著名刑事弁護士の反対尋問について考えたこと(AV事業者との裁判)

    AV事業者から訴えられた私の裁判で、AV事業者側の代理人についているのは、カルロス・ゴーンの弁護人などを務めた高野隆弁護士、および同じ事務所の弁護士です。高野弁護士は著名で優秀な刑事弁護士ですので、今回の経緯、最初は大変驚きました。

同じ人権を守る側にいると思っていた人に刺された

と思ったのです。

 思えば、高野隆弁護士からは、2008年に私が翻訳して出版した本に序文をもらったことがあります。

 私は、冤罪は許さないし、そのための刑事司法改革は進めるべきであると考えて提言し、行動してきました。その一方で、被害者の声が届く司法制度であってほしいと考え、行動してきました。どちらも人権問題であり、どちらも大事なことだと思っています。

 刑事弁護に熱心な弁護士の間には、最近、私が被害者側に立って行動するため、「裏切者」という感覚があるのかもしれません。しかし、冤罪をなくす取り組みと被害者に寄り添うことは両立するはずであり、冤罪防止のために被害者の声を抑圧したり否定することが正当化されるはずもありません。もう少し広く、すべての人の人権が守られる社会の実現を目指して連帯できないのかな、と思っています。

 (ここまでは前置きです)

  さて、 今回AV事業者らが提起した裁判では、AV撮影をめぐる被害にあった女性が警察の被害を申告し、実際に事業者が逮捕されていますが、AVに関わる被害の場合、被害者の方のプライバシーは本当に切実な問題ですので、できる限り被害者の方のプライバシーにかかわらない形で争点を本質的なものに集中させて訴訟を終了させたいと考えていました。

 そもそも、私は当該事業者を名指ししてツイートをしたわけではないので、その主張に一審では徹しました。

  ところが一審で私の主張が認められず(この点は非常に憤りを感じています)、5万円といえど賠償命令をうけたことから、高裁では自分の思いや経験をしっかり伝えることにしました。


 そこで、高裁では、私の陳述書や様々な証拠を提出しました。

 AV事業者側(高野弁護士ら)は、この陳述書等の証拠は時期に遅れた抗弁だ、もし陳述書を採用するなら伊藤弁護士の尋問をする、と主張しました。

 私たちは「尋問についてはしかるべく」(やるなら受けて立ちますよ)と応答しました。

 裁判所は合議の末に、高裁で私が提出した証拠を採用しました。(ここまで3月の裁判)。

 8月3日の期日では「これが最後の期日になるかも」と思い、私の尋問について、「やるなら受けて立ちますよ」というよりは「自分から証言を希望する姿勢を示したい」という思いがあり、こちらから尋問の請求をしました。

 専門家によると、既に立証は尽くしたし、尋問はいらないのでは?という意見が多かったのですが、私としては、自分から裁判官に訴えかけたい、自分の思いを知ってもらいたい、と思ったのですね。

 しかし、周囲からは、相手方についているのが超敏腕で厳しい尋問をする高野弁護士だというだけで、「大丈夫?」「心配だよー」などというリアクションもありました。

 そこで、私は考えてみました。友人たちが私を心配してくれるのはありがたいことですが、私は法学部を卒業し、司法試験を通り、米国ロースクールに留学して国連機関でも研修し、25年も弁護士をやってきた法律の専門家です。自分のことは自分で守ります。

 一方、考えてみると、どうでしょう? 

 今、私が取り組んでいる性暴力被害の問題では、法律問題になんの縁もなかった女性たちがある日突然、性被害にあい、事件による精神的なダメージにより、深刻な心的外傷を負いながら、刑事事件で加害者処罰を求めようとはじめての手続に挑んでいるのです。仮に事案が起訴されても、被告人が否認すれば、高野弁護士のような弁護士にあたってしまい、極めて手厳しい反対尋問にあうのです。

 私でさえ周囲の人が心配し、私もちょっとどきどきするのに、一般の方が高野弁護士から尋問されるとすれば、それはどれほど大変なことなのか? 私たちはむしろそうしたことについてもっと考えるべきではないか?

