネント(永続的な)とアグリカルチャー(農業)を組み合わせた造語で、自然の仕組みを参考にした農業・環境づくりのこと。Wikipediaリンク(日本語英語

7つのレイヤーは、以下の要素からなる。

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<Forest garden diagram, some rights are reserved>

1. The Canopy Layer(キャノピー層)
最も高い層。日本語だと樹冠とか林冠と呼ばれる。リンゴや西洋ナシなどの果樹、栗やクルミなどのナッツ類の木などが選ばれることが多いようだ。普通の木でも良いが、葉っぱがたくさんつくメイプルやバーチなどの木は光が入らなくなるので向かないそう。

2. Sub-Canopy Layer(サブキャノピー層)
より小さい果樹や樹木など。フードフォレストにする土地が自分の庭など小さい場合は、この層が一番高くなる場合もある。果樹だとアプリコットや桃、柿など、樹木だとハナミズキやナナカマドなどが当てはまる。キングサリやネムノキなどの窒素固定植物でも良い。

3. Shrub Layer(灌木層・低木層)
窒素固形植物であるマメ科の植物やベリーが良い。ある程度の陰の下でも育つもの。この層では、ブルーベリーやバラ、フジウツギ、竹などがありうる。この層に良い植物は色々あるので、昆虫や鳥を寄せ付けるもの、食用のもの、マルチの役割を持つものなど、目的も含めて試してみると良いそう。

4. Herbaceous Layer(ハーブ・草の層)
野菜やハーブ、花、カバークロップ(表土を覆う植物)、土壌に良い植物など。できれば多年性植物(Perennials)が良いが、一年生植物(Annuals)や自然播種植物でも良い。

5. Ground-Cover Layer(地被植物の層)
イチゴが代表的だが、いろんなオプションがある。イチゴの他には、キンレンカ、クローバー、キランソウ(生薬にもなるそう)、あるいはフロックスやバーベナなどの花でも良い。

6. Underground Layer(根菜の層)
ニンジンやセイヨウワサビ、菊芋やヤーコン、ニンニク、玉ねぎなどが適している。ジャガイモや菊芋など掘り返しやすいものが良い。

7. Vertical/ Climber Layer(つる植物の層)
木に巻きつくつる系植物。キウイやブドウ、ホップなどがある。きゅうりやメロンなどの一年草でも良い。一部のつる植物は生命力が強いので気をつける。地域にどんなつる植物があるかを調べてみよう。

参照:Dana Thompson, “Temperate Food Forests For Beginners”.

ああそうかと、思い出した人もいると思う。生物の教科書などで学ぶ森林の階層構造だ。その階層構造を模倣(エミュレート)した7つのレイヤーに合わせて、食べられる果樹やベリーやハーブ、花、つる植物などを計画的に植える。そうすることでそれぞれのレイヤーの植物が拮抗し、調和をつくりながら収穫をもたらす。それが、フードフォレストの基本的な考え方だ。森の階層構造と重ね合わせるように、食べられる植物の階層構造も同居させることができれば、僕たち人間にとっても多目的な楽しみのある豊かな森がデザインできそうだ。

さまざまなフードフォレストのカタチ

実際にどんなものがあるのかをYouTubeを紹介しながら見てみよう。自宅の庭先でやるものから商業的農場としてやっているものまで、規模も様子もさまざまだ。

まずはこちら。米ニュージャージーに住むジェームスは、裏庭をパーマカルチャーのフードフォレストにしている。彼は、YouTuberとして土づくりや野菜の選び方、タネの取り方などを伝える動画を数多く配信している。

次は、ニュージーランドから。ほとんど見捨てられたような土地を、夫婦が時間をかけて森にしていったそうだ。環境センターも隣接していて、収穫したものを買えたり、地域の人たちの集まりに使われているという。

こちらはブラジルのお兄さんたち。フードフォレストで商業的に農業をやっている事例だ。前述の米国やニュージーランドとは気候と植生の違いがあることがよくわかる。この動画は、彼らが自分たちのノウハウをYouTube動画でまとめて配信しているものだ。

そして、ヨーロッパから。大規模なフードフォレスト(アグロフォレスト)のオーナーたちや研究者らが取材されている。これは普通の森ではないかという鬱蒼とした森の事例がある一方、整然と樹木と作物がストライプ状の模様を作るように植えられている特殊な農地に見える事例もある。

最後に、日本のソニーコンピューターサイエンス研究所が取り組んでいる「協生農法」の動画を紹介したい。元々物理学者だった研究者が農業プロジェクトを始めたという異色の取り組みで、すでに日本での実践だけでなく、ブルキナファソなどサブサハラ地域(砂漠地帯)で成果を出しているそうだ。僕が理解する限り、これも基本的には森林の仕組みが参照されている。先日紹介したミヤワキメソッドの農業版という印象で、わかりやすく容易な再現性と高い効果が見込まれる魅力的な手法のようだ。