 民事事件においても伊藤詩織さんのように、何度も事件を思い出さなければならない証言を求められ、法廷で泣いてしまう、それでも反対尋問を容赦なく長時間続ける、それに耐えなくてはいけないのが現状です。

 その内容がセカンドレイプといえるような事例も少なくありません。現に伊藤詩織さんの事件では、被告代理人の尋問がセカンドレイプでは?という指摘が少なくありません(注 この事件の被告代理人は高野弁護士ではありません)。

 裁判で実際に当事者になってみて初めて、望まないのに紛争に巻き込まれた一般の方、特に性暴力の被害者の方々がどれだけ大きな訴訟ストレスに苦しむのか、身をもって、思いを馳せることができました。それは想像を絶するほどの困難でしょう。

 私に比べてもっと孤独な戦いを繰り広げている性暴力の被害者の方々にとって、どれだけ訴訟がハードルが高いことでしょうか。

 辞めてしまうほうが苦しまずに済む、と言って断念するのはごく自然なやむを得ないことで、そういう方をたくさん見てきました。

 内閣府の統計によれば、性暴力の被害者のうち警察に相談するのは4%以下です。相談しても立件され、起訴されるのは少数です。

 今回のAV事業者の件についても、支援団体からは以下のように情報提供いただきました(裁判所に提出した証拠から抜粋)。

一審原告らが捜査段階において(略)強く無罪主張をしていたと聞いている。そのため、Aさんは刑事公判での立証の必要性から、プライバシーを公開法廷で明らかにしなければならない旨捜査官から聞かされた。Aさんは自分の(略)プライバシーが晒されたり、人格攻撃されたりすることを苦にして精神的に大変つらい状態となり、告発を継続することを断念した経緯がある。

女性うつむき

でもみんなが告発を断念すれば、同じような被害は繰り返され。新たに被害者が苦しむことになります。これはとても深刻なことです。

 被害者を公開法廷で反対尋問する権利、それはもちろん被告人に認められた重要な基本的人権です。それは十分認めつつ、被害者の視点に立ってどうやったら事態を改善できるかを考えていくことは大切です。

 難しい問題ですが、思考停止をせずに考え続けて行くことが必要です。正義は被告人側だけでなく、被害者側にもあります。ドグマに陥らず、ときに当事者に寄り添い、ときに俯瞰して、考えていかなくてはいけません。

 そんなこともあり、自分が反対尋問をする側でなくされる側、しかも著名刑事弁護士に尋問をされるのは、当事者の心境を自分が追体験し、今学びを深めるためにも、当事者のみなさんともっと連帯するためにも、いい経験になると思いました。

 そのような次第で、8月3日の期日にはこちら側からも私の証人尋問を申請しましたが、なぜか高野弁護士は、(反対尋問権を行使するといっていたのに) 私の尋問に反対しました。

 そのような次第で、裁判所は尋問を行わないで結審し、

判決が10月28日、午後1:50分に指定されました。

 反対尋問は行われませんでした。

 こうして、私は公開法廷で証言する機会はありませんでしたが、裁判の結果には希望をつないでいきたいと思います。

 本件では、私を心配いただき、応援いただく方がたくさんいてくださり、本当に感謝しています。

 そして日本中にいる、被害を受けて支援のない方々、特に女性、未成年の方々にもっと支援が行き届くよう、常に考え、自分にできる行動を続けていかなくてはと思います。

 そのためにも本件が勝訴しますように。

 私の裁判を知って、性暴力被害にあった方、AV出演強要の被害にあった方から、とても心温まる励ましやお声がけをいただきました。

 とても気にかけてくださる方が多くて、人の心ってなんと優しく素晴らしいのだろうと、感激しました。本当に、ありがとうございます。

 おひとりおひとりの幸せを心からお祈りします。

画像2

  裁判の経過はこちらをご覧いただければと思います。引き続き応援いただけると嬉しいです。

 




 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?