この協生農法については、詳しくはこちらのサイトなどを参照。

この他にも「Food Forest」や「Agroforestry」で検索すれば多くの動画を見ることができる。地域も気候も植生も規模も様々だ。そして、動画に登場する人たちがフードフォレストの可能性に希望を感じていることも伝わってくる。

土と植物のネットワークの力

それでは、なぜ「森の仕組み」を学んだり、模倣することで通常の農業よりも手間をかけずに野菜や果実が得られるのだろうか?専門家の領域の話になっていくのだけど、僕が見た中で納得度が高く、わかりやすかったのは冒頭の「奇跡のリンゴ」の畑の分析も手がけた農学研究者の新書「すごい畑のすごい土 無農薬・無肥料・自然栽培の生態学」の中の説明だった。

正確にいえば、この著書ではいわゆる「自然栽培」と言われる、農薬や肥料を使わず「生物の力」を利用する農業について解説している。しかし、その説明はそのままフードフォレストの実態や、上で紹介したような動画の中で畑のオーナーたちが語っている内容と重なる内容である。

「すごい畑、すごい土」の著者が言う「生物の力」は3つほどある。

一番目は、肥料の代わりに地力を高める「植物ー土壌フィードバック」、二番目の力は殺虫剤の代わりに害虫を防除する「生物間相互作用ネットワーク」、三番目は殺菌剤の代わりに病気を抑える「植物免疫」です。(第1章の最終頁)

詳しくは、著書や関連書籍をあたっていただきたいが、僕なりにざっくり言葉にすると、多様な植物が一緒に植えられてお互いの影響が拮抗することで、土壌の多様性や窒素などの循環が高まり、それぞれの成長と競争が良い具合に(勝ち負けではない、共に育つような競争)促され、害虫や益虫の関係性のバランスが生まれ、植物の持つ免疫の力がひき出され、植物がうまく育つ。時間をかけて土壌が改良されていくことで生産性も上がっていく。そんな具合だ。

特に、第2章の「競争とニッチ」の話が面白かった。何も置いていない虫かごのような単純な環境の中で、2種の生物を競わせると当然のように強いものが勝つのだけれど、環境に石がおいてあったり物影があったりすると「ニッチ」が生まれ、共存できる可能性が高まるという話が、代表的研究を参照しながら紹介されている。例えば、アメリカムシクイという北アメリカに生息する鳥は、1本の松の木に5種が、松の木の上部、下部、皮など、それぞれ少しずつ異なる餌の食べ方をすることで共存しているそうだ(この研究は「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」などの著書でも知られるジャレド・ダイアモンドの若き頃の研究成果だそうだ)。

昨年公開され、Netflixでも見られる農業ドキュメンタリー映画「Kiss the Ground」で取り上げられている「Regenerative Agriculture(再生型農業)」も、発想としてはフードフォレストや自然栽培と同じ文脈にあるものだと僕は理解している。見れる方はぜひ見てみていただきたい。僕の専門性は高くないので、どうしても「ざっくり」な理解となっていってしまうが、奇跡のリンゴ、フードフォレスト、リジェネラティブのつながりは、これから自然との関わり方を考えていく上で重要になっていく気がしている。

小さなフードフォレストを始めてみよう

日本ではまだ、そこまで広くは普及していないような印象もある。ヨーロッパにおいても、日本においても有機農業の割合を増やしていく政策目標がとられているが「2030年までに25%の農地を有機農業(EU)」や「2050年までに25%の農地を有機農業(日本)」など、割合の数字も達成時期も控えめに感じてしまう。生産性の課題、フードサプライチェーンとの整合性との問題、農業政策との兼ね合い、などさまざまな検討事項があるのだろう。

しかし、社会課題も大事だけれど、それよりも実際に自分たちでできるところからやっていくのが楽しいし、学びも多い。ACTANT FORESTでもフードフォレストの実践を予定している。オランダにいる僕も、別の記事でお伝えしたようにへーレンブーレンが動き出すことに加えて、小さな畑を間借りすることになった。7つのレイヤーや多種混交栽培を試してみようと思う。

上で紹介した共生農法のサイトからダウロードできる学習キットでは、プランターでの実践の仕方も解説している。ちょっとしたベランダがあったり、日当たりのある場所(1日4時間以上の日照があると良いそう)を確保できれば実践できるそうだ。ご関心を持った方は、タイニーフードフォレスト、あるいはタイニーよりさらに小さなマイクロフードフォレストづくりにぜひ一緒にトライしましょう。

